(社説)自民新総裁に岸田氏 国民の信を取り戻せるか
                                            2021年9月30日 朝日新聞

 衆院選が直後に控える異例のトップ選びとなった自民党総裁選は、決選投票の結果、岸田文雄前政調会長が河野太郎行政改革相を破って選出された。
 菅首相の退陣表明前、いち早く名乗りを上げた岸田氏は「政治の根幹である国民の信頼が大きく崩れ、我が国の民主主義が危機に陥っている」との現状認識を示した。7年8カ月に及んだ安倍長期政権と、1年で行き詰まった菅政権の「負の遺産」にけじめをつけ、国民の信を取り戻せるか、その覚悟と実行力が厳しく問われる。

 ■「党再生」には程遠い
 4氏が立候補し、「本命」不在といわれた総裁選。一般の有権者に感覚が近いとされる党員・党友投票の行方が注目された。河野氏は44%と、29%の岸田氏を上回ってトップに立ったが、国会議員票と合わせた得票は岸田氏を1票下回り、地方票の比重が大幅に減った決選投票で、議員票の3分の2を集めた岸田氏に引き離された。
 地方票で大きくリードし、「選挙の顔」選びを重視する議員票を呼び込む流れをつくりたいという河野陣営の思惑は不発に終わった。1回目の投票で高市早苗前総務相に入れた議員票114票の行方が、岸田氏勝利のカギを握ったといえる。
 今回の総裁選には、高市氏に加え、野田聖子幹事長代行が立候補し、男女同数の論戦では、子育て支援などに従来以上の光が当たった。当選3回以下の中堅・若手議員が派閥横断で集まり、派閥の意向に縛られず、個人の判断で投票先を選ぼうという動きもあった。
 しかし、帰趨(きすう)を決めたのが結局は、永田町の中の数合わせであり、安倍前首相ら実力者の意向に左右されたというのでは、岸田氏が当選後のあいさつで力を込めた「生まれ変わった自民党」というには程遠い。

 ■安倍氏の影拭い去れ
 実際、安倍氏は、今回の総裁選の「陰の主役」といってもいい存在だった。当初、立候補も難しいとみられていた高市氏が、河野氏を上回る議員票を獲得できたのも、安倍氏によるてこ入れがあってこそだ。
 最大派閥の細田派内にとどまらず、自身の首相時代に初当選した若手議員らにも影響力を保つ。自らに批判的な石破茂元幹事長とスクラムを組んだ河野氏の当選を阻むため、決選投票を経ての岸田氏勝利に一役買ったというのが専らの見方だ。
 懸念されるのが、岸田氏が総裁選の最中、安倍氏に配慮し、その歓心を買うような発言を繰り返してきたことだ。
 森友学園をめぐる公文書改ざん問題では、「国民が(調査が)足りないと言っている」といいながら、再調査を否定。推進の立場だった選択的夫婦別姓も慎重姿勢に転じた。安倍氏が旗を振った自衛隊明記を含む改憲4項目の発議に意欲を示し、敵基地攻撃能力の保有も「選択肢」とした。女系天皇への「反対」も明言した。
 これでは、負の遺産の清算どころか、政権運営全般に安倍氏の影響力が強まらないか、先が思いやられる。
 岸田氏は従来の新自由主義的な経済政策が格差拡大を招いたとして、成長と分配の好循環による「新しい日本型の資本主義」を掲げる。緊急事態宣言の解除で、感染対策と経済活動の両立に難しいかじ取りを迫られるコロナ対策では、最悪の事態を想定し、自ら国民に丁寧に説明するという。安倍・菅政権の反省を踏まえた政策を推進するなら、安倍氏の影響力は拭い去らねばならない。党役員と内閣の人事が試金石となる。

