(社説)「黒い雨」判決 ただちに救済の決断を
                               朝日新聞  2021年7月15日

 地裁に続いて高裁も被爆者として広く救済するべきだと判じ、地理的な線引きにこだわる政府の姿勢は再び否定された。これ以上、裁判で争ってはならない。政府はただちに非を認め、救済を決断するべきだ。
 広島に原爆が投下された直後、放射性物質を含む「黒い雨」の下にいながら手当支給などの援護の対象外とされてきた原告の住民ら84人について、広島高裁は全員を被爆者と認めた。原告側が勝訴した1年前の広島地裁判決を基本的に引き継ぎ、行政側の控訴を退けた。
 政府は、原爆投下直後に行われた調査をもとに、大雨が降った地域にいた人だけを特例措置として援護対象としてきた。これに対し広島地裁は、一人ひとりの黒い雨体験を重視し、健康状態も加味して判断。今回の高裁判決は、原爆の放射能による健康被害を否定できなければ被爆者にあたるとし、政府が主張する「科学的な合理性」にこだわらず救済の間口を広げた。
 被爆からまもなく76年。被爆者の高齢化はいやおうなく進み、この裁判でも6年前の提訴後に原告のうち14人が亡くなった。一連の判決は、救済を急げとの強いメッセージである。黒い雨を直接浴びた外部被曝(ひばく)だけでなく、放射性物質に汚染された水などを口にしたことによる内部被曝の影響も考慮した点を含め、評価したい。
 政府は地裁での敗訴後、厚生労働省に有識者検討会を設け、援護対象区域の拡大を視野に検証を始めた。しかし検討会は、降雨域を探る気象シミュレーションや土壌調査の検討に時間を費やし、結論への道筋は見えないままだ。
 田村厚労相は6月下旬、検討を加速させる意向を広島県に伝えたというが、見通しはあるのか。科学的な根拠に基づき援護対象を地理的に線引きするという考え方自体が、もはや行き詰まっているのではないか。
 従来の行政と決別することは、役所任せでは難しいだろう。決断すべきは菅首相である。政治の責任として方針転換を指示するべきだ。
 広島県と広島市も問われる。県と市は、原告側が求めた被爆者健康手帳の交付業務を国から受託している関係で、裁判では国に代わって原告と対峙(たいじ)している。地裁での敗訴時は、援護区域の拡大に期待し、国の方針に従って広島高裁へ控訴した。同じことを繰り返すのではなく、高裁判決を受け入れるよう国に強く働きかけることが被爆自治体の役割だ。
 救済を求める被爆者の声を、それを支持する司法の判断を、唯一の戦争被爆国の政府が受け流すことがあってはならない。

 (社説)「黒い雨」判決 上告せず国は救済急げ
                                 東京新聞  2021年7月15日

 原爆投下後、国が定めた援護対象区域の外で、放射性物質を含む「黒い雨」=写真、「黒い雨のあとの残った白壁」(八島秋次郎氏寄贈、広島平和記念資料館所蔵)=を浴びた住民が、1審に続き2審でも裁判所に「被爆者」と認められた。上告せず、国が一刻も早く救済に動くべきだ。
 国は爆心地から北西方向に東西11キロ、南北19キロの楕円(だえん)形の範囲内を援護対象区域として、黒い雨を浴びた人たちを被爆者認定していたが、原告たちはこの外にいたため、認められなかった。この区域は、被爆直後の混乱期に、限られた人手で集められた聞き取り調査のデータを基にしている。
 その後、2010年、広島市などが、黒い雨は援護対象区域の六倍もの広い範囲で降っていた、との調査結果を発表した。84人の原告は原爆投下時、全員がこの範囲内に所在しており、二審広島高裁は、原告の法廷供述などから「全員が黒い雨に遭った蓋然(がいぜん)性(可能性)がある」と述べ、古い線引きに依拠し過ぎた国の援護政策を批判した。
 また、1審に続いて2審も、「内部被ばく」を認めた。放射性物質に汚染された黒い雨水を「被爆直後ののどの渇きを癒やすために飲んだ」「黒い水が掛かった畑の野菜を食べた」などとの原告の訴えを聞き入れた。
 国は一審判決を「被爆者と認めるには、科学的知見による高いレベルの証明が必要」と批判して控訴したが、2審は「健康被害を否定できないことが立証されればよい」として退けた。1審よりもさらに原告に寄り添った判決だ。
 原爆投下から76年。原告らの平均年齢は80代半ばになった。1審敗訴の後、国は降雨域と健康影響を検証する有識者検討会を設置、中間まとめを今月出すとしているが、提訴からの6年で、原告のうち既に14人が亡くなっている。残された時間は長くない。
 原告らの法廷供述や司法の判断を国は重く受け止めるべきだ。上告はせず、被爆による健康被害に長い間苦しんできた原告らの救済を最優先してほしい。

