第3回、[告発スクープ]”WHO「福島県でガン多発」報告書”
     国と記者クラブが無視!

【告発スクープ】 “WHO「福島県でガン多発」報告書 国と記者クラブが無視! 〜誰も書けなかった福島原発事故の健康被害 【第3回 前編】〜

ガンのアウトブレイクに備えよ――汚染地域に暮らしていた(もしくは暮らし続けている)若年層における甲状腺ガン、白血病、乳ガン、固形ガンの多発を予測するWHO報告書はなぜ無視され続けるのか? (前編)

■日本の「専門家」はなぜWHO報告書を嫌った?

 10月20日、環境省が所管する「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(以下、専門家会議)の第12回会議が東京・港区で開かれた。
 この日、専門家会議は、世界保健機関(WHO)と原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の2つの国際機関から出されていた線量評価報告書のうち、
「福島での被曝によるガンの増加は予想されない」
 というUNSCEAR報告書のほうが「より信頼性が高い」として絶賛。そして、
●福島第一原発事故の被曝線量はチェルノブイリ原発事故よりもはるかに少ない
●懸念されるのは甲状腺(こうじょうせん)ガンだけであり、そのリスクも疫学的にかろうじて増加するかどうかという程度 としたUNSCEARの健康リスク評価について「同意する」と表明した。これぞ“我が意を得たり”ということのようだ。
 一方、WHOの健康リスク評価に対しては、昨年2月の同報告書公表以来、専門家会議は「過大評価の可能性がある」と敵視し続けてきた。そしてこの日、WHO報告書を事実上無視する構えを鮮明にしたのだった。
 そのWHO報告書はこれまで、

「がん疾患の発症増加が確認される可能性は小さい」(『毎日新聞』2013年2月28日)

「大半の福島県民では、がんが明らかに増える可能性は低いと結論付けた」(『朝日新聞』同年3月1日)

 などと報じられてきた。報道を見る限り、UNSCEAR報告書の内容と大差はなく、専門家会議がそこまで嫌う理由が全くわからない。

 そこで、WHO報告書の原文を取り寄せ、精読してみたところ、驚くべき「評価内容」が浮かび上がってきた。

■WHOは若年層での「ガン多発」を明言していた
 WHOは昨年2月28日、東京電力・福島第一原発事故で被曝した福島県民たちには今後、健康面でどのようなリスクがあるのかを検証した『WHO健康リスク評価報告書』(注1)を発表していた。

 英文で160ページ以上にも及ぶ同報告書では、ガンと白血病の発症リスクを詳細に評価。その結果、深刻な放射能汚染に晒(さら)された原発近隣地域の住民の間で、甲状腺ガンをはじめとしたガンが増加し、特に若い人たちの間でガンが多発すると明言している。

 この報告書をまとめるにあたり、主な「評価対象」とされたのは、避難が遅れた浪江町と飯舘村の「計画的避難区域」に暮らしていた住民たちだ。

 評価では、汚染地帯から避難するまでに4カ月かかったと仮定。他にも、汚染された福島県産の食材を食べ続けたと仮定するなど、過小評価を避けるための仮定を積み重ねたうえで、住民の推定被曝線量を弾き出している。

 WHO報告書によると、多発が極めて顕著なのは小児(注2)甲状腺ガン。被災時に1歳だった女児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は9倍(被曝前の発症率0.004%→影響を考慮した発症率0.036%)に増え、飯舘村でも15年間で6倍(同0.004%→同0.024%)に増えると予測した(同報告書64ページ。【図1】)。

 もともと幼少期の甲状腺ガン発症率は非常に低い。従って、幼少期に被曝した場合のリスクを、原発事故発生からの15年間に絞って計算すると「小児甲状腺ガンと被曝との関係性がより明白になる」と、WHO報告書は言う。 ひょっとするとこの部分が、原発事故による健康被害は「ない」とする評価を続ける環境省や専門家会議の癇に障ったのかもしれない。