 ■選挙前、国会で論戦を
 岸田氏の公約の柱の一つが、党改革だった。役員に中堅若手を大胆に起用し、権力の集中と惰性を避けるため、役員任期は1期1年で連続3期までとした。小選挙区制の導入で党本部の力が格段に強まったのに、党運営の改革が手つかずだという認識はその通りだ。この際、党の新しいガバナンスづくりに真剣に取り組んでほしい。
「政治とカネ」の問題では、丁寧な説明と透明性の確保を約束した。ならば、地元広島を舞台にした参院選広島選挙区での大規模買収事件で、党が河井案里氏側に渡した1億5千万円の使途について、党独自の厳しいチェックを行うことから始めるべきだ。
 安倍・菅両氏には、国会論戦を避け、説明責任をないがしろにする姿勢が顕著だった。野党や政権に批判的な人たちを敵視し、分断もいとわない。専門知を軽視した、独善的な意思決定も少なくなかった。
 政治への信頼回復に向け、岸田氏はまず、真摯(しんし)に説明を尽くす姿を国民の前に示すべきだ。その第一歩として、週明けに召集される臨時国会で提案がある。首相に選出された後、所信表明演説と代表質問だけにとどめず、野党が求める予算委員会か、十分な時間をとっての党首討論を開いてはどうか。来たるべき総選挙を前に、与野党の対立軸を堂々とみせてほしい。

 (社説岸田自民新総裁 政策を肉付けし安定政権築け
                                           2021年9月30日 読売新聞

◆聞く力に実行力と発信力が必要◆
 混戦での勝利をもたらしたのは、堅実さと安定感への期待だろう。指導力を発揮し、着実に政策を遂行してほしい。
 自民党総裁選は、岸田文雄・前政調会長が、河野太郎行政・規制改革相ら3人を破り、新しい総裁に選ばれた。
 岸田氏は、来月4日召集の臨時国会で第100代首相に指名され、新政権を発足させる。
 新型コロナウイルス流行は危機的状況を脱し、日本社会は次の一歩を踏み出す局面にある。国政を預かる最高責任者として、緊張感を持って臨まねばならない。

スピード感持ち決断を
 岸田氏は記者会見で、「国民の声を聞き、一つ一つ答えを出す。丁寧で寛容な政治で国民の一体感を取り戻したい」と語った。
 コロナ禍では、政府の対応が後手に回り、政治に対する失望感が国民に広がった。岸田氏が「聞く力」を強調したのは、官邸主導で政策を決定する一方で、説明不足と指摘された安倍、菅両政権の反省を踏まえたものだろう。
 国民の幅広い意見を聞いたうえで、必要なときには即座に判断し、スピード感を持って政策を推進することが重要である。
 総裁選びは混戦となった。第1回投票は、岸田氏が河野氏を1票差で抑えてトップに立ったが、過半数には届かなかった。上位2人による決選投票の結果、国会議員票で上回る岸田氏が勝利した。
 混戦となった背景には、多くの派閥が支持候補の一本化を見送り、国会議員の自主的な判断に委ねたことがあろう。派閥の締め付けが緩み、政策論争が活発化したことは評価できる。
 一方、決選投票では、高市早苗・前総務相を推した安倍前首相や細田派の多くが岸田氏支持に回るなど、有力者の影響力の強さや派閥の駆け引きも目立った。
 河野氏は、「選挙の顔」として期待を集めたが、脱原発や最低保障年金構想など一部野党に近い政策目標を掲げたことで、警戒感を強める結果を招いた。

衆院選にどう臨むか
 河野氏の失速で、安定感がある岸田氏が浮上したという側面もあろう。党員票で河野氏に引き離されたことを踏まえ、岸田氏は発信力を磨いていく必要がある。
 最初の試練は衆院選である。
 新首相として所信表明演説と各党代表質問に臨み、10月中旬に衆院を解散し、11月に衆院選を行う日程が有力視されている。
 安倍前首相は国政選挙で6連勝し、8年近い長期政権を築いた。岸田氏のもとで、自民、公明両党が安定した政治基盤を維持できるかどうか、正念場となる。
 新政権としての具体的な政策をまとめ、実現の道筋を明示することが不可欠だ。総裁選で論じた政策はいずれも理念や目標にとどまり、実現の方法や内容が明らかではなかった。

