(社説)9・11と日本 「参戦」の検証が必要だ
                             朝日新聞  2021年9月10日

 
 米国と行動を共にする関係は強めた一方、主体的な外交理念は見えず、自衛隊派遣の検証もしない。それが9・11テロ後の20年間にたどった日本の外交・安全保障の軌跡である。
 アフガニスタンを混乱のなかに置き去りにして米軍は撤退した。イラクと併せ、二つの戦争は米国の歴史的な過ちと見るほかない事態になっている。
 この間、米国の求めに応じて自衛隊を派遣した日本政府は、その総括をすべきだ。対テロ戦争に日本はどんな判断で加担し、問題点と教訓は何だったか、検証結果を国民と国際社会に示す責務がある。
 20年前まで、自衛隊の海外活動は国連PKOが中心だった。だが米国がテロ後に世界規模で軍事行動を始めて以降、日本の自衛隊派遣は国連より対米支援へと一気に傾斜した。
 アフガン戦争では、日本はテロ特別措置法を作って自衛艦がインド洋で給油支援をした。米英軍が国連の合意を得ないままイラク攻撃に踏み切ると、日本はこれも支持し、新たな特措法の下で陸自部隊を派遣した。
 二つの戦争は結局、大義を見失ったうえ、膨大な人命を犠牲にした。イラクで大量破壊兵器は見つからず、アフガニスタンでは武装勢力が復権した。
 自衛隊の活動は、インド洋で8年、イラクで5年に及ぶ。アフガン復興支援には69億ドル(約7600億円)を投じた。
 それでも政府が検証に動かないのは、無責任すぎる。近年、陸自のイラク派遣時の日報隠しまで起き、情報の開示にさえ後ろ向きだ。英国では政府が設けた独立調査委員会が、イラク戦争をめぐる自国の判断や評価の過ちを厳しく指摘している。

 何より憲法上の可否が問われた問題である。

 イラク派遣での国会論議で、政府は「非戦闘地域」限定であることが憲法9条に反しない理由としたが、陸自の宿営地には何度も砲弾が撃たれていた。
 憲法解釈に無理を重ねた末、かつて違憲とされていた集団的自衛権を含む安全保障法制にまで踏み込んだ。「専守防衛」の原則は大きく揺らいでいる。
 中国の台頭で日本を取り巻く環境は厳しくなっている。確かに対米同盟は重要だが、米国が時に重大な過ちを犯すことは、この20年が証明している。
 米中対立のはざまに位置する日本は自らの分析と判断基準のもとで行動し、地域の安定をめざすべきであり、そのためにはこの間の検証が必要だ。
 英国のような独立委員会や、国会など、国民に見える形で政府が十分な情報を開示し、過去と向きあう。それなくして今後の日本の戦略は描けない。
 (主張)9・11から20年 テロ根絶へ気を緩めるな 米国は対中シフトを強めよ 
                                 産経新聞  2021年9月11日

 4機の旅客機が乗っ取られ、米ニューヨークの高層ビルなどに突入して、日本人24人を含む約3千人が犠牲になった。2001年9月11日の米中枢同時テロは、「テロとの戦い」の始まりだった。
 当時のブッシュ米政権は、卑劣なテロを実行した国際テロ組織アルカーイダをかくまったアフガニスタンのタリバンを攻撃し、政権を崩壊させた。
 だが、米軍はその後、アフガンでの「史上最長の戦争」を余儀なくされ、先月末、アフガン国内の大混乱を残したまま撤収した。

