●安保法が施行 集団的自衛権容認、専守防衛を大きく転換 朝日新聞2016年3月29日 |
集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法が29日、施行された。自衛隊の海外での武力行使や、米軍など他国軍への後方支援を世界中で可能とし、戦後日本が維持してきた「専守防衛」の政策を大きく転換した。民進、共産など野党は集団的自衛権の行使容認を憲法違反と批判。安保法廃止で一致し、夏の参院選の争点に据える。 ●安全保障関連法
安保法は、昨年9月の通常国会で、自民、公明両党が採決を強行し、成立した。集団的自衛権行使を認める改正武力攻撃事態法など10法を束ねた一括法「平和安全法制整備法」と、自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法「国際平和支援法」の2本からなる。 戦後の歴代政権は、集団的自衛権行使を認めてこなかった。しかし安保法により、政府が日本の存立が脅かされる明白な危険がある「存立危機事態」と認定すれば、日本が直接武力攻撃されなくても、自衛隊の武力行使が可能になった。自衛隊が戦争中の他国軍を後方支援できる範囲も格段に広がった。 安倍晋三首相は日本の安全保障環境の悪化を挙げて法成立を急いだ。しかし、国連平和維持活動(PKO)での「駆けつけ警護」や平時から米艦船などを守る「武器等防護」をはじめ、同法に基づく自衛隊への新たな任務の付与は、夏以降に先送りする。 念頭にあるのは、今夏の参院選だ。世論の反対がなお強いなかで、安保法を具体的に適用すれば、注目を集めて参院選に影響する。そうした事態を避ける狙いがある。 その一方で、安保法を踏まえた日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に基づき「同盟調整メカニズム」が始動。自衛隊と米軍の連絡調整は一層緊密化した。今年1月以降の北朝鮮の核実験やミサイル発射を受け、首相は「日米は従来よりも増して緊密に連携して対応できた」と安保法の効果を強調した。ただ、日米の現場で交わされる情報の多くは軍事機密に当たり、特定秘密保護法で厳重に隠されている。 中谷元・防衛相は28日、防衛省幹部に「隊員の安全確保のため、引き続き慎重を期して準備作業、教育訓練を進めてほしい」と訓示した。自衛隊は今後、部隊行動基準や武器使用規範を改定し、それに従った訓練を行う。 民進党に合流する前の民主、維新両党は2月、安保法の対案として「領域警備法案」などを国会に提出。共産党など他の野党とは「集団的自衛権の行使容認は違憲」との点で一致し、安保法廃止法案も提出している。首相は野党連携に対し、「安全保障に無責任な勢力」と批判を強める。安保法をどう見るかは、今夏の参院選で大きな争点となる。(本田修一) ■安全保障関連法の主な法律 ・集団的自衛権の行使を認める改正武力攻撃事態法 ・地球規模で米軍などを後方支援できる重要影響事態法 ・平時でも米艦防護を可能とする改正自衛隊法 ・武器使用基準を緩め、「駆けつけ警護」や「治安維持任務」を可能とする改正PKO協力法 ・他国軍の後方支援のために自衛隊をいつでも派遣可能にする国際平和支援法(新法) |
自衛隊、外れる制約 何が変わる?論点を検証二階堂勇、小野甲太郎、村松真次 2015年9月19日09時19分 新たな安全保障関連法制は、自衛隊の活動を飛躍的に拡大させるものだ。しかし、3カ月超の国会審議では、集団的自衛権の行使や他国軍への後方支援がどんな状況で認められるのかをはじめ、法の根幹に関わる問題で、安倍政権の説明は最後まで揺れ動いた。安保法制で何が変わり、何が変わらないのか。論点を検証した。 ■集団的自衛権の行使基準は 安倍政権は、従来の憲法解釈では禁じられていた集団的自衛権の行使を法案に盛り込んだ。日本が直接攻撃を受けていなくても、他国への攻撃で国の存立を脅かす明白な危険がある「存立危機事態」と認められれば、自衛隊が海外で武力を使えるようになる。 だが、政権による想定事例の説明は二転三転した。典型的なのは、中東・ホルムズ海峡での機雷除去だ。原油などを運ぶ輸送ルートが機雷で遮断されれば、日本も重大な危険にさらされるとの理屈だが、野党は「経済的な理由だけで存立危機と言えるのか」などと批判。対立していたイランと米欧が核開発問題で合意に達したこともあり、説得力は次第に失われた。 この事例について、公明党の山口那津男代表は9月14日の参院特別委員会で「今のイラン、中東情勢から想定できるか」と質問。これに対し、安倍晋三首相は「該当する場合もありうるが、今の国際情勢に照らせば、現実問題として発生することは具体的に想定していない」と認めた。 「近隣諸国から米国の船で運ばれる日本国民を守れなくていいのか」。首相が、集団的自衛権を使う事例として強調した「日本人を乗せた米艦を守る」例も説明が変遷した。 中谷元・防衛相は8月26日の参院特別委で「邦人が乗っているかは(集団的自衛権行使の)判断の要素の一つではあるが、絶対的なものではない」と答弁。9月11日の参院特別委では、首相も「米国と共同作戦する場合には当然、日本人が乗っていない船を守ることもあり得る」と説明を翻した。 想定事例が次々と崩れた今、何が「存立危機」と認める根拠になるのか。9月14日の特別委で、首相は「内閣の判断」に委ねられると語った。「我が国に戦禍が及ぶ蓋然(がいぜん)性は、攻撃国の様態、規模、意思などについて総合的に判断する」 地球のどこでも米軍などの後方支援が可能になる「重要影響事態」の認定基準も論争になった。