(社説)原発政策の転換 依存の長期化は許されない

2022年8月26日 朝日新聞

 足元の「危機克服」を理由に、長期的な国策を拙速に転換すれば、必ず禍根を残す。考え直すべきだ。

 岸田文雄首相が、原発の新増設や建て替えの検討を進める考えを示した。原則40年の運転期間の延長も検討する方針で、「原発回帰」の姿勢が鮮明だ。東京電力福島第一原発の事故以来の大きな政策転換になる。

 脱炭素の加速化や、ロシアのウクライナ侵略に伴うエネルギー不安を前に、電力の安定供給策の検討は必要だ。だが、その答えが原発事故の教訓をないがしろにすることであってはならない。原発依存を長引かせ、深める選択はやめるよう求める。

 ■事故の教訓忘れたか

 11年前の原発事故は、3基の炉心溶融という未曽有の事態に至り、甚大な被害をもたらした。周辺の住民は故郷を追われ、日本社会全体に深刻な不安が広がった。

 今も多くの人が避難を強いられ、賠償も不十分だ。廃炉などの事故処理は、いつ終わるのかの見通しすらたたない。

 事故を受けて原発の安全規制は強化された。だが、地震や津波、噴火などが頻発する国土への立地は、他国と比べ高いリスクがつきまとう。

 そもそも、日本にとって原発は不完全なシステムだ。高レベルの放射性廃棄物は、放射能が十分に下がるまでに数万~10万年という想像を絶する期間を要するにもかかわらず、最終処分地が決まっていない。

 使用済み燃料中のプルトニウムは核兵器の材料になり、国際的に厳しく管理される。日本は減量を国際公約しているが、利用の本命だった高速炉の開発は、巨費をつぎ込んだあげくに頓挫したままである。

 苦い経験と山積する課題を直視すれば、即座にゼロにはできないとしても、原発に頼らない社会を着実に実現していくことこそが、合理的かつ現実的な選択である。

 政府も、依存度の低減をうたい、新増設は「想定していない」と述べてきたのは、そうした判断を重視してきたからではないのか。

 首相は今回の検討指示にあたり、事故の教訓や原発の難点にどこまで真摯(しんし)に向き合ったのか疑わしい。政策転換を正当化する根拠は極めて薄弱だ。

 ■疑問ある決定過程

 議論の進め方も問題だ。

 首相が今回の発言をしたのは、脱炭素を議論するGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議の第2回会合だ。7月の初回に、首相が政治判断が必要な項目明示を求め、経済産業省などがまとめた。

 この会議は、原発を推進する産業界や電力会社の幹部も加わり、議論は非公開だ。従来のエネルギー基本計画の有識者会議が公開で議論しているのに比べ、多様性、透明性に乏しい。国民生活に深く関わる政策の基本路線をこの場で転換しようというのは、不適切だ。

 首相は7月の参院選前には、原発の新増設への考えを尋ねられても答えていなかった。選挙が終わるや「検討」を始め、年末に結論を出すというのでは、およそ民主的決定とはいいがたい。

 しかも、新増設するという原発に、技術的裏付けはまだない。高速炉はもとより、小型炉も開発途上だ。既存炉の安全性を高めるという「次世代革新炉」の姿も明確ではない。首相も「実現に時間を要するものも含まれる」と認める。

 経済性の面でも、経産省の直近の試算でさえ、2030年に新設の原発は事業用の太陽光発電よりも割高になる。新型炉には開発初期のリスクもある。

 ■安全規制ゆるがすな

 こうした不確実な技術を、当面の安定供給への対応策として持ち出すのは、国民に対するごまかしにほかならない。原発依存に逃げ、世界が力を入れる再生可能エネルギーの技術開発に後れをとれば、国際競争力をさらにそぐだろう。

 首相が指示した検討項目には、原発の運転期間の延長や、再稼働への関係者の「総力の結集」も挙げられた。再稼働に向けては、国が「前面に立ってあらゆる対応をとる」という。

 電力事業者が原子力規制委員会の指摘をきちんと履行するよう促す、あるいは住民避難のあり方に国も責任を持ち、事故のリスクへの疑問にも正面から答えるといったことならば、理解できる面もある。

 だが、科学的に厳格な検討や審査、地元の合意手順が必要な事項に、政権が圧力をかけることは許されない。原発のある自治体の判断や規制委の独立性をゆるがせにしないことも、事故の重要な教訓である。

 今回の転換の名分にされたロシアのウクライナ侵略では、原発への武力攻撃のリスクも顕在化した。ロシアの行為が許されないのは当然だが、狭い国土で原発に依存し続ける危険性は減るどころか増えているのが現実である。安易な「原発回帰」が解ではないのは明らかだ。