●(社説)トランプ政権終焉/民主主義をむしばんだ
東京新聞 2021年1月9日
米国の混迷は目を覆うばかりだ。それでも民主主義はかろうじて踏みとどまった。破壊を重ねたトランプ政権が20日に終焉(しゅうえん)を迎える。
平和的な政権移行の手続きを暴力で阻止しようという事件は、米国史上の汚点になるだろう。トランプ大統領の支持者らが暴徒化して連邦議会議事堂に乱入した。
◆嘘を最大の武器にして
しかもトランプ氏が「議会へ行こう」とそそのかしたのが発端だから、その責任は極めて重い。政権や共和党からも退任目前のトランプ氏の罷免論が出る事態だ。
トランプ政治の本質は「嘘(うそ)」である。根も葉もない陰謀論や科学を無視した言説も持ち出し、自己を正当化する。昨年の大統領選でも、根拠もなく選挙不正を主張して敗北を明確には認めなかった。
その裏でトランプ氏は複数の州の共和党関係者に選挙結果を覆すよう求めて画策した。
南部ジョージア州の政府高官との電話会談では、票の再集計をして自分の敗北を覆すのに必要な「11780票を見つける」よう迫った録音がメディアによって暴露された。
選挙結果を改ざんするよう圧力をかけたと見なされる悪質な行為である。
ワシントン・ポスト紙の集計によると、トランプ氏は就任から昨年11月初めまでに、嘘や不正確な主張を29000回以上垂れ流した。
嘘と同時に社会の分断を進行させる言動も振りまいた。立場の異なる相手は徹底的に攻撃した。白人至上主義者を否定せず、人々の心の奥底に潜む弱者やマイノリティー(少数派)への偏見・差別意識を解き放った。
ところが強固な支持層は、トランプ氏の言説をほぼ無条件で受け入れた。初当選した2016年の大統領選で、トランプ氏は「私が(ニューヨーク・マンハッタンの)五番街で人を撃っても、支持を失うことはない」と豪語したことがある。岩盤支持層の熱狂こそがトランプ氏に力を与えた。
その暴走を止めるのが、議会の役目であったはずだ。
共和党良識派の故マケイン上院議員が「われわれはトランプ氏の部下ではない。仕える相手は国民だ。大統領を監視する役割がある」と同僚議員に訴えたことがある。だが共和党議員はトランプ人気を前にして臆した。
今回の大統領選でも、トランプ氏に忠誠を示して選挙結果に異議を唱えた共和党議員は多かった。
◆暴走許した議会共和党
制度とルールにのっとって公正に行われた選挙結果を認めないのは、民主制度の根幹をないがしろにするものだ。共和党はトランプ氏と決別を果たさないと、将来はあるまい。
トランプ氏は人事権を乱用し、自分に従わない目障りな存在を政権から放逐した。チェック・アンド・バランスの著しい機能低下は、民主政治の劣化を招く。
ただ、トランプサイドが大統領選の不正を訴えて起こした約60件の訴訟のほとんどを、裁判所は退けた。
トランプ氏が指名した3人の判事によって保守派が多数を占める連邦最高裁判所も却下した。
民主主義は「トランプ」というストレステストをしのぎ、崩壊をからくも免れた。
暴走は国内にとどまらなかった。トランプ氏は自由主義諸国との同盟関係を損ね、時に米国を孤立させた。「米国を再び偉大な国に」のスローガンとは裏腹に、米国の国際的地位は低下した。
一貫性のない場当たり的な外交は、世界の大きな不安定要因にもなった。米国が主導した戦後の国際秩序の破壊にトランプ氏は躍起になった。
トランプ氏が残した傷痕は深い。しかも毒性の強いトランプ流の政治手法が消えたわけではない。息を吹き返す日が来るかもしれない。
それをどう封じ込めながら民主主義の立て直しを図るのか。米国の大きな課題である。
分断が深まる米社会で幅を利かすのは「トライバリズム(部族主義)」だ。人種、民族、政治信条などの違いに応じてできた集団に閉じこもり、異なる集団を許容しない。
◆他者を認める寛容さを
トランプ支持層ばかりでなく民主党の左派勢力にも、異論を許さぬ不寛容な風潮が広がる。
しかし、対立や異なる利害関係を調整していくのが政治のはずだ。トライバリズムを克服しないと政治は機能不全に陥る。バイデン次期大統領はトランプ支持層も包み込む寛容さを示してほしい。
社会の融和を図るのは容易ではない。それでも米国民は自由と平等をうたった建国の精神を思い出してほしい。米国が輝きを失わないために。
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