《社説》 処理水放出決定 理解得られたとは言えぬ

2023年8月23日 中国新聞

 政府はきのう、事故を起こした東京電力福島第1原発にたまり続ける処理水の海洋放出を、24日にも開始する方針を決めた。地元の漁業者の反発は根強く、理解を得られたとは言い切れまい。

 岸田文雄首相はおととい、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長と官邸で会談した。坂本氏が反対の立場は変わりないとしつつ「安全性への理解は深まってきた」と述べたのを受け、「一定の理解が得られた」と判断したようだ。

 しかし、政府と東電は8年前、福島県漁連に「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で示していた。その約束をほごにしたと言われても仕方ない。

 「絶対反対」としていた全漁連が態度を軟化させた感はある。政府は7月に国際原子力機関(IAEA)から国際的な基準に合致するとの報告を受け、「お墨付き」を得たかのように地元での説明を本格化。風評被害対策などに向け約800億円の基金を創設したこともアピールした。

 福島第1原発の敷地内で保管する処理水は今月3日時点で約134万トンを超え、容量の約98%に達する。廃炉と福島の復興を進めるために「放出は避けて通れない」と迫られれば、反対を貫きにくくもなろう。元通りに安心して海に出たい漁業者の思いを政府は理解しているのだろうか。

 放出は、廃炉の完了まで続く。岸田氏は「今後数十年にわたろうとも、漁業者が安心してなりわいを継続できるように全責任をもって約束する」と坂本氏に明言した。政府を挙げて寄り添う決意を示したつもりだろう。

 だがゴールも見えていないのに将来への責任をどう担保するのか。民間企業の東電の事業に政府がいかに関わるかも曖昧だ。文書で示した8年前の約束をないがしろにした首相の口約束である。額面通りには受け取れまい。

 廃炉作業は順調とはいえない。炉心溶融(メルトダウン)が起き、溶け落ちた核燃料(デブリ)は事故から12年たった今も全く取り出せていない。建屋に流れ込み、デブリに触れて汚染された地下水などから、多核種除去設備(ALPS)で放射性物質を取り除いたのが処理水である。保管する約千基のタンクが敷地内に林立し、作業の妨げになっているのは確かだ。

 政府と東電の放出計画では、ALPSで処理できないトリチウムが国基準値の40分の1未満になるよう海水で薄め、海底トンネルを通して1キロ沖に流す。政府もIAEAも「国内外の原発の排水にも含まれる物質」と説明するが、通常運転の原発の排水と、デブリに触れた水では比較になるまい。トリチウム以外の放射性物質も完全に取り除けるわけではない。

 政府と東電は、モニタリング(監視)を強化し、数値が基準を超えればすぐに止めるとしているが、チェック体制は十分なのだろうか。異常があっても回収する手だてはなく、一度流せば取り返しがつかない。このまま放出に踏み切れば、将来に禍根を残す。