 (社説)「黒い雨」原告再び勝訴 上告せず国は被害救済を
                              毎日新聞 2021年7月16日

 広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」の健康被害を巡り、従来より幅広く被爆者を認定する司法判断が示された。
 広島高裁は審に続き住民の訴えを全面的に認めた。これまでの援護行政のあり方を指弾された国は被害救済に向き合うべきだ。
 広島地裁は昨年月、援護対象区域の外で黒い雨を浴びた住民ら84人全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じた。これを不服とし国側が控訴していた。
 高裁判決で特筆されるのは被爆者の認定基準を緩やかにしたことだ。1審は「健康被害を生じる可能性」があったかどうかで判断したが、原爆の放射能による健康被害を否定できなければ被爆者にあたると、ハードルを下げた。
 さらに援護対象区域でなくても「黒い雨に遭えば被爆者」との判断を示した。放射性物質が含まれていた可能性があるとの理由からだ。特定の病気の発症も要件から外し救済の道を大きく広げた。
 被爆者援護法は、原爆による健康被害が「他の戦争被害とは異なる特殊の被害」であることを踏まえて制定された。国が責任を持って補償することが理念だ。
 しかし、国は被爆者認定に厳密な科学的裏付けを求めて救済の対象を狭めてきた。
 審判決を受け、厚生労働省の有識者検討会は援護対象区域の拡大を議論している。だが、判決の趣旨を生かすならば、そもそも線引きは不要なはずだ。認定方式を根本的に改める必要がある。
 国は科学的知見に縛られず、被害実態に目を向けるべきだ。
 高裁判決が「認定を否定するためではなく、被爆者と認めるために科学的知見を活用すべきだ」と批判したことに、真摯(しんし)に耳を傾けなければならない。
 広島に原爆が投下されて今年で76年となる。健康被害に苦しむ原告らは裁判で「一日一日をやっとの思いで生きてきた」と訴えた。しかし、高裁判決までに14人が亡くなった。
 裁判の被告は手帳交付を審査する広島県と広島市だが、上告するかどうかの判断は事実上、国が握っている。
 被爆者は高齢となり、残された時間には限りがある。政府は救済を最優先し上告を断念すべきだ。