 焦点は、感染症対策と経済再生を両立させる戦略である。

 若い世代にワクチン接種を呼びかけるとともに、証明書の活用など新しい取り組みを展開することが鍵を握る。医療が 逼迫 しないよう、弾力的に病床を確保する仕組みも強化すべきだ。
 岸田氏は経済政策について、市場での競争を重視する新自由主義からの転換を打ち出し、所得再分配の機能を高めて格差を是正すると訴えた。
 看護師や保育士らの所得アップを提案しているが、その他の民間企業の賃金引き上げを実現するのは簡単ではない。方針を示すだけでなく、総合的な対策を早期にとりまとめることが肝要だ。
 中国は覇権主義的な行動を重ね、北朝鮮はミサイル発射を繰り返している。外交・安全保障の課題は山積している。
 首脳外交を積極的に進め、米バイデン政権など各国との関係強化に取り組むことが急務である。

党改革の実現が課題だ
 新内閣と党役員人事は、派閥均衡に陥らず、有能な人材を登用することが大切だ。多くの課題に臨むため、強力で安定した政権を作り、迅速に対処できる態勢を整えるべきである。
 岸田氏は党改革について、役員任期を「1期1年・連続3期まで」とすることや、若手の積極登用などを打ち出した。透明性の高い運営を行い、党の活力を取り戻すことが望ましい。
 自民党が2018年にまとめた9条改正など4項目の憲法改正案について、岸田氏は「総裁任期中の改正を目指す」と語った。
 国会で幅広い憲法改正論議が行われるよう、野党に粘り強く働きかけてもらいたい。

 (社説)自民新総裁に岸田氏 「安倍・菅」路線から脱却を
                                         2021年9月30日 毎日新聞

 自民党の新総裁に岸田文雄前政調会長が選出された。1回目の投票で河野太郎行政改革担当相に競り勝ち、上位2人による決選投票で差を広げた。
 菅義偉首相の出馬断念を受けて行われた総裁選は、安倍晋三前政権からの約9年間をどのように総括するかが問われた。
 国会議員の若手・中堅有志が派閥に縛られない自主投票などを提言して改革を促したのは、自民党のあり方に対する危機感の表れである。
 にもかかわらず、論戦では新型コロナウイルス対策の失敗など安倍・菅政治の反省を踏まえ、そこからどのように脱却するかの突っ込んだ議論がなかった。
 選出過程でも、最後には派閥力学がものをいった。
 多くの派閥は1回目の投票を事実上の自主投票とした。しかし、決選投票をにらんで「勝ち馬」に乗ろうとする派閥の論理が透けて見えた。

権力の二重構造に懸念
 有権者と距離の近い党員・党友票でトップに立ったのは、世論調査で人気が高かった河野氏だった。一方、国会議員票では岸田氏が多数を占めた。党員票と国会議員票のねじれは、国会議員票の比重が増す仕組みの決選投票でさらに拡大した。
 菅氏が選出された昨年の総裁選でも5派閥が相乗りして早々に大勢が決し、完全な形の党員投票は行われなかった。

今回も改革を求める若手らの期待は裏切られた。

 裏で影響力を行使するキングメーカーのように振る舞ったのが安倍氏だった。
 決選投票では、1回目に高市早苗前総務相に投票した議員が岸田氏支持に回った。政治信条が近い高市氏を支援した安倍氏が、この流れを作った。
 新総裁に選出された岸田氏は「国民の声に耳を澄ます」と語った。問われるのは、選出過程のしがらみにとらわれず国民が求める政策を実行する力量である。
 菅氏が1年足らずで支持を失った背景には、国民の声に耳を傾けようとしない独善的な姿勢があったのではないか。
 岸田氏は若手・中堅の党役員起用など党改革に取り組むことを公約として訴えた。党の「実力者」の意向に、政権運営が左右されるような権力の二重構造に陥ってはならない。
 岸田氏は党内「ハト派」の流れをくむ派閥の領袖(りょうしゅう)だ。だが総裁選では、安倍氏や保守派への配慮をうかがわせる言動が目立った。
 憲法9条改正について従来、安全保障関連法が成立したことを理由に、当面は考えないという立場だった。
 ところが今回、安倍氏が目指した「自衛隊の存在明記」などの改憲に、任期中に取り組むと明言した。選択的夫婦別姓では、推進議連の呼び掛け人でありながら、あいまいな態度に終始した。
 森友学園を巡る公文書改ざん問題でも当初は「国民が納得するまで説明を続ける」と述べていた。だが数日後に「再調査は考えていない」と強調した。