 多発が予測されたのはそれだけではない。 小児甲状腺ガンほどではないにせよ、小児白血病も多発するという。被災時に1歳だった男児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は1.8倍(同0.03%→同0.055%)に増え、飯舘村では15年間で1.5倍(同0.03%→同0.044%)に増える。1歳女児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は1.6倍(同0.03%→同0.047%)に増え、飯舘村では15年間で1.3倍(同0.03%→同0.04%)に増える(同報告書62ページ。【図2】)。

 そして、乳ガンも増える。被災時に10歳だった女児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は1.5倍(同0.01%→同0.015%)に増え、飯舘村では15年間で1.3倍(同0.01%→同0.013%)に増える(同報告書63ページ。【図3】)。

 さらには、固形ガンも増える。被災時に1歳だった男児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は1.14倍(同0.08%→同0.091%)に増え、飯舘村では15年間で1.08倍(同0.08%→同0.086%)に増える。1歳女児の場合、浪江町では事故発生からの15年間で発症率は1.24倍(同0.08%→同0.099%)に増え、飯舘村では15年間で1.14倍(同0.08%→同0.091%)に増える(同報告書62〜63ページ。次ページ【図4】)。つまり、福島県の若年層におけるガンは、甲状腺ガン、白血病、乳ガン、固形ガンの順に増加すると、WHO報告書では予測している。

(注1)同報告書の英語名は『Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami』。URL http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/78218/1/9789241505130_eng.pdf?ua=1
2本稿中の「小児」の定義は、0歳から16歳までとする。

■「過大評価」したのか?それとも「過小評価」か?

 WHOの健康リスク評価では、原発事故発生からの1年間に被曝したと思われる推定線量をもとに、地域を4つのグループに分けている。12〜122ミリシーベルトの被曝とされた浪江町と飯舘村が「グループ1」。3〜48ミリシーベルトの被曝とされた葛尾村、南相馬市、楢葉町、川内村、伊達市、福島市、二本松市、川俣町、広野町、郡山市、田村市、相馬市が「グループ2」。1〜31ミリシーベルトの被曝とされた他の福島県内の自治体や福島県以外の都道府県が「グループ3」。そして、0.01ミリシーベルト(=10マイクロシーベルト)以下の被曝とされた近隣国が「グループ4」だ。

 問題は、福島第一原発の立地自治体である双葉町と大熊町、そして大熊町に隣接する富岡町の3町が、どのグループにも入っておらず、評価の対象から外されていることである。これらの町の住民は「速やかに避難」したからなのだという。

 しかし、3町の住民もまた、避難開始前から環境中に漏れ出していた放射能によって相当な被曝をしていた。具体例を挙げよう。

 福島第一原発の直近から避難してきた一般市民が被曝していることが判明し始めた2011年3月12日、放射線測定器で1万3000カウント(CPM。1分ごとのカウント)以上を計測した人のすべてを「全身の除染が必要な被曝」とみなし、シャワーで体を洗い流していた。この日、全身の除染が必要とされた住民は3人。そして翌3月13日、福島県は、原発の3キロメートル圏内から避難してきた19人にも放射性物質が付着していたと発表する。住民の被曝は22人となった。
 だが、翌3月14日、福島県は突然、除染基準を引き上げる。国が派遣したという「放射線専門家」の意見を聞き入れ、基準を7倍以上の「10万CPM以上」としたのだ。そしてこの日以降、「今日は何人の市民を除染」といった類いの情報が、報道から消えていた──。
 コントロール不能に陥っていた原発から、事故発生からの数日間だけで77京ベクレル(77×10の16乗ベクレル)にも及ぶ放射能が漏れ出す中、防護服もゴーグルも防塵マスクも着けずに避難していた彼らを評価に加えていないところが、この健康リスク評価における「過小評価」部分であり、最大の欠点でもある。人によっては、前掲の「発ガンリスク」以上の健康リスクを背負わされている恐れがある。
 しかも、放射線被曝による健康被害はガンばかりではない。
 甲状腺疾患(機能低下や良性結節など)や視覚障害(水晶体混濁や白内障など)、循環系疾患(心臓や脳血管の疾患)、生殖器官の機能不全、催奇性(さいきせい)リスク、遺伝子への影響、高線量の被曝に伴う急性放射線障害などもある。だが、これらの疾患は「発生の増加は予想されない」として、WHOの報告書では詳細評価の対象外としていた(注3)。
 つまり、専門家会議が危惧する「過大評価」どころか、その正反対の「過小評価」に陥っている懸念さえあるのだ。

