(社説)旅館業法見直し 過度に運用されないか

2022年7月18日 信濃毎日新聞

 新型コロナウイルスなどの感染症が疑われる客の宿泊をホテルや旅館が拒めるよう、旅館業法が見直されることになった。厚生労働省の検討会が報告書をまとめた。

 旅館業法は、感染症にかかっていると明らかに認められる場合などを除き宿泊を拒んではならないと定め、罰則規定も設けている。せきや発熱といった症状だけでは拒む理由にならない。コロナ下では、チェックインの際に症状がある客に対し、宿泊施設側が医療機関の指示に従って客室での待機を要請できると、厚労省が通知を出した。

 一方で、業者からは、従業員や他の宿泊客に感染が広がる恐れがあるとして、現場で柔軟な対応ができるよう同法の見直しを求める声が上がる。感染拡大地域からの客を拒める規定を加えるように主張する自治体も少なくない。

 旅館業には、宿泊を必要とする人に安心して利用できる場を提供する社会的な役割がある。

 本来宿泊できる人が拒まれたり、野宿を余儀なくされて体を壊したりするようなことがあってはならない。何より、宿泊拒否が感染症の患者らに対する排除や差別につながらないか心配だ。

 検討会の報告書は、対象となる感染症を具体的に限定。感染拡大時に、その感染症が疑われる人には受診や感染対策を要請でき、正当な理由なく応じなければ宿泊を拒否できるとした。差別防止のため従業員研修を努力義務とすることも提言している。ただ、判断を業者に任せると過度な運用になる恐れがある。

 これまでも、重症急性呼吸器症候群(SARS)が海外で流行した2003年に、台湾や中国からの渡航者の宿泊を受け入れない動きが広がった。熊本県では同年、ハンセン病元患者が宿泊を拒まれる問題が起きている。

 検討会のヒアリングでは、ハンセン病元患者らが「感染者が厄介者になるのが明らか」と反対を表明している。他の感染症の患者団体からは感染者や疑いがある人の人権に配慮した仕組みの構築を求める意見が寄せられた。拒否ではなく、速やかに検査や治療につなげる対応や体制、公的支援こそ必要ではないか。

 感染症法は前文で、かつてハンセン病患者などに対する差別や偏見が存在した事実を指摘し「教訓として生かすことが必要」とうたった。その理念を損なう見直しにならぬよう、厚労省にはさらに慎重な議論を求めたい。