●東日本大震災10年   かすむ原発40年ルール 停止期間除外を 電力業界

                                       毎日新聞 2021年2月26日

長期停止中の中部電力浜岡原発の(左奥から)3号機、4号機、5号機=静岡県御前崎市で2019年5月

  原発の運転期間を原則40年とする「40年ルール」。2011年の東京電力福島第1原発事故をきっかけに、老朽化した原発を運転させないために導入された。事故から間もなく10年になるが、制度の緩和を働きかける動きが表立ってきた。40年ルールを巡る電力業界などの動向を追った。【荒木涼子】

 原発事故前、国内の原発には運転期間の制限がなかった。運転を始めてから30年がたつと、原子力規制委員会の「前身」の原子力安全・保安院が10年ごとに、機器の劣化具合を点検したり追加の安全対策が必要か確認したりしたが、問題がなければ運転を続けられた。
 ところが、原発事故による反原発の世論の高まりを受け、当時の民主党政権は「脱原発」の象徴的な政策として、40年ルールを打ち出した。導入のために原子炉等規制法を改正したが、改正に反対の声もあったことから、例外も規定。運転開始から40年の時点で、将来の劣化に備えた対策が十分だと規制委が判断すれば、最大20年の運転延長が可能になった。
 例外規定はあるものの、世間では「40年ルールは原発の寿命」と捉えられるようになった。ただ、電力業界にとってこのルールは「目の上のたんこぶ」(電力社員)でしかないという。
 というのも、原発の新設や既存の敷地内での増設は地元の反発などから難しく、「今あるものをできるだけ長く運転したい」のが電力業界の本音だ。経済産業省の幹部は「安全審査に時間がかかり、震災で停止した原発がようやく再稼働しても、40年ルールのせいで数年で運転を止めるなんて経済的じゃない」と話す。

 40年ルールを撤廃したい電力業界が、手始めに考えたのがルールの緩和だ。

主な原発の長期停止期間
 再稼働した原発や、再稼働を目指している原発は、いずれも原発事故の影響により4~10年も停止している。法律では、運転期間は運転開始からの年月を指し、こうした長期停止期間も含まれる。しかし、電力業界は運転期間に長期停止期間を含めないようにすることで、運転期間の引き延ばしを図ろうとしている。
 動きを見せたのは、17年1月。「長期停止の原発は一定期間を運転期間から除外してはどうか」。当時の関西電力の豊松秀己副社長らは規制委の委員と面会し、そう提案した。だが、規制委の更田(ふけた)豊志委員長代理(現委員長)に「私たちができるものではない」とかわされた。
 すると、電力業界は技術的な議論の場を公開で設けるよう呼びかけた。規制委を議論のテーブルに着かせるため、長期停止している原発の劣化対策に関する業界独自の「保全ガイドライン」を作ることにし、規制委に専門的な助言を求めた。
 規制委は20年7月、運転期間について「40年は(寿命ではなく、将来の劣化に備えた対策を考慮しつつ、老朽化しているのか)評価を行うタイミング」などとする結論に至り、見解を公表した。
 同年12月の衆院の原子力問題調査特別委員会。自民党の細田健一議員は「40年というのは原子炉の寿命ではないということの確認を」と規制委の更田委員長に尋ねた。
 更田氏は、国会の場でも寿命ではないと認めたうえで、こう付け加えた。「運転期間のあり方は立法政策としての定めであって、原子力利用のあり方に関する政策判断の結果にほかならず、規制委が意見を述べる立場にはない」
 更田氏の答弁を経産省の幹部は歓迎した。「つまり、40年ルールは国会で決められたので、『変えるなら国会で議論してください』ということ。ルール改正の道筋ができた」

 寿命の計算困難 規制委
 40年ルールを巡る一連の動きで、規制委は電力業界との意見交換に臨んだものの、運転期間については「国会が決めたこと」と科学的な議論に消極的な姿勢も見せる。
 規制委が運転期間の議論に及び腰なのは、原発によって劣化の仕方が異なり、一律に寿命がどの程度かと科学的に説明するのが難しいからだ。「原発の寿命の計算を詰めて議論するのは困難」(規制委関係者)だという。
 しかし、今後の議論を国会や原発政策を進める経産省だけに任せることに、専門家は危機感を募らせる。規制委は原発事故の教訓を踏まえ、国家行政組織法第3条に基づく独立性の高い組織として設けられた。規制基準にのっとっているのかのチェックだけでなく、規制そのものが十分な内容かを絶えず見直していく役割も期待されている。
 山口彰・東京大教授(原子力安全工学)は「原発の劣化に関する専門性を持つのは規制委だ。国会や経産省だけでは政策や経済性、立地地域との関係に視点が偏る。安全な利用には規制委の視点が欠かせない」と指摘。「国会や政府に丸投げせず、行政機関として積極的に議論に関わる責務がある」と話した。

 審査時期、先送り懸念
 関西電力高浜1、2号機と美浜3号機の40年超の運転延長は規制委に認可され、地元の福井県高浜町と同県美浜町は今月、再稼働に同意した。老朽化させないため、さびた配管など交換が可能な部品や機器は新品のものにするなどして対応する。
 ただ、原子炉圧力容器などは取り換えることができないので、老朽化すると運転が続けられなくなる。圧力容器の老朽化には、原発ならではの特徴がある。運転中に核燃料が放つ放射線の一種、中性子線により劣化が進む。しかし、原発の停止中は中性子線が生じないので、その影響はないと考えられている。ここに注目した電力業界は、長期間停止していれば劣化は進んでいないと主張している。
 東大の山口教授によると、世界の原発の潮流は、維持管理をしながら使い続ける超長期運転の時代に入りつつあるという。
 米国では、許可を受ければ運転期間を20年ずつ複数回延長でき、80年の運転を認められた原発もある。フランスも最長20年の運転延長が可能だ。ただし、両国とも延長の許可を得るために、運転開始から40年までに審査するのは日本と変わらない。
 もし、40年ルールの運転期間に長期停止期間を含めないとするなら、審査のタイミングが40年から長期停止期間を加味した時点に先送りされる恐れが出てくる。NPO法人「原子力資料情報室」の伴英幸共同代表は「40年ルールをなし崩しに変えるのはどうなのか。福島の原発事故を踏まえ、老朽化も含めて問題があれば厳しく想定すべきだという当時の教訓に立ち返って考える必要がある」と話す。