(注3)WHOが詳細評価の対象外としていたからといって、ガン以外の疾患を舐(な)めてかかってはならない。飯舘村の高汚染地域に調査目的で何度も滞在した後、白内障に罹(かか)っていた人が相当数いることを、筆者は具体的に知っている。高レベルの汚染が判明している地域に立ち入るのを極力控えるか、それとも防護服姿で訪問するかしないと、こうした疾患のリスクは減らしようがない。

取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班

(全文は『宝島』2015年1月号に掲載)

【告発スクープ】 “WHO「福島県でガン多発」報告書 国と記者クラブが無視! 〜誰も書けなかった福島原発事故の健康被害 【第3回 後編】〜

ガンのアウトブレイクに備えよ――汚染地域に暮らしていた(もしくは暮らし続けている)若年層における甲状腺ガン、白血病、乳ガン、固形ガンの多発を予測するWHO報告書はなぜ無視され続けるのか?(後編)

■甲状腺ガン、白血病、乳ガン、固形ガン……
 にもかかわらずWHOは、ガンに関してだけは「若年層で多発する」との評価を下していた。
 報告書のサマリー(要約版)には、次のような一文がある。
「市民の健康監視のため、今後数年間で(注意を払うべき病気や地域の)優先順位を設定するために貴重な情報を提供します」
 WHO報告書がまとめられた一義的な目的は、被曝した市民の健康被害対策において何を優先すべきかを決める際の参考資料として活用してもらうためだった。従って、WHO報告書の正しい読み方は、そこに挙げられている推定被曝線量やガン発症率の数字だけに目を奪われるのではなく、評価を通じて炙(あぶ)り出された病気や地域に着目し、対策を取ることなのだ。
 ガン以外の健康被害が詳細評価の対象外とされたのも、WHOなりに「優先順位」を考えた末の話なのだと割り切れば、腑(ふ)に落ちる。どうしてもガン以外の健康被害が気になるのであれば、WHOに過度な期待など抱かず、日本国民が自らの手で「詳細評価」すればいいのである。
 ともあれ、今後、私たちが最大限の注意を払うべき対象は、WHOでも心配していた、
「汚染地域に暮らしていた(もしくは暮らし続けている)若年層における甲状腺ガン、白血病、乳ガン、固形ガン」
 ということになる。ここで言う「汚染地域」とは、何も浪江町や飯舘村の「グループ1」地域だけに限らない。3〜48ミリシーベルトの被曝とされた「グループ2」地域と、1〜31ミリシーベルトの被曝とされた「グループ3」地域も、れっきとした「福島第一原発事故による汚染地域」である。対策地域を1ミリシーベルト以上の「グループ3」地域まで広げておけば、健康被害対策としてはとりあえず及第点をもらえるだろう。

■「子どものガン多発」に目をつぶる大人たちの罪
 今年7月16日に開かれた第8回の専門家会議では、このWHO報告書の提言を健康被害のアウトブレイク対策に積極的に活かそうという重大な提案があった。発言したのは、疫学と因果推論などが専門の津田敏秀・岡山大学大学院教授。津田氏はこの日、専門家会議の場に講師として招かれていた。
 同日の議事録によると、津田教授発言の要旨は次のようなものだ。

