●日米地位協定:法治国家での治外法権 吉田健正 メールマガジン「オルタ」 73号から |
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外務省:地位協定は問題なし 外務省の回答を要約すれば、これらの点に特に問題がないか、国際的な慣習と均衡がとれている、という。いずれも現状肯定の回答だ。主権国家、法治国家であるはずの日本で、駐留外国軍は特例(例外)扱いにするという被占領国家(軍事植民地)の発想である。 しかし、日本側の裁判権の対象になる被疑者が米側によって拘束された場合は、日本側が起訴するまで身柄の移転は行わなくてもよいことになっている(平成7年の日米合同委員会合意によって、殺人又は強姦という凶悪な犯罪などについては、日本側の要求があれば、引渡しは可能になった)」。(第17条) 事件・事故への日本側の対応 1.1995(平成7)年9月4日、沖縄県北部のキャンプ・ハンセンに駐留する3人の海兵隊員が、基地近くの商店街で買い物をしていた12歳の小学生をレンタカーで拉致、海岸で強姦してそこに放置した。証拠を集めた沖縄県警は、容疑者を特定し、9月7日に逮捕状をとった。しかし、日米地位協定(SOFA)によれば、日本の警察は現行犯でなければSOFA要員(米国軍人・軍属・その家族)を逮捕できない。 身柄の引渡しは、起訴後まで待つほかない。被疑者の身柄はそれまで米軍が拘束するため、日本警察は取調べができないというわけである。日本人やSAFA要員でない在日外国人の扱いとは、異なる扱いだ。怒った県民の間で反基地感情が高まり、県議会や基地を抱える沖縄市や宜野湾市の議会が米軍への抗議決議を採択したほか、10万人近くの住民が参加した抗議大会で、基地の整理・縮小や地位協定の見直し求めた。 ・事件から1年近くが過ぎた1996年6月に発行された『外交フォーラム』。その中の「沖縄問題は解決できるのか」で、元外務省北米第一課長の外交評論家・岡本行夫はキャンプ・ハンセン近くの特飲街を訪ねたときのことを書いている。岡本は、店内にいた「屈強な海兵隊たち」が「うつむいて」いる姿を見た。「カネが無いために閉店まで一杯しか頼めない彼らの500円のビールは、とっくに気が抜け、コップの底から泡も立ち昇らない」。彼らが「イザという時には日本のために命を捨てなければならないのに、日本人からは厄介者扱いされる。(しかも)給料は可哀想なくらい安い」。そこで岡本は、「彼らにビールを一杯ずつご馳走してやった」。 2.2008年2月に起きた少女暴行事件では、沖縄県警が基地外に居住していた海兵隊二等軍曹を逮捕した。週刊誌やインターネットで被害者を中傷する騒ぎがあり、少女と家族が告訴を取り下げたため、軍曹は不起訴処分となった。その後の軍法会議で、16歳未満の少女への強姦、誘拐、偽証など五つの統一軍法典違反に問われ、司法取引により、16歳未満の少女への暴力的性行為を犯した罪で3年の懲役が確定した(「沖縄タイムス」2008年5月16日)。近年、本島中部の北谷町などで、基地外に住む米兵が増えている。米軍人・軍属・その家族は住民登録が義務づけられてなく、市町村が居住者を特定することさえできない。市町村にとって道路整備などの財政負担が増える一方で、米兵は課税対象にならないため税収は増えない。すでに深夜のパーティ騒ぎや車の騒音、犬の放し飼い、自動車の路上駐車といった放置、犯罪といった問題が起こっている。 ・根拠は、米軍人は「旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外」され、軍人・軍属とその家族は「外国人の登録及び管理」に関する法令から「除外」されるという地位協定第9条にあるようだ。しかし、外務省の日米地位協定室によれば、「(住民登録の免除は)日米地位協定がどの条項に基づくと、具体的に示せるものではない」(「琉球新報」2008年2月14日)。地位協定に詳しい本間浩法政大教授も、「第九条は出入国の際、一般の外国人が必要な外国人の登録などが免除されることを示したもので直接、関係がない」と指摘している(同)。 3.2004年8月13日、普天間海兵隊航空基地のヘリコプターが基地に隣接する沖縄国際大学構内に墜落(米側によれば緊急着陸)して炎上した。その直後、米軍は、事故現場を封鎖し、国際大学関係者の立ち入りや沖縄県警が求めた現場検証同意要請を拒否した。日米地位協定に関する日米合意議事録で、米軍の「財産」を捜索する場合は、米側の同意が必要となっている、というのが拒否の根拠だという。確かに、日米地位協定は、日本側が米軍の「財産」を捜索したり差し押さえたりするには米軍の同意が必要としている。軍事機密にかかわるためだ。 