《社説》 緊急時への備え含む憲法論議の加速を

2023年5月3日 日本経済新聞

 日本国憲法の施行から76年。3日は憲法記念日だ。与野党は大災害や有事などを想定し、危機下での政府や国会の役割をめぐる討議を重ねている。国民の安全と人権を守るために憲法はどうあるべきなのか。幅広い合意を得ながら議論を加速してもらいたい。

 現憲法が施行された1947年はなお戦後の混乱期だった。憲法が定める国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の考え方は徐々に社会に定着し、日本の安定と大きな経済発展の土台となった。これらの原則を次世代に大切に引き継いでいかねばならない。

 一方で日本を取り巻く状況は近年、様変わりした。頻発する地震などの大災害、新型コロナウイルス感染症、中国やロシア、北朝鮮の軍事的な脅威など、備えが必要な課題が次々に浮上している。衆参両院の憲法審査会で、各党が緊急事態条項の新設、危機における国会議員の任期延長、9条改正といったテーマを積極的に取り上げているのは当然だろう。日本維新の会、国民民主党、衆院会派「有志の会」は3月、緊急事態に対応する改憲条文案を共同発表した。武力攻撃、自然災害、感染症のまん延などで選挙が実施困難な場合、国会議員の任期を最大6カ月延長できるとした。衆参両院の3分の2以上の議決で承認し、再延長も可能とする。この改憲案は自民、公明両党の基本的な考え方と方向が合致している。緊急時の超法規的な措置を避けるため、他党も積極的に議論に加わってもらいたい。

 ロシアによるウクライナ侵攻は「法と正義」に基づく戦後の国際秩序を揺さぶっている。9条が定める戦争の放棄、戦力や交戦権の否認の考えと、岸田政権が進める防衛力の抜本的強化の法的な関係も整理する必要があるだろう。自民党は9条への自衛隊の明記を従来から主張し、野党の多くは慎重姿勢をとってきた。維新などは憲法裁判所を新設し、司法による違憲審査の役割を強める考えを打ち出している。国民の声に耳を傾けながら結論を丁寧に導くべき課題だといえる。

 改憲への信念を持ち、衆院憲法調査会の初代会長も務めた中山太郎氏が3月に亡くなった。中山氏は与野党の信頼関係を重視し、話し合いでの幅広い合意形成に努めた。各党は党派対立を乗り越え、新たな時代にふさわしい憲法の姿を正面から議論してほしい。