《社説》 岸田首相の弁 改定の必要は見えぬまま【憲法の岐路】

2023年5月5日 信濃毎日新聞

 勇ましげな言葉にも具体性はない。

 憲法改定を推進する民間団体が開いた集会に、岸田文雄首相がメッセージを寄せた。

 自民党が目指す改憲4項目を挙げ、首相は「極めて現代的な、早期の実現が求められる課題だ」「社会が変化する今だからこそ、挑戦し続けなければならない」と強調していた。

 4項目は(1)9条への自衛隊明記 (2)緊急事態条項新設 (3)参院選の合区解消 (4)教育の充実。衆参の憲法審査会では、緊急事態条項と9条を中心に議論が進む。

 緊急事態を巡り首相は「国民の命と安全を守るため議論を深めなくてはならない」と言う。

 憲法は、内閣は参院の緊急集会を求めることができると定めている。衆院解散時を想定しているものの、任期満了時にも適用は可能と憲法学者は指摘する。

 この条項は、内閣に法律と同じ効力のある「緊急政令」を出す権限を与える。人権を制限し、三権分立を無効にする内容を含む。

 衆院憲法審では、緊急時の議員の任期延長を規定すべきだとの意見が大勢を占めている。改憲自体が目的化し、あえて項目をしつらえているかのようだ。

 自衛隊明記でも、首相は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面する中、極めて重要だ」と説いていた。

 安倍晋三政権は集団的自衛権を認め、日本領域外での自衛隊の戦闘に道を開いた。岸田政権は敵基地攻撃能力の保有を決め、専守防衛をより形骸化させている。

 自民が主張する「自衛権」を9条に盛れば、専横的な解釈の余地を一層広げかねない。現に憲法審では、武力行使の3要件さえ忌避する発言が聞かれる。自衛隊明記を入り口に、制約が取り払われる危うさが拭えない。

 議論が低調な合区解消は、まず現行制度に照らして手だてを煮詰めるべきだろう。教育の充実にしても、改憲しなければ成り立たないものではない。

 首相は、来年9月末の自民総裁任期中の改憲実現を掲げる。同様に前のめりな日本維新の会や国民民主党は、議論の期限を区切った発議を促し始めた。

 憲法審は当初の与野党合意の前提が崩れ、数の論理が幅を利かせつつある。いつの間にか改憲原案がまとまっている―。そんな事態を招かないよう、国民の側も今後の行方を注視したい。