中国は覇権を追求した
米中枢同時テロ20年の節目を、20年間の「テロとの戦い」を総括する機会とすることが大切だ。
11年5月、米軍特殊部隊が隣国パキスタン北部に潜伏していたテロの首謀者、ウサマ・ビンラーディンを殺害した。アルカーイダへの報復完了を「テロとの戦い」の勝利とすることは可能だった。
 だが、その後も続いたアフガンでの民主国家建設は挫折し、サダム・フセイン独裁政権崩壊後のイラクでも同様の状況が生じた。
 「テロとの戦い」は実行者の処罰や拠点攻撃などにとどまらない。究極的には、貧困をなくし、行き場のない不満を解消しなければならない。民主国家建設の試みもそれが目的だった。
 テロへの備えは、終わることのない国際社会の課題であり、各国ともに得意分野での貢献が求められる。日本は過去の実績を生かした途上国支援を進めたい。
 20年の節目はまた、「テロとの戦い」の陰で、世界がどう変化したのかを冷静に振り返る機会ともしなければならない。
 バイデン米大統領は、アフガン撤収に踏み切った大きな理由として、外交、安全保障上の最優先課題と何度も強調する中国との競争に注力することを挙げた。

その判断は、基本的に間違っていない。
 「8月末」を期限としたアフガンからの米軍撤収の過程で、米国はタリバンの大攻勢を許し、国外退避希望者の多くを置き去りにするなど、大きな失態を演じた。
 それでもアフガン撤収は避けて通れなかった。国家対テロリストの「非対称戦」に区切りを付け、中国との「大国間競争」を本格化させる必要があったからだ。
 中国はルール違反の海洋進出や不公正な通商慣行の押し付け、経済力にモノをいわせた節度のない援助で影響力を拡大し、国際秩序に挑戦している。
 軍事力を背景にフィリピンやベトナムなどと領有権を争う南シナ海への進出を本格化させ、軍事施設の建設を進めた。日本は尖閣諸島(沖縄県)奪取の企てなど直接の脅威にさらされている。
 巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げて途上国の港湾や道路などのインフラ建設を支援し、相手国を過剰債務に陥らせ、施設の使用権を手中に収めるなどした。

日本は同盟国の覚悟を
 強硬路線は習近平政権(12年総書記就任)以降顕著になった。だが、02年共産党大会で当時の江沢民国家主席が、21世紀初めの20年間を「戦略的好機」と位置づける発言をしていたことに留意する必要がある。米国主導の「テロとの戦い」が長期に及ぶとの見通しの下、覇権追求に邁進(まいしん)したのだ。
 米国が対中シフトを試みたのはオバマ政権下の11年のことだ。リバランス(再均衡)政策と呼ばれたが、実体を伴わなかった。アジア太平洋地域への資源や兵力の集中は、アフガン、イラクの米軍撤収が前提であり、それがかなわなかったのが大きな要因だ。
 バイデン大統領は9日に習近平国家主席と電話会談し、米国がインド太平洋および世界の平和と安定、繁栄に「永続的な関心」を抱いていることを強調した。
 大統領は就任以来、不公正貿易や人権侵害、サイバー攻撃など中国の問題点を幅広く指摘し、制裁などの厳しい措置を取っている。台湾海峡の平和と安全の重要性にも繰り返し言及している。
 民主主義を共通理念とした日米や米欧、日米豪印(クアッド)による連携強化、東南アジア諸国連合(ASEAN)への接近なども評価できる。対中シフトへの決意を示してきたといえよう。

 (社説)同時テロ20年 日米欧で安定した秩序支えよ
                                読売新聞  2021年9月12日

 ◆過激思想との戦いは終わらない◆
 政府の機能がマヒした破綻国家や内戦に陥った国にどのように関与し、「テロの温床」となる事態を防いでいくか。
 20年に及ぶ「テロとの戦い」が残した教訓と世界情勢の変化を踏まえ、日米欧は結束を強化し、自由と民主主義に基づく国際秩序を支えねばならない。

