(社説)福島の処理水放出計画 見切り発車は許されない
                             毎日新聞  2021年8月27日


 政府と東京電力が、福島第1原発の処理水について、海洋放出の具体策をまとめた。反対する漁業者らの理解を得たい考えだが、これで不信を拭えるとは思えない。
 2023年春の放出開始を目指している。政府は今年4月、基本方針を決め、東電が具体的な方法を検討していた。
 福島原発では、溶け落ちた燃料に地下水が触れて汚染水が生じている。大半の放射性物質を除去した処理水を保管するタンクは1000基を超え、東電は廃炉作業の支障になると主張している。
 今回示されたのは、沖合1キロからの放出計画だ。海底の岩盤をくりぬいてトンネルを建設する。沿岸漁業や観光への影響を心配する地元の声に配慮したという。
 タンクの水は、放出前に再処理する。除去できないトリチウムは、海水を加えて国の基準を大幅に下回る濃度に薄める。事前に濃度を測定して環境に影響がないことを確認する。
 重要なのは、事前の処理や検査が計画通りに実施されていることを客観的に担保する仕組みだ。
 政府は、国際原子力機関(IAEA)に安全性の評価を依頼するとしている。しかし、事前の検査には、事故後も不祥事を繰り返してきた東電も加わるため、信頼性に疑問が残る。
 政府と東電は、放出の際に第三者のチェックを受けるなど、誰が見ても納得できる透明性を確保することが求められる。
 風評被害も懸念される。政府は水産物を買い支え、販路拡大を支援する基金を設立する方針を新たに示した。
 ただし、原発事故に伴う被害は、東電が賠償するのが基本だ。税金を使って国民に負担を求めるのであれば、きちんと説明しなければならない。
 被害を前提にした対策の充実だけではなく、風評が起きないようにする手立ても必要だ。国内はもとより周辺国への丁寧な説明が欠かせない。
 東電は9月にも原子力規制委員会に計画を申請し、海底トンネルの建設に向けた調査を始める。日程ありきで進めれば、地元や関係者の反発は強まるだけだ。信頼関係を構築できないまま、見切り発車することは許されない。

 (主張)処理水の風評対策 「補償範囲」に懸念が残る
                             産経新聞  2021年8月29日

 東京電力福島第1原子力発電所の敷地内のタンク群にためられた処理水の海洋放出に向けた実施計画の大筋が政府と東電から公表された。
 そのかなりの部分が処理水放出に伴って発生が予想される風評被害の対策に充てられている。
 だが、対策には首をかしげたくなるものもある。その一例が水産物の販売減少が起きた場合の措置である。一時的に国で買い上げて救済するための基金を創設するという。これは漁業関係者への配慮だが、適用範囲が広すぎる。対象は福島県や近隣だけでなく全国なのだ。
 これでは風評とはいえ、放出の影響が日本海側まで及ぶことを国が認めることになってしまう。
 4月に政府が海洋放出を決定した際にも中国の外務省幹部が北斎の大波の浮世絵を模して誹謗(ひぼう)するイラストをツイッターに投稿し、東京五輪では韓国が「福島産の食材は危険」として自前の給食支援センターを設営するなどの当てつけめいた行いがあった。
 風評被害補償の地理的範囲拡大はこうした心ない行為の呼び水となり得ることに注意すべきだ。
 政府は国際原子力機関(IAEA)の協力を得て海洋放出に関する世界への情報発信に客観性と透明性を持たせようとしているが、その効果が薄らぎかねない。
 東電は海底トンネルを掘って第1原発の沖合1キロの海中に処理水を放出する計画だ。
 その処理水は、多核種除去設備(ALPS)で大半の放射性物質を処理した上で、残ったトリチウムの濃度を国の排出基準の約40分の1にまで薄めたものだ。
 トリチウムは原発の通常運転だけでなく自然界でも生じ、その放射線は微弱だ。だから中韓はもちろん、世界中の原子力施設から海洋などに流されている。第1原発から放出の処理水はIAEAも加わり、厳重に管理されたものだ。科学的に考えれば生態系に負の影響が及ぶはずもない。
 にもかかわらず政府と東電は「処理水放出前の風評被害」に対しても迅速かつ適切に賠償し、「風評の影響がない間接的な損害」にも対応する方針だ。
 そもそも風評とはデマである。これでは過剰対応だろう。はじめに賠償ありきの風評対策は、地道な勤労意欲をそぎかねない。中韓からの「風評テロ」に加えて、この件も大きな懸念材料だ。 

