原発のたたみかた 4
 「むつ」原子炉の迷走 放射線漏れ廃船、行き場なく

                                           毎日新聞2020年1月23日


 原子力を動力にした国内唯一の船が、かつてあった。原子力船「むつ」。日本原子力船開発事業団(当時)が1969年に進水させたが、74年に放射線漏れ事故を起こすなどして92年に廃船に。原子炉は切り離して廃棄する予定だが、処分場が決まっておらず具体的な計画はない。行き場のない原子炉は、むつ科学技術館(青森県むつ市)で保管されたまま「漂流」を続けている。【岩間理紀】

 ●稼働した炉 展示公開
 本州と北海道の間の津軽海峡に面したむつ市。むつ科学技術館はJR大湊駅から車で約30分の関根浜港に隣接している。中に入ると、原子力船むつから取り出された原子炉室の原子炉格納容器が目に入った。高さ約10メートルのドーム状。放射線を遮る透明の鉛ガラスが張られている。
 本格的な稼働期間は約1年と短く汚染レベルも下がっているが、格納容器の内部に入るには簡易な防護服などを着けなければならない。室内へ進むと原子炉があり、高さ約5・5メートルの原子炉圧力容器や、その周辺に張り巡らせるように配置された蒸気発生器、緊急時の注水管が、ほぼ当時のまま残されている。
 科学技術館によると、稼働した原子炉を保管して展示公開するのは世界でも例がない。圧力容器に触ると、防護用の手袋越しに滑らかで冷たい感触が伝わってきた。
 原発の廃炉では、放射能が自然に減衰して汚染レベルが下がった後、原子炉も解体される。なぜ、むつの原子炉は今も残されているのか。  原子炉は、低レベル放射性廃棄物として廃棄される計画になっている。他にも原子炉周囲の配管など、放射性廃棄物が200リットルのドラム缶で660本分以上、科学技術館などに残されている。しかし、最終的な処分場をどこにつくるのかは、今も白紙のままだ。同館を管理する日本原子力研究開発機構が、処分場の候補地を見つけられていないからだ。大量の放射性廃棄物は、96年までの解体作業の時にも懸念されていた。
 原子炉室が外された船体は改修され、海洋地球研究船「みらい」に生まれ変わった。重さ約3000トンの原子炉室は関根浜港に運ばれ陸揚げされ、その周りを囲むように科学技術館が建設された。原子力機構の担当者は「原子炉をいつまでに処分するのかといった計画自体も、いつ作られるのか未定」と話す。今もむつは廃炉の途上にある

●安全置き去りの開発
  原子力機構の藪内典明・青森研究開発センター所長(61)は、むつの元機関士だ。かつて原子炉制御盤を操った。「原子炉の蒸気で回ったスクリューのプロペラが海の上に作る航跡を船尾から見た時は感慨深く、今も忘れられない」
 だが、解体による放射性廃棄物をどう処分するのか。むつの廃炉が終わらない構造は、技術力と安全のチェック体制、開発責任を置き去りにして建造へ突き進み、航海時に放射線漏れを起こした当時の姿に重なる。

 燃料補給の必要性が少なく長期航海ができる原子力船の開発は、むつが建造された当時、米国などを中心に進んでいた。日本も海運国として肩を並べようとむつが建造され、「国産の原子力」の象徴になった。
 69年に進水し、74年8月に太平洋上で核分裂が連鎖的に続く臨界に初めて達した。しかし、その直後に放射線漏れが起き、船内に警報が鳴り響いた。漏れた放射線量はわずかだったが、地元漁業者らが反発。大規模な反対運動が起き、母港の青森・大湊港の変更を余儀なくされた。改修先の長崎・佐世保港でも入港に反対する市民が詰めかけた。
 母港を関根浜港に移し、91年にようやく実験航海を開始。約8万2000キロを航海したが、放射線漏れが影響して92年に廃船となった。「放射線漏れ」のレッテルを貼られ、廃炉作業をする場所の選定は難航。最終的に、解体は津軽海峡の洋上に設置された作業場で実施された。

 ●廃炉後を考えてこそ
 放射線漏れについて、政府の調査委員会が75年にまとめた報告書は、原子力開発の体制が抱える欠陥に踏み込んで指摘している。「放射線漏れに関連して表面化した諸問題は、たまたま原子力船開発の推進にともない露呈した、わが国の原子力開発体制の欠陥そのものとして、率直な反省が必要である」とした。
 というのも、放射線漏れが発生する可能性は、事前の試験や米国のメーカーの評価で示されていたにもかかわらず、国内では原子炉の放射線をどう遮ればいいのかについての専門家がほとんどいなかった。そのため、計画から審査、検査に至るまでの各段階の担当者は、事前試験や米側の評価に関するデータの重要性に気づかず、開発に反映させられなかった。設計書のまとめはメーカーがほぼ主導し、開発に責任があった当時の事業団の責任意識も希薄だった。
 藪内所長は「(むつだけでなく)原子力業界は、運転だけでなく放射性廃棄物の処分など廃炉後の姿をきちんと定めて進めなければいけない」と話した。
 むつの原子炉のある青森県北部には、敷地内に断層があるJパワー(電源開発)の大間原発や、使用済み核燃料の一時的な保管に迫られて計画された中間貯蔵施設など、建設中の原子力施設が点在している。これらが、むつと同じ迷走を繰り返さないかと気になった。