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 米国のCDC(疾病管理予防センター)は、甲状腺ガンの潜伏期間は大人で2.5年とし、米国科学アカデミーは、  子どもにおいては最短の潜伏期間は1年であるとしている。1歳未満の乳児が甲状腺ガンになった症例の報告もある。従って、原発事故の翌年から甲状腺ガンの多発が起こったところで何の不思議もないし、これだけ大規模に被曝した人がいれば、その中には被曝に対する感受性の高い(=ガンになりやすい)人もいる。

 WHO報告書も、甲状腺ガン・白血病・乳ガン・固形ガンの多発が、特に若年層で起こるということに言及している。事故3年後の福島でも、甲状腺ガンの多発が明瞭に観察されている。多発に備える対策とその準備が、早急に必要だ。白血病は、累積ガンマ線被曝が5ミリグレイ(ミリシーベルトとほぼ同じ)を超えると、統計的有意差が出てくる。白血病を除く全ガンも、15ミリグレイの累積被曝によって多発してくる。

 妊娠中に放射線を浴びたために小児ガンが多発するという調査報告も、世界各国で相次いでいる(注4)。病院のX線撮影室の入ロに表示してある「妊娠している可能性がある方は、必ず申し出てください」という表示は、こうした調査報告を根拠にしたものだ。福島県では今もなお、妊婦を含む全年齢層が被曝している状態であるということを、きちんと考えていただきたい。

 今、福島第一原発事故に絡んで語られている「100ミリシーベルト以下ならガンが出ない」というような話は、必ず撤回させる必要がある。(除染を完了したとされる地域への)帰還計画も延期すべきだと思う。

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 この提案に対し、長瀧重信座長(長崎大学名誉教授)をはじめとする専門家会議委員は、「福島ですでにガンは増えている」という見方が委員会の結論となるのを断固阻止すべく、いっせいに反発を示す。

 会議の司会を務める長瀧座長は、津田教授に反論するよう委員らを焚(た)きつけつつ、自身は疫学の専門家でないにもかかわらず、津田教授の見解を「非常にユニーク」だとして切り捨てようとする。

 だが、津田教授も負けておらず、「私は、オックスフォード大学出版局から出ている『フィールド疫学 第3版』という教科書にもとづいて話している。(ユニークだと言う)先生のほうがユニークです」

 と切り返す。WHO報告書をめぐる議論は、ここで打ち切られた。

 そして、その後の専門家会議でもWHO報告書にもとづく健康被害対策が検討されることはなく、10月20日の第12回会議で、ついにWHO報告書は正式に無視されるまでに至っていた。津田教授にコメントを求めたところ、こんな答えが返ってきた。

「特に感想はないですが。もともと、あの委員会の先生方には、健康影響を論じるのは無理な話なのですから」

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 推定被曝線量の高低や、予測された発症率の高低ばかりに気を取られ、「過大評価か否か」に固執する環境省や専門家会議。そして、「がんが明らかに増える可能性は低い」などと報じていたマスコミ。そのどちらも、WHO報告書の意味を180度取り違えていた。

 その結果、WHO報告書の提言は福島県民の健康被害対策に生かされず、そのことを批判するマスコミ報道もない。こうして「若年層でのガン多発」というアウトブレイクに備えた対策は、今日まで何も取られていない。

 かわいそうなのは、こんな大人たちにこれからの人生を翻弄される、子どもたちである。

 

(注4)妊婦の腹部への被曝が生誕後の小児ガンの原因となるということは、半世紀ほど前から知られていた医学的知見でもある。研究自体は1950年代から世界的に行なわれており、子宮内で胎児が10ミリグレイ(=10ミリシーベルト)程度のX線被曝を受けると、小児ガンのリスクが必然的に増加するという結論がすでに出ている。

 

取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班

(全文は『宝島』2015年1月号に掲載)