政権は、放っておけば日本が攻撃されてしまうような状況と説明するが、その定義は最後まで定まらなかった。 首相は6月1日の衆院特別委で「中東、インド洋などの地域で深刻な軍事的緊張状態が発生した場合、我が国に物資を運ぶ日本の船舶に深刻な影響が及ぶ可能性がある」と答弁。一方、中谷氏は8月19日の参院特別委で「我が国の近くで起きた事態の方が、影響を与える程度は相対的に高い」と説明した。 どんな状況なら重要影響事態と言えるのか。中谷氏は9月2日の参院特別委で、存立危機と同様に最後は政府が判断するとした。「事態の規模、態様、推移を総合的に勘案し、個別具体的に判断する」 ■後方支援、どこでどこまで 自衛隊による後方支援活動については、「重要影響事態」や、国際社会の平和や安全を脅かす「国際平和共同対処事態」と政府が判断すれば、派遣することができるようになる。 朝鮮半島の有事(戦争)を念頭に置いた従来の周辺事態法などと比べると、派遣先は「日本周辺」から「地球規模」に、支援対象は「米軍」からオーストラリアなどを含む「他国軍」に拡大。活動場所も派遣期間中は戦闘が起きないと想定する「非戦闘地域」に限られていたが、「現に戦闘が行われている場所」以外なら可能になる。補給・輸送面では、新たに弾薬の提供や発進準備中の軍用機への給油もできるようになる。 共産党の志位和夫委員長は5月26日の衆院本会議で「後方支援は国際的には戦争行為に不可欠の兵站(へいたん)だ」と批判。社民党の福島瑞穂氏は7月30日の参院特別委で「弾薬は(提供が禁じられている)武器ではないのか」と問題視した。 民主党の白真勲氏は輸送任務で運ぶ物資の制限がない点について、8月5日の同委で「核兵器、化学兵器、毒ガス兵器は輸送可能か」と追及。中谷防衛相は「法律上明示的に除外する規定はない」とし、法律上は制限がないと認めた。政府は8月18日、核兵器など大量破壊兵器の輸送はあり得ないとする政府答弁書を閣議決定した。 発進準備中の軍用機への給油については、共産の塩川鉄也氏が6月26日の衆院特別委で「戦闘行為と密接不可分だ」とし、憲法が禁じる「他国の武力行使との一体化」につながることに懸念を示した。これに対し中谷防衛相は「実際に戦闘行為が行われる場所とは一線を画す。他国軍の指揮命令を受けるものではない」と説明した。 一方、中谷氏は8月19日の参院特別委で、米国主導の有志連合による「イスラム国(IS)」への空爆について「全く考えていない。参加することはありえないし後方支援も考えていない」と答弁。政策判断として行わないとしたが、法律上は否定されていない。 自民・公明両党と、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の野党3党は採決直前の9月16日、後方支援について、実施区域は「活動を行う期間に戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を指定する」▽弾薬の提供は「拳銃、小銃、機関銃など(中略)生命・身体を保護するために使用されるものに限る」▽輸送は「大量破壊兵器やクラスター弾、劣化ウラン弾の輸送は行わない」――などとし、閣議決定や国会の付帯決議で国会関与の強化を担保することで合意した。 ■国会の事前承認、実効性は 政府が自衛隊を海外派遣する際には基本的な方針や実施計画を閣議決定し、「国会の承認」を得るのが原則だ。他国軍を後方支援するための国際平和支援法案では、首相が自衛隊の活動内容などをまとめた基本計画を提出し、派遣前に例外なく国会の承認を得る必要がある。武力攻撃事態法改正案と重要影響事態法案で自衛隊を派遣する時は、国会の事前承認が原則となり、緊急時には例外として事後承認を認めている。 これに対し、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の野党3党は「事後承認の『例外』が拡大解釈される恐れがある」と指摘。自公両党と3党は16日、集団的自衛権の行使の際には「例外なく事前承認を求める」などとする国会関与の強化策で合意し、政府が閣議決定などで担保することになった。ただ合意には法的拘束力はない。政府が承認時に必要な情報を「特定秘密」として開示を拒む可能性もある。国会の「歯止め」がどこまで機能するかは未知数だ。 ■武器使用、隊員の安全確保は 平時に自衛隊が米軍艦船などを守る「武器等防護」。政権は、北朝鮮の弾道ミサイルの警戒や中国軍の活動の情報収集などでの日米協力を想定する。存立危機事態や重要影響事態と異なり、国会の手続きも必要ない。 ただ、自衛艦が集団的自衛権を使って米艦を守る場合とどう違うのか。武器等防護は内閣の判断や国会承認を経ないで武器を使えるため、民主の水岡俊一氏は8月25日の参院特別委で「集団的自衛権の抜け道で、裏口入学だ」と批判した。 国連平和維持活動(PKO)協力法の改正では、武器の使用基準が緩和され、自衛隊員が武器を持って巡回・検問などの地元住民を守る活動ができるようになる。離れた場所で襲われた他国軍や民間人を助けに向かう「駆けつけ警護」も可能になる。安倍首相は5月28日の衆院特別委で「戦闘参加はできない」と説明したが、危険な任務に就く可能性がある自衛隊員の安全確保が課題だ。 国連主導のPKOだけでなく、欧州連合(EU)など国際組織の要請を受けた自衛隊の派遣も可能になる。政権は当初、かつてのイラク派遣のような活動を想定したが、中谷元・防衛相は9月9日の参院特別委で「同じ状況ならばできない」と否定。国会審議では、どんなケースで派遣されるのか、明確にならなかった。(二階堂勇、小野甲太郎、村松真次) |