国民の審判は衆院選で
 経済成長と効率を優先するアベノミクスは、格差拡大を助長したと指摘される。
 岸田氏は経済政策の柱として「新自由主義からの転換」を訴え、格差是正を目指す考えを示す。それならばアベノミクスの見直しが不可欠だ。
 当面の最大の課題は、コロナ対策と非常事態にも対応できる体制作りだ。
 感染の「第6波」への警戒を怠らず、ワクチン接種を進めつつ、経済活動の正常化に向けた戦略を示さなければならない。病床と医療従事者の確保や、地域医療との柔軟な連携が行えるよう、体制を整える必要もある。
 政治手法の転換も求められる。安倍・菅政権は異論を排除し、国会を軽視する姿勢が目立った。

 岸田氏は来月4日に国会で首相に指名され、新内閣が発足する。
まずは一問一答で論戦を交わす予算委員会を開き、自らの言葉で国民に向けた説明をすべきだ。
 党の体質が変わらないまま「顔」を替えるだけでは、失われた信頼を回復することはできない。総裁選は党内手続きに過ぎず、国民の審判を受けるのは近く行われる衆院選だ。
 新政権が国民の声に向き合うことができるかどうかが問われる。

 (主張)岸田政権誕生へ 国民を守り抜く首相たれ 信頼獲得へ政策遂行が重要だ
                                         2021年9月30日 産経新聞

 自民党総裁選で岸田文雄前政調会長が新総裁に選ばれた。
 10月4日召集の臨時国会で首相指名選挙が行われ、宮中での認証式などを経て岸田内閣が発足する。その後には政権選択選挙の衆院選が控えている。
総裁選の初回投票では、国会議員票、党員・党友による地方票ともに過半数を得た候補はいなかった。1位の岸田氏と2位の河野太郎ワクチン担当相の決選投票で、岸田氏が大差で勝利した。
 岸田氏は当選後、「生まれ変わった自民党をしっかりと国民に示し、支持を訴えないといけない。総裁選は終わった。ノーサイドだ」と語った。

コロナで実績を挙げよ
 終盤まで混戦となった総裁選は注目を集めた。世論調査で自民の支持率は上昇傾向にあるが、同党や岸田氏が忘れてはならないことがある。菅義偉政権が、新型コロナウイルス対策の不手際から国民の信頼を失ったという点だ。
 岸田氏は「(総裁選の)政策論争を通じて国民の信頼を回復する」と述べていた。これからは政策遂行で信頼を集めてほしい。そこで最も重要となるのは、危機の時代にあって、国民を守り抜く政治を行うことだ。
 喫緊の課題は新型コロナ対応である。緊急事態宣言や蔓延(まんえん)防止等重点措置は解除が決まった。感染減少の局面にある今だからこそ、矢継ぎ早に対策を打っていかなければならない。
 ワクチン接種の促進、3回目接種の準備、治療薬を行き渡らせることも急がれる。岸田氏は「医療難民ゼロ」を目指すと約束した。入院先が見つからず、自宅で亡くなる悲劇を繰り返してはならない。感染の第6波や未知の変異株登場に備え、医療提供体制の拡充を必ず実現してもらいたい。
 長期にわたる自粛の影響で経営難に陥った事業者や、収入が減ったり、なくなったりした国民は多い。岸田氏はコロナ対応の数十兆円規模の経済対策を表明した。困っている人々に届く、きめ細かな施策を求めたい。
 新型コロナと並んで取り組むべきは安全保障を確かなものにする努力だ。国民の生命を守り抜き、繁栄の基盤を確かなものにしなければならない。
 世界は今、東西冷戦終結以来30年ぶりの大変動期にある。覇権主義的な中国、核・ミサイル戦力の強化を進める北朝鮮の脅威に日本は直面している。
 嵐が吹き荒れる国際社会で「日本丸」の舵(かじ)取り役を務めるという自覚が求められる。温厚な人柄で知られる岸田氏だが、外交安全保障は笑顔で握手するだけでは済まないことは分かっているはずだ。国家国民を守るため、時には厳しい言葉や力強い態度で臨むことも必要である。

