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(社説)NPT会議の決裂 「核の脅威」増大を憂える
2022年8月28日 毎日新聞
世界は危険な時代へと漂流し始めたのだろうか。「核の脅威」が一段と増したことを憂慮する。
国連本部でほぼ1カ月にわたって開かれた核拡散防止条約(NPT)の再検討会議は、最終文書を採択できず、決裂した。
会議では、ウクライナに侵攻したロシアに批判が相次いだ。プーチン露大統領の「核の脅し」に対する非難はとりわけ強かった。
これに対し、ロシアは、占拠したウクライナの原子力発電所の管理をめぐって反発し、最終文書案の受け入れを拒否したという。
約190カ国・地域が参加し、全会一致を原則とする再検討会議の決裂は、前回の2015年から2回連続で、機能不全を浮き彫りにした。
議長は「核戦争の危険性が一段と高まるなか、合意に至らなかったのは残念だ」と述べた。NPT体制の信頼性は損なわれ、核軍縮の機運はさらに後退するだろう。
筋通らぬロシアの反発
「核兵器が使われる危険性が冷戦終結後のどの時期よりも高い」とする議長の最終文書案は、国際社会の懸念を映し出していた。世界が共有する認識すら封印した責任はロシアにある。
ロシアは2月の侵攻後、核態勢を強化し、「第三次世界大戦」になる可能性にまで言及した。「核の脅し」によってウクライナを降伏させ、米欧の軍事介入を押しとどめる狙いがあったのだろう。
核兵器の役割を低減させる責任があるにもかかわらず、それを威嚇の材料に使うロシアの暴挙に国際社会が反発するのは当然だ。
最終文書案では合意形成を優先して明確なロシア批判を避けたという。それも退けたロシアの無責任な態度は看過できない。
ロシア軍が占拠し、ウクライナが稼働を担うザポロジエ原発周辺では砲撃が続き、従業員は過酷な労働を強いられているという。
重大な原発事故が甚大な被害を生むことは、1986年にウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故で経験しているはずだ。原発の安全確保は急を要するが、それもロシアの抵抗で見通せない。
NPTの形骸化の責任は、ロシアにだけあるわけではない。国際社会よりも自国の利益を優先する核保有国の振る舞いにもある。
NPTは、米英仏中露に核兵器保有を認める一方、この5カ国に誠実な核軍縮交渉を求めている。NPTが機能するには、核保有国の自覚と努力が欠かせない。
しかし、会議では、非核保有国が主導して制定し、昨年1月に発効した核兵器禁止条約について、意義を認めようとしなかった。
世界的な核戦争を防ぐために非核保有国が求めた「核の先制不使用」宣言の明記にも抵抗し、最終文書案から削除された。
核実験全面禁止条約の早期発効や、プルトニウムなど兵器用核分裂性物質の生産禁止の条約制定に消極的で、実現を阻んでいる。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のフィン事務局長は、決裂を待たずに「会議は失敗だ」と訴えていた。
体制の再構築が急務だ
核保有国は、核使用や原発事故が人類にどれほど悲惨な未来をもたらすかを想像し、核軍縮のテーブルに戻る必要がある。
米露は冷戦時代に7万発を超えた核弾頭を大幅に減らしてきた。一方で、核のリスクは多様化している。使用のハードルを下げる小型核、防衛網を突破する極超音速ミサイル、核施設のシステムを破壊するサイバー攻撃などだ。
米露に中国を交えた先端技術の競争は激しさを増している。新たな脅威を対象とする多国間の核軍備管理が必要になる。
日本の役割も重要だ。会議で演説した岸田文雄首相は核兵器の不使用を求め、核軍縮に関する米中対話を後押しする考えを示した。
首相は核保有国と非核保有国の橋渡しをすると言ってきた。そうであるなら、NPTと核兵器禁止条約の両立を目指すべきだ。
世界にとって新たな規範である核兵器禁止条約の意義を認めずに、日本が国際社会を動かすことはできない。
今回の決裂は、核軍縮にとって大きな損失だ。だからといってNPT体制に背を向ければ、各国がばらばらに動き始め、核の拡散が進みかねない。
大きく揺らいだNPT体制を再構築する責任は核保有国にある。その努力がなければ非核保有国との溝はさらに深まる。
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