 ◆アフガンに漂う無力感
 国際テロ組織アル・カーイダが航空機を乗っ取り、ニューヨークと首都ワシントン近郊を攻撃した米同時テロから20年を迎えた。
 米国は事件後、直ちに反攻し、アフガニスタン内のアル・カーイダ拠点を掃討した。さらに、このテロ組織を 匿 っていたイスラム主義勢力タリバンの政権も崩壊させ、民主国家建設を目指した。
 ところが、今年8月の米軍のアフガン完全撤収を機に、タリバンが復権を果たした。時計の針が逆戻りしたかのような状況に、無力感を覚える人は多いはずだ。
 アフガン戦争は米国史上最長の戦争だった。一時は10万人の兵士を投入したが、タリバンのテロに手を焼く状態が続き、壊滅できなかった。米兵の死者は2461人、戦費は200兆円以上とされる。
 アル・カーイダは弱体化し、アフガンを拠点とする米欧への大規模テロは、この20年間抑止できている。それでも、成果に乏しいと感じられるのはなぜなのか。
 要因の一つは、過激派やテロ組織が中東、アフリカを中心に増大し、各地でテロ行為を重ねているため、世界がより安全になったと認識しにくい点にあろう。
 米国が撤収をもってアフガン戦争の終結を宣言したからといって、世界から過激思想が消えるわけではない。欧米や日本など、先進国の国民はどこにいてもテロや誘拐の標的になりうる。
 各国の政府は、緊密な情報交換を通じて脅威に対処すべきだ。
 この20年間の米国の対テロ戦略のどこに問題があったのか。冷静に検証し、今後の安定化への教訓としなければならない。

 ◆戦略の重点は中国へ
 アフガンに続き、イラクの独裁体制に対する戦争も始めたブッシュ政権は、「米国には自由と民主主義を世界に広める責務がある」という考えから、対テロ戦争の目標に民主化も加えた。
 タリバン後のアフガン政権では女性の人権が向上する一方、民族や宗派、地域による国民の分断は克服できなかった。諸外国の援助を政府や軍の幹部が着服する汚職体質も変わらないままだった。
 米軍という「後ろ盾」を失ったアフガン政府軍は今回、タリバンとの戦いを自ら放棄した。外部からいくら兵力と資金をつぎ込んでも、自立した政府と軍が育たなければ、安定は築けないことを象徴しているようだ。
 国際情勢は、米国が唯一の超大国だった20年前に比べ激変した。中国は軍事、経済、技術面で、米国を猛烈に追い上げている。
 バイデン米大統領は米軍を現地に駐留させなくてもテロは防げるとし、限られた資源を中露との大国間競争に集中させる考えだ。
 米国世論の「内向き志向」は根強い。バイデン氏は「アフガン軍が戦う意思がない戦争を米軍は戦うべきでない」とも述べている。中露が米国の「弱さ」ととらえ、揺さぶりを強める事態を警戒する必要がある。
 無論、アフガンと、日欧などの同盟国では、米国にとっての重要度も安保環境も異なる。日欧との同盟関係は米国の資産だ。
 ただし、同盟国側は、自らの防衛努力を重ねることが米国との同盟をより強固にし、世界秩序を安定させられるという認識を深める契機とすべきだ。それが中露への 牽制 にもなる。

 ◆民生支援に力入れよう
 タリバンが 喧伝 する「勝利」に引きつけられて、アフガンにテロリストや過激派が集まるのではないかという懸念は拭えない。
 中東のシリアやイエメンなどは長引く内戦で事実上の破綻国家と化している。「イスラム国」のような過激派組織が再び巣窟を作り、先進国へのテロを活発化させる恐れがある。
 国民が豊かさや公平さを実感できない社会で、テロの根を断つことは難しい。過激思想がSNSを通じて世界中に拡散する流れを放置することは許されない。
 テロ抑止は国際社会全体の課題である。日米欧は中露にも働きかけて、国民の職業訓練などの地道な民生支援を強化していきたい。そうした取り組みが現場で着実に実行されるよう、国連を中心とする監視体制の構築も大切だ。