中国が50年ぶり論点に
 今回の総裁選は、日中国交正常化がテーマとなった昭和47年の総裁選以来およそ半世紀ぶりに中国、台湾問題が論じられた。日本をとりまく安全保障環境がそれだけ厳しいということだ。
 岸田氏は、台湾海峡の平和などへ「米欧豪印などとともに毅然(きぜん)と対応」すると公約し、敵基地攻撃能力の導入を「有力な選択肢」とした。経済安全保障の担当閣僚や中国などの人権侵害に対応する首相補佐官新設も打ち出した。議員票で2位となった高市早苗前総務相は、防衛費増額やサイバー防衛など抑止力強化の具体策を提案した。これらも含めぜひ実現してもらいたい。
 岸田派(宏池会)は党内でハト派と目されるが、宏池会出身の宮沢喜一元首相は、初の国連平和維持活動(PKO)としてカンボジアへ自衛隊を派遣した。集団的自衛権の行使容認にも前向きだった。岸田氏も、日米同盟と抑止力を強める現実的な安全保障政策を進めるべきだ。これは外交力向上にも欠かせない。
 安定的な皇位継承策は国の基本に関わる。岸田氏は、一度の例もない「女系天皇」に反対を表明した。男系(父系)継承を貫いてきた日本の皇統を守る手立てを確実に講じてもらいたい。
 憲法改正を前へ進めることも自民党総裁としての重要な役割といえる。
 菅首相は国民への説明不足で支持の低下を招いた。臨時国会では所信表明演説や代表質問がある。岸田氏は国民を前に、明快な言葉で目指す政治を語るべきだ。

 (社説)岸田氏新総裁に 結局「永田町の論理」か
                                                  2021年9月30日 東京新聞

 新型コロナウイルス感染症対策が急務の中、憲法53条に基づく臨時国会召集要求に応じず、長い「政治空白」の末に自民党総裁に選ばれたのが、党所属国会議員の多数の支持を得た岸田文雄前政調会長(64)だった。
 より有権者に近い立場にある党員・党友の支持を最も集めた河野太郎行政改革担当相(58)を、国会議員らの決選投票で破った。党員らの切実な思いより、国会議員の事情を優先した「永田町の論理」による選択ではなかったか。
 岸田氏は10月4日に召集される臨時国会で、内閣総辞職する菅義偉首相の後任首相に指名される。ただ11月までには衆院選、来年夏に参院選が行われる。これら選挙に勝利できなければ、短命内閣となる可能性がある。
 岸田氏は1回目の投票で256票を獲得して1位だったが、河野氏とは1票差で過半数に届かず上位2人の決選投票となった。
 1回目の投票で岸田氏が得た党員・党友票は110票で、河野氏の169票に差をつけられた。決選投票では党員・党友票の比重は軽くなるため、党員らの支持を、国会議員が覆したことになる。
 総裁選で決選投票に持ち込まれたのは5五回目、安倍晋三前首相が勝利した2012年以来だ。
 このときは1回目の投票で2位だった安倍氏が、党員・党友票を最も多く得た石破茂氏を、国会議員だけの決選投票で破った。
 その後、9年近く続くのが「安倍・菅政治」である。政権中枢の意向に沿う者を重用し、国会での議論を軽んじ、国民を分断し、説明責任を果たさない独善的な政権運営は、有権者により近い意思を退け、議員の事情を優先した「永田町の論理」の帰結ではないか。
 岸田氏は「国民の信頼を回復する」として、党役員への中堅・若手登用などの党改革案を掲げた。ならば、自らも関わった「安倍・菅政治」をどう総括し、何を引き継いで、何を引き継がないのか、まず明確にする必要がある。 その評価は、自民党内の主導権争いに終始した総裁選の在り方と合わせ、衆院選での有権者の判断に委ねられることになる。