在日米国大使館のサイト" Background Brief on CH-53 Helicopter Accident"(http://tokyo.usembassy.gov/e/p/tp-20040827-61.html)によれば、海兵隊は事故発生とともに、沖縄の消防署へ通報し、日米は協力して救助活動を行い、安全対策を講じた。事故機が搬送され徹底した事故検証が行われるまで県警と海兵隊は日米合意に基づいて現場を保全した。海兵隊は日本の外務省、防衛施設局、沖縄県県庁にも事故を公式に通報した。その日、県警が事故原因について刑事捜査をしたいと海兵隊に申し出たが、海兵隊は日米両政府の地位協定合意に基づき海兵隊がこのまま現場に留まる、と回答した……。 ・一歩誤れば大惨事につながりかねなかったこの事故、そして民間地域での米軍の傍若無人(治外法権的)な対応について、多くの沖縄住民がショックを受け、怒り、あきれた。ところが、東京の主要メディアのトップニュースは、「アテネオリンピック開幕へ」「ナベツネ(渡辺恒雄巨人軍オーナー)辞任」。「休暇中」の小泉首相は、東京のホテルにこもってテレビでオリンピック観戦に夢中ということで、沖縄の事故現場を視察に来るどころか、事故再発防止策を求めて急遽上京した稲嶺知事に会おうとせず、日本の主権を無視した米国にただちに抗議することもしなかった。 在沖米海兵隊担当官は、?事故から2週間後の記者会見で、「海兵隊員が現場を管轄(in charge)したのは日米地位協定に準拠(in accordancewith)したものだ」と説明した。米軍機墜落事故の現場処理に関する1953年の日米合意では、米軍は「事前の承認なし」に民間地に「立ち入ることが許される」(外務省のホームページによれば、「事前の承認を受ける暇がないときは…立ち入ることが許される」)、となっていた。米軍が普天間の墜落事故現場を封鎖したことについて、外務省は容認する姿勢を見せた。 ・・2005年4月になって、日米は「日本国内で、合衆国軍隊が使用する施設・区域の外において航空機が墜落し又は着陸を余儀なくされた際に適用される方針及び手続(ガイドライン)」を定めた。それには、米軍機が基地外の公有地または私有地に墜落または不時着し、日本政府から事前に承認を得る時間的余裕がない場合、米軍は「必要な救助・復旧作業を行う、又は合衆国財産を保護するために」その公有地や私有地に「立ち入ることが許される」、日本政府と米軍の当局者は、「共同」で無許可者の立ち入り規制を行う、とある。しかし、米軍が、一方的に現場を封鎖できるとは書かれていない。 4.沖縄県中部の日本海側に位置する嘉手納空軍基地では、「F-15C戦闘機などの常駐機に加え、空母艦載機や国内外から飛来する航空機による離着陸やタッチ・アンド・ゴーなどの通常訓練のほか、臨時的に実施されるORI(行動態勢観察)演習や四半期毎のローリー(ORIの予行)演習、さらには住宅地域に近い駐機場でのエンジン調整などが行われており、周辺地域住民の日常生活への影響はもとより、学校における授業の中断、聴力の異状や睡眠障害などの健康面への悪影響」……といった騒音被害が発生している。日米両政府は、1996年3月28日の日米合同委員会で嘉手納飛行場における航空機爆音規制措置(騒音防止協定)を合意したが、その後もF-15戦闘機の早朝離陸が続くなど、協定無視の米軍機騒音は止まない。 ・2009年2月28日、福岡高裁那覇支部(河辺義典裁判長)で、嘉手納基地の周辺住民5540人が2000年に米軍機の夜間飛行差し止めや将来・過去分の損害賠償を国に求めた爆音訴訟の控訴審判決が言い渡された。河辺裁判長は、「受忍限度を超える騒音は明らか。国は騒音の状況改善を図る政治的責務を負う」とした上で、騒音による権利侵害の範囲は一審(那覇地裁、2005年2月)で狭められた救済枠を旧訴訟二審と同じW値(うるささ指数)75以上の区域の違法性認定まで引き戻し、被告国側に過去分総額56億2692万6096円の支払いを命じたものの、健康被害認定では一審同様、爆音と身体的被害の因果関係を否定した。判決文によれば、「被告(国)は、条約ないし国内法令に特段の定めがない限り、米軍の本件(嘉手納)飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限することはできない」というから、まさに治外法権扱いである。 ・・ 米軍機の飛行差し止めや一部原告の賠償請求を棄却した新嘉手納爆音訴訟の福岡高裁那覇支部判決を不服として、住民466人が09年3月11日、最高裁へ上告した。判決はまだ出ていない。 5.基地被害は、もちろん軍用機の騒音にとどまらない。