 (社説)同時多発テロ20年 「不朽の自由」はるか遠く
                                毎日新聞  2021年9月12日

 米同時多発テロから20年が過ぎた。民間機4機が乗っ取られ、米国の中枢施設が攻撃を受けた。
 90カ国を超える約3000人の命が奪われ、日本人24人が亡くなった。その日付から「911」と称される史上最悪のテロである。
 ニューヨークの世界貿易センタービルが2棟とも崩れ落ち、ワシントン郊外の国防総省が損壊した惨状に今なお戦慄(せんりつ)を覚える。
 報復を誓った米国は、「不朽の自由作戦」の下に圧倒的な軍事力で、アフガニスタンを根城とするイスラム過激派の国際テロ組織を掃討した。
 だが、それは泥沼化するテロとの戦いの始まりでもあった。駐留政策は失敗を繰り返し、混迷の末、20年の節目を前に撤退した。再び実権を握った武装勢力が勝利の歓喜に沸く光景が、米国の敗北を印象付けた。

憎悪生んだ米国の正義

 敗因はどこにあったのか。
 「米国の自由を守るために世界に自由を広める」。当時のブッシュ大統領が表明した対テロ戦略は「フリーダムアジェンダ」と呼ばれた。自由が行き渡れば敵は味方に変わる、戦後の日米関係が好例だ、とブッシュ氏は主張した。
 米国の価値観を一方的に押しつけようとする態度に、歴史も生活習慣も違うイスラム社会が反発したのは当然だろう。
 米軍の攻撃は苛烈だった。開戦後、戦線は広がり、各地で実施した空爆は9万回を超えた。巻き添えになって死亡した市民は2万人とも4万人ともいわれる。
 「米国の正義」を振りかざし、自国の利益を守るためには手段を選ばない行動は、世界各地で反米感情を沸騰させた。
 分断の深まりも一因だ。イスラム教徒への監視が人種や宗教差別を助長し、疎外感から過激思想に染まる若者が増えた。それがイスラム排斥に拍車をかけるという負の連鎖に陥った。
 自由主義を体現する米国は自らの社会を息苦しくさせ、偏狭な愛国心を醸成する米国の民主主義に世界は疑いの目を向けた。
 米人権団体によると、戦争が泥沼化した2006年以降、世界における民主主義の潮流は後退を続けている。米国の退潮と軌を一にするのは偶然ではないだろう。
 国際秩序も変容した。疲弊した米国を尻目に台頭したのが中国とロシアである。ともに拡張主義を帯びる強権国家だ。「欧米型民主主義の拡大の失敗」と決め付け、批判の材料にしている。

 教訓を今後にどう生かし、新たな事態にどう対応すべきか。

 明確になったのは、軍事力だけでは世界に平和は訪れないということだ。この間、大規模な国際テロは減少したが、過激派組織は世界各地に分散し、活動している。
 根底にある貧困や飢餓をなくし、過激思想を生まない教育が行われない限り、テロの芽は残り続けることを忘れてはならない。

教訓直視し国際協調を

 20年前に比べてアフガニスタンの生活水準は向上した。だが、国内総生産(GDP)の約4割が海外からの支援だ。
 これが途絶えれば、人々の生活は困窮に陥り、テロ組織による勧誘の格好の標的になる。その根を断ち切る必要がある。
 近年は、ソーシャルメディアを通じたデマ情報によって過激思想に駆り立てられる若者もいる。テロを誘発する憎悪や怒りを抑止することも重要だ。
 社会が多様化する中、差別を排除し、相互の理解を深め、共通の利益を探る努力が一段と求められる。文化の違いを超えた対話の重要性を教えることも大事だ。

 日本も立ち止まって振り返る契機とすべきだ。

 日本はテロとの戦いをいち早く支持し、米国を後押しした。他国艦船への洋上給油のために海上自衛隊を派遣し、復興投資額は7000億円を超える。貴重な支援がどれだけ役立ったのかという疑問が生じても不思議ではない。
 英議会では今、撤退時の混乱を巡って外相が批判の矢面に立たされている。米議会では集中審議を求める声が出ている。日本も国会で検証する必要がある。

 テロは地球規模の課題だ。その芽を摘み、拡散を防ぐには国家間の協調が欠かせない。

 国の大小を問わず、独善を排し、国際社会の一員として平和を追求する。そうした態度を各国が示すことが、「9・11後」を教訓として生かすことになる。