《社説》 岸田首相の式辞 戦わぬ覚悟 示してこそ

2023年8月16日 東京新聞

 岸田文雄首相が全国戦没者追悼式の式辞で述べた誓いは信用できるのか。岸田政権は「防衛力の抜本的強化」を進め、自民党副総裁の麻生太郎元首相は「戦う覚悟」を唱える。平和国家を率いる指導者として示すべきは「戦わない覚悟」ではないのか。

 首相は昨年の式辞に続き、原爆投下や空襲、沖縄戦といった被害にのみ触れ「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この決然たる誓いを今後も貫く」と語った。

 近年の歴代首相は終戦の日の式辞で、党派を超えてアジア諸国への「深い反省」や「哀悼の意」などを表明し、加害責任に触れてきたが、首相に再登板した故安倍晋三氏が二〇一三年にこれを覆し、菅義偉、岸田両首相が踏襲した。

 アジア諸国に対する加害への反省に触れなくては、平和国家の歩みをいくら強調しても空虚に響くだけだ。岸田氏は自らの見識で加害の歴史と向き合い、自らの言葉で語るべきではないか。

 岸田政権が敵基地攻撃能力の保有や防衛予算「倍増」など防衛力の抜本的強化を進める中、麻生氏が訪問先の台湾で、中国の台湾侵攻を念頭に、日米台には「戦う覚悟」が必要だと発言した。

 台湾海峡の平和維持には抑止力が必要との指摘は一定の理解が得られたとしても、なぜ戦争準備を声高に主張し、中国を挑発する必要があるのか。極めて軽率な発言だと指摘せざるを得ない。

 麻生氏に同行した自民党議員によると、政府側とも調整を経た発言だという。戦争放棄を定めた憲法に反する発言内容は、議員個人であっても容認できないのに、首相ら政府側が承認していたとしたら事態は極めて深刻だ。

 こうした好戦的な発言が政府や自民党内で容認されるのは、アジアへの侵略で国際的に孤立し、破滅的な敗戦につながったという基本的な歴史認識が共有されていないからではないか。今を生きる私たちが次世代に伝えるべきは、戦後日本が引き継いできた「戦わない覚悟」にほかならない。

 首相は式辞で、戦後日本は「歴史の教訓を深く胸に刻み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてきた」とも述べた。

 ならば、ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍備拡張を理由に、地域の緊張を高めかねない言動を繰り返す政権の姿勢が、平和国家にふさわしいか自問すべきである。