 (社説)「黒い雨」二審判決 国は直ちに救済を決めよ
                                   山陽新聞 2021年7月16日

 広島への原爆投下後に降った放射性物質を含む「黒い雨」で健康被害を受けたとして、これまで援護策の対象外とされてきた住民ら84人が広島県や広島市に被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で、二審の広島高裁が一審に続き全員を被爆者と認めた。
 判決は現行の被爆者認定の枠組みを広げる判断を示し、原告側が全面勝訴した1年前の広島地裁判決からさらに踏み込んだ。援護の在り方の見直しを行政に強く迫る内容と言える。
 間もなく被爆から76年。黒い雨体験者は高齢化が進み、この訴訟でも6年前の提訴後に原告のうち14人が亡くなった。国は直ちに救済の政治判断をするべきだ。
 現行の認定制度は終戦直後の調査を基に、大雨が降ったとされる「特例区域」にいた人だけを援護対象としている。区域内で黒い雨を浴びた住民は無料で健康診断を受けられ、がんなど11の特定の病気があれば被爆者とみなされて医療費が原則無料の被爆者健康手帳を受け取れる。
 一方、区域外にいた原告らはこうした援護策を受けられない。この線引きが妥当かどうかについて判決は、国が定めた区域より広い範囲で黒い雨が降ったとして、一審判決同様、線の内外を問わず健康を損ねた可能性があれば被爆者と認めるよう求めた。
 たとえ黒い雨に直接打たれていなくても雨が混じった井戸水を飲んだり、雨がついた野菜を食べたりして内部被ばくによる健康被害を受けた可能性があったとも明示した。
 一審判決が「区域外であっても黒い雨に遭い、特定の病気と診断されれば被爆者に当たる」としたのに対し、二審判決は病気にかかわらず健康被害が否定できないことを立証すれば認定に足りるとした。幅広い救済へと道筋を付けたのは画期的だ。
 国は被爆者認定について「科学的根拠」に固執して対象を狭めてきた。昨年11月には厚生労働省に有識者検討会を設け、特例区域の線引きについて再検証しているものの、気象シミュレーションや土壌調査に時間を費やし、結論がいつになるかは見通せない。控訴への批判を避けるための方便で、時間稼ぎだとの不信感が原告側などに強いのもうなずける。
 住民のために長年にわたって区域拡大を求めてきた広島県や広島市の姿勢も改めて問われよう。被爆者健康手帳の交付事務を担っているため裁判では被告となっており、一審敗訴後は、制度設計した国の方針に従い、区域拡大を視野に入れた検証と引き換えに苦渋の思いで控訴を受け入れた経緯がある。
 救済は時間との闘いだ。県と市は上告するのではなく、高裁判決を受け入れるよう国に強く働き掛けるべきだ。国は被爆地の思いや、それに寄り添った司法判断の重みをしっかりと受け止めなければならない。

 (社説)「黒い雨」原告勝訴 国は再び救済を迫られた
                                   西日本新聞 2021年7月16日

 広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」の被害を巡り、一審判決よりさらに踏み込んだ司法判断が示された。国は原告らを直ちに被爆者と認め、援護行政そのものを拡充すべきだ。
 放射性物質を含む「黒い雨」を浴びたのに国の援護を受けられないのは違法として、住民が被爆者健康手帳の交付を広島県と広島市に求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁は一審広島地裁に続き、原告84人全員の請求を認めた。
 判決の論理は極めて明解だ。被爆者認定には厳密な健康被害の立証は必要なく、被害が生じることを否定できなければ足りる-とした。従来の救済対象を大きく広げるものだ。
 その上で、国の援護対象となる「特例区域」範囲外に黒い雨が降らなかったとは言えない▽黒い雨に直接打たれていなくとも放射性微粒子を吸引した可能性がある-などと判断した。
 「疑わしきは救済」という明確な考え方に立っている。1審判決より分かりやすく、常識に沿った内容だ。原告らは実際、医療費支援などを受けられる被爆者健康手帳の交付に必要な11症状のどれかを発症している。
 元々、国が黒い雨が降ったとする特例区域の範囲は根拠が薄弱だ。終戦後、廃虚の被爆地で気象台の技師ら数人が実施した市民の聞き取り調査を基に、爆心地から北西へ約19キロ、幅約11キロの楕円(だえん)形を指定した。
 高裁判決は、特例区域とは別に市などが実施した種類の調査範囲も「黒い雨の降雨域に含まれる」と認めた。広さは特例区域の倍だ。
 県と市は昨夏の一審判決を容認しようとした。国が「十分な科学的知見に基づかない判決」と譲らず、国と共同で控訴する異例の展開をたどった。高裁判決を受け国は再び県、市と協議するというが、県と市は今回も上告には否定的だ。
 所管の厚生労働省はなぜ、そこまで自説に固執するのか。科学的知見を無視しているのは厚労省の側ではないのか。
 1審判決を受けて厚労省は特例区域見直しに向け有識者検討会を発足させている。しかし高裁判決後、加藤勝信官房長官は結論までにさらに時間を要する可能性を示唆した。発足当初から「時間稼ぎではないか」との批判が強かった。これ以上高齢の原告らを苦しめて、どうしようというのか。理解できない。
 被爆者救済の範囲を巡っては国が狭く捉え、司法が広げるという歩みの繰り返しだ。被爆者援護法は原爆の健康被害を「他の戦争被害とは異なる特殊の被害」と位置付け、「国の責任において」援護すると明記している点を再確認しておきたい。