 (社説)【処理水海洋放出】日程ありきは許されぬ
                             高知新聞  2021年8月30日

 福島第1原発の処理水について、東京電力は海洋放出の全体計画を公表した。9月にも放出設備の審査を原子力規制委員会に申請し、準備工事を始めるという。2023年春ごろに放出を開始する方針だ。
 計画が具体化する一方、政府や東電はどれだけ漁業者ら地元住民の理解を得る取り組みをしたのか。新たな風評被害への懸念はむしろ膨らんでいるように映る。「スケジュールありき」の感は拭えない。
 福島第1原発では、溶融した核燃料を冷やした水に地下水や雨水も混ざり、大量の汚染水が発生し続けている。多核種除去設備(ALPS)の浄化では水と同じ性質を持つトリチウムは除去できず、処理水を敷地内のタンクに保管している。
 その量は約127万トンにもなる。23年春にはタンクで敷地が逼迫(ひっぱく)し今後の廃炉作業に支障が出るとして、政府は4月、処理水を海洋に放出する方針を決定した。
 東電が示した計画では、処理水を海水で薄め、海底トンネルを通じて沖合約1キロで放出する。沖合でトリチウム濃度を測定する監視態勢も強化するという。放出には20~30年かかる見通しだ。
 トリチウムは通常の原発も放出している。基準の濃度を守れば、人体や環境への影響はないとされる。ただ、事故の当事者である東電の濃度管理が信頼を得られるか。柏崎刈羽原発(新潟県)で核物質防護の不備が発覚し、企業統治や安全性への意識が問われ続けている。
 政府は国際原子力機関(IAEA)の支援を取り付けたが、第三者機関による客観的な安全性の担保は必須条件だろう。とはいえ、科学的な「安全」と、地元の「安心」は別に考える必要がある。
 海洋放出に対し、全国漁業協同組合連合会(全漁連)は当初から「断固反対」の姿勢を崩していない。地元漁業者は事故後、操業自粛に追い込まれ、10年かけて風評被害と闘ってきた。今も漁獲量は事故前の2割程度にとどまるという。
 確かに、処理水問題はいつまでも放置できる問題ではないにせよ、海洋放出が始まれば新たな風評被害が起こりかねない。そう懸念するのは当然だろう。
 政府は、風評被害が発生した場合に公費による水産物の買い支えや販路支援、東電に賠償の枠組みを指導するといった対策をまとめた。
 しかし、生活の再建や産業の復興に費やしてきた時間まで賠償できるわけではない。漁業者ら地元住民の理解は不可欠だ。
 全漁連は放出方針の決定後、政府に処理水の安全性担保や安心して操業できる方策の明確化などを求めていた。だが、いまだ具体的な回答はないという。漁業者や地元をないがしろにして計画が進んでいると受け取られても仕方があるまい。 不安や反発を解消できないままでは、今後の復興に影を落としかねない。海洋放出の前提として、政府と東電には地元との信頼関係を築き、納得を得る責任がある。

 (社説)原発審査中断 原電に任せられるのか
                             朝日新聞  2021年8月29日

 敦賀原発2号機(福井県)の調査資料を日本原子力発電が書き換えた問題で、原子力規制委員会は再稼働に向けた審査の中断を決めた。審査を根底から揺るがす事態はなぜ起きたのか。問題の経緯と責任の所在を明らかにするとともに、先行きが見えない会社のあり方を考え直す必要がある。
 敦賀原発が立地する若狭湾周辺には多くの活断層がある。2号機直下にある断層も活断層の可能性があると、規制委の有識者会合が2012年に指摘した。直下に活断層があれば運転は認められず、廃炉となる。しかし原電は「活断層ではない」と主張、15年に再稼働審査を申請した。
 ところが、審査書類に1千カ所を超える誤記が判明。20年の審査会合では地質データの書き換えが発覚した。それも、採取した地層サンプルの観察記録という調査の根本である。これが信頼できなければ、原発の安全性を議論しても無意味だ。
 こうした生データの書き換えは、科学の観察や実験では厳に慎むべきことである。原電は、書き換えは現場担当者らの判断で、「いけないという認識はなかった」とする。担当役員らは事情を知らなかったと説明するが、技術者の教育をはじめ、管理や組織の規律が問われる問題だ。規制委が厳しく批判し、審査を中断したのも当然だ。
 しかも、計80カ所の書き換えには、断層が動いた可能性を否定する記述に改める部分もあった。運転が認められるか否かに関わる重要な部分だ。審査を有利にするため意図的に不正をしていたとすれば、原電に原発を運転する資格はない。
 原発審査はすべての資料の裏付けをとることは不可能で、性善説に立たざるをえない。電力会社が勝手にデータを書き換えるようでは、他の原発も含めて審査結果の信頼性に傷がつく。原電は、すべての関連資料と詳細な経過の公表が求められる。
 原発専業の原電は、電力を大手電力会社に売ることで成り立ってきた。原子炉4基のうち2基の廃炉が決まり、残る敦賀2号機と東海第二(茨城県)に会社の存亡がかかる。しかし再稼働をめざす東海第二は避難計画に不備があるとして、今年3月に水戸地裁で運転差し止めを命じられた。
 原電は東日本大震災以降、電力会社が契約に基づいて毎年払う「基本料金」で経営を維持しているが、存続の是非も含めて会社の今後を改めて検討すべきだ。問題を放置したままでは、原電の株主である電力各社もあまりに無責任である。長年の原発行政の結果でもあり、政府も主体的に関わらねばならない。