1995(平成7)年7月に返還された通信所の跡地から、カドミウム、水銀、PCB、鉛、ヒ素などが検出された。 ・劣化ウラン弾は米軍の内部規則によろ日本国内の施設・区域での使用が禁じられているという。外務省と当時の科学技術庁は、現地調査を行った結果、鳥島と久米島、および周辺における健康への影響を否定した。在日米大使館も。劣化ウラン弾の影響は無視できる、との見解を述べた。・・現在までに回収された劣化ウラン弾は計247発にとどまっている。なお、嘉手納空軍基地近辺のゴミ収集業者のところでも、劣化ウラン弾の薬莢が見つかったことがある。 1999年には返還された嘉手納弾薬地区の跡地からカドミウムが発見された。・那覇防衛施設局が土壌分析を行ったところ、一部で環境基準を超える数値の六価クロムとを発見したが、「周辺に広げた調査では検出されず、汚染とは認識していない」と県や地主に説明した。2002年には、北谷町の中学校近くの基地返還跡地でタール状物質(沖縄県の分析では、環境への影響は「ほとんど」ない)が入った190本近くのドラム缶が見つかった。 ・防衛施設庁は、国が早急に対策をとることを決定。ドラム缶は北谷町、続いて那覇防衛施設局が撤去した。 ・・米国では、閉鎖した基地は国防総省の責任で汚染物質を取り除いた後で市町村や個人所有者に返還する。しかし日米地位協定によれば、米軍は施設の返還に際して原状復帰の義務はなく、返還後に汚染物質が発見されても、引き取る義務はない。 6.2009年11月7日午後、読谷村の村道わきで一人の村民の遺体が発見された。沖縄県警が自動車工場に持ち込まれた、フロントガラスが破損し、車体に被害者の男性の血液が付着したYナンバー(米軍関係者)の車を発見して押収、持ち主を特定した。在沖米陸軍トリイ通信施設に所属し、基地外に住む2等軍曹であった。10日は通報を受けた米軍が身柄を確保。11日から13日にかけて、兵士は、「任意」で県警の事情聴取に応じ、「自分が跳ねたかもしれない」と述べたという。しかし、その後、被疑者の弁護士が那覇地検に聴取の可視化を要請し、兵士は事情聴取を拒否し続けた。ようやく事故から2か月目の2010年1月7日、那覇地検が自動車運転過失致死罪で米兵を起訴、身柄を米軍から那覇拘置支所に移し、翌8日に県警が逮捕した。 ・2等軍曹のアパートから被害者の血がついた衣服、自動車の車内からは被害者の血や毛髪が見つかった。米軍から県警に提供された兵士の唾液も、DNA鑑定の結果、男が犯人であることを示した。被疑者が米軍人でなければ、1週間以内で「ひき逃げ」として立件できたはずの事件の解決に、なぜ3か月も要したのか。 第一は、米軍関係者の被疑者を米軍が拘束している場合、米軍は日本側が起訴するまで身柄引き渡しを拒否できるという日米地位協定による。もう一つは、国際的に問題になっている、弁護士の立会いを認めない日本の捜査機関の「密室」取調べだ。今回は、被疑者が人権をタテに出頭を拒否したわけであるが、日本の捜査機関は被疑者が日本人あるいは米軍関係者以外の在日外国人であっても、出頭拒否を認めただろうか。被疑者の人権を尊重すべく国内法を改めて、それをまず日本人に適用すべきだが、そうした議論はあまり聞かれなかった。 沖縄県の要請 (1)日米両国政府は、施設及び区域の提供・運用・返還などについて地域住民や周辺自治体の意向を反映させ、使用範囲、使用目的、使用条件などを明記し公表する。 (3)米軍の活動によって発生する汚水、赤土、廃棄物などの処理、その他の公害の防止など、米国は自然環境保全に責任を負い、環境汚染が発生した場合は適正な回復措置を講じる。 (7)米軍当局は、日本側から被疑者の拘禁移転の要請があった場合、これに応ずる(平成7年10の日米合同委員会で、米国は「(凶悪犯罪の)被疑者の起訴前の拘禁移転」を求める「いかなる要請」にも「好意的考慮を払う」ことになったが、県によると、日本側の提起、その後の日米協議に「相当の時間を要することが予想」されるという。凶悪でない犯罪については、米国は「(日本の)見解を十分に考慮する」と、はぐらかしている。) 民主党の「見直し」案 (1)日本の法令を尊重する、 イタリアの米軍基地はすべてイタリアの司令官の下に置かれ、米軍は作戦行動や演習、軍事物資や兵員の輸送、事件・事故も発生をイタリア側に通告する義務を負っている。米韓地位協定は、米兵による女性暴行事件とそれに対する国民の怒りを受けて1991年に改定され、重要犯罪の被疑者は起訴された段階で韓国に引き渡されることになった。2001年には、基地内が汚染された場合。米軍は韓国に通知し、原状回復を行うとの改定がなされた。
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