 (社説)自民新総裁に岸田氏 政権不信、拭い去れるか
                                          2021年9月30日 中國新聞

 退陣を表明した菅義偉首相の後任の自民党総裁に、岸田文雄前政調会長(衆院広島1区)が選ばれた。きのうの総裁選で、第1回投票からトップに立ち、決選投票で河野太郎行政改革担当相を突き放した。
 岸田氏は今後、第100代の首相に選出される。被爆地の広島市が地盤だけに、核なき世界に向けた尽力を期待したい。まずは来春開催の核兵器禁止条約の第1回締約国会議へのオブザーバー参加に踏み切るべきである。連立を組む公明党も賛同しており、首相として指導力を発揮すれば実現できるはずだ。
 眼前には、課題が山積している。中でも重要なのは、菅政権によって失われた政治への信頼をどう回復するか、だろう。きのうの就任あいさつで岸田氏は「国民の声が政治に届いていない。政治が信じられない」といった切実な訴えを聞き、民主主義の危機と言い切っていた。
 確かに菅政権は、新型コロナウイルス対策が後手後手で、緊急事態宣言下にもかかわらず、国民の不安を軽んじるような格好で東京五輪を開催した。
 背景には、根拠のない楽観主義や、国民に説明する姿勢と能力の乏しさなど、安倍政権から続く体質がある。官僚の人事権も含めて官邸に権力が集中し、批判に耳を貸さなかった。「私には聞く力がある」と岸田氏が繰り返すのも、従来の姿勢を変えようとしているのだろう。
 異論をはねつける姿勢は、安倍、菅政権の「負の遺産」と言えよう。それが何をもたらしたか。一例が財務省の公文書改ざんといった官僚の忖度(そんたく)だ。
 岸田氏はきのう「生まれ変わった自民党を国民に示す」とも述べた。言葉通り、負の遺産は引き継がず、政権への不信を拭い去れるかがまず問われる。
 ただ、今後も安倍晋三前首相らの意見を重んじざるを得ないようだ。というのも決選投票で岸田氏は、高市早苗前総務相の陣営から協力を得た。つまり高市氏を強力に推していた安倍氏の手助けがなければ、勝ち抜けなかったかもしれない。
 総裁選でも、森友学園を巡る問題で岸田氏の対応にはぶれが見られた。「調査が十分かどうかは国民が判断する話だ」と述べたが、その後、「再調査は考えていない」とトーンダウン。これでは、国有地売却への関与が疑われる安倍氏への配慮だと勘ぐられても仕方あるまい。
 後を絶たない「政治とカネ」問題でも、国民の声を聞く姿勢が求められる。とりわけ、一昨年の参院選広島選挙区での大規模買収事件の原資を巡る疑惑である。自民党公認候補だった河井案里氏と、夫で元法相の克行被告の側に党本部から渡された1億5千万円の問題だ。
 党本部は先週の会見で、夫妻による「ばらまき」に使われたとの疑惑を否定した。しかし夫妻の説明をうのみにしただけで疑惑解消には程遠かった。
 国民に愛想を尽かされた看板を新しくしたが、中身は変わっていない。間近に迫った衆院選を前に、党の「顔」を変えただけなら国民に見透かされよう。今回、永田町より感覚が国民に近い党員・党友票は、5割近くが河野氏を支持した。岸田氏が今後、永田町の有力者の声と国民の声のどちらを大事にするのか。総裁選に立候補した時の思いを忘れてはならない。