《社説》 福島処理水海洋放出 まだ理解得られていない

2023年8月23日 北海道新聞

 政府は東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出を24日に始める方針を決めた。

 事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)の冷却や地下水流入で発生した汚染水を浄化処理し保管してきたが、もう限界に達したという。

 放出する処理水には放射性物質のトリチウムが残る。水産物への影響を懸念する漁業関係者は反対を表明している。外国からも厳しい目が注がれている。

 なぜ今、放出を決断しなければならないのか。保管用タンクを原発の敷地外に増設できないのか。トリチウムを除去する方法が将来見つかるのではないか。数々の疑問に対し、十分な説明はない。

 国民の理解を得ないまま重要政策を進める政府の姿勢はあまりに乱暴だ。政府への不信感が長期にわたる廃炉作業や福島の復興の妨げとならないか心配だ。

 国内外に与える影響を見極め、福島をはじめとする地域の関係者との対話を密にして、海洋放出に代わる方策を追求すべきである。

■不誠実な政府の対応

 全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長は岸田文雄首相に対し、海洋放出への反対は「いささかも変わりない」と伝えた。「一定の理解を得た」とする政府の判断は根拠が薄弱である。

 「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」が政府の約束だった。それをほごにするのが今回の放出開始であり、不誠実だ。

 首相は坂本氏に「放出が今後数十年にわたろうとも、国が全責任を持って対応することを約束する」と述べた。この「約束」もいつまで有効なのだろうか。

 原発事故直後から、政府や東電の対応は後手に回ってきた。

 東電は原子炉をコンクリートで覆う「石棺」ではなく、水で冷却する方式を採用した。その時点で大量の汚染水が発生することは分かっていたが、処理方法が定まらず海への漏えいも発覚した。

 政府は東京五輪開催への影響を懸念して汚染水対策に乗り出し、国費を投入して多核種除去設備(ALPS)による浄化を試みた。だが、水から分離するのが難しいトリチウムは除去できない。

 十分に処理できないなら放出を控えるのがあるべき対応だろう。

 ところが一昨年、菅義偉前首相が海洋放出の方針を決定した後、一方的に関連施設建設を開始し、「春から夏ごろ」などと放出時期まで提示した。地元を軽視した放出ありきの姿勢が目に余る。

■安心どう確保するか

 政府は処理水の安全性を強調する。トリチウムを国の基準以下に薄めることで、人体への影響は少ないと説明する。国際原子力機関(IAEA)も報告書で「影響は無視できる程度」とした。

 人々が口にする水産物に関する問題である。「科学的安全性への理解は深まったが、社会的な安心とは別」というのが漁業者の立場だ。「安全」だけでなく「安心」をどう確保するかがわからない。

 福島県のモニタリング調査によると、事故直後は約4割の魚介類から国の基準を超える放射性セシウムが検出されていたが、ここ7年ほどはほぼゼロとなっている。

 試験操業から再開された沿岸漁業はようやく軌道に乗りつつある。いま処理水放出を開始すれば、これまでの努力が水泡に帰すという漁業者の不安は理解できる。

 外国の反発はさらに強い。中国はトリチウム以外にも放射性物質が残っていないか疑っている。韓国野党は国連海洋法条約や海洋汚染防止のためのロンドン条約に違反すると訴えている。

 放出を実施して環境への悪影響が生じた場合には、ただちに中止してタンクへの保管再開など代替策を講じなければならない。

■不信が復興を妨げる

 政府は処理水の海洋放出が、福島第1原発の廃炉に向けて避けて通れないと主張する。

 処理水を保管するタンクが敷地を埋め尽くせば、デブリ除去に影響を与えると言いたいのだろう。だが敷地外へのタンク増設を真剣に検討した形跡は見当たらない。

 海洋放出によって廃炉が加速する保証もない。デブリの取り出し開始は本年度後半を目指しているが、すでに計画から2年以上遅れている。取り出し方法、搬出先、保管方法などは不明のままだ。

 政府は廃炉に30~40年かかると説明するが、米スリーマイル島原発や旧ソ連のチェルノブイリ原発の廃炉がなかなか進まない現状を考えれば、想定が甘くはないか。

 海洋放出の決定より廃炉の見通しを明示するのが先だろう。

 福島の復興は道半ばだ。避難者の帰還を進めようにも、産業振興への不安や政府への不信が増大するのでは復興の足かせになる。

 政府や東電は未曽有(みぞう)の原発事故に対する責任を自覚し、拙速を避け着実な復興を目指すべきだ。