連載 原発のたたみ方/16 
  専門家に聞く 柳原敏・福井大特命教授 東電福島第1 廃炉状況、評価もできず
                                    毎日新聞 2021年1月28日

  東京電力福島第1原発の廃炉作業では、多くの課題を抱えている。こうした状況を、どのように乗り越えていけばいいのか。日本原子力学会の廃炉検討委員会で、廃棄物検討分科会の主査として中心的な役割を担う柳原敏・福井大特命教授が、そのカギを語った。

廃炉作業が続く東京電力福島第1原発の1号機(奥)=福島県大熊町で2020年9月26日(代表撮影)

工程表 目標不明確、見直しを

 ――福島第1原発の廃炉の進み具合をどう見ていますか。
 ◆2011年に原発事故が起きて、その年に廃炉のための工程表(ロードマップ)ができた。廃炉の段階ごとに第1期、第2期、第3期と区分され、第3期が22年以降になっている。第2期中には(核燃料が溶け落ちた)燃料デブリの取り出しが始まることになっているが、現状では取り出しに入れる状況にはない。果たして工程表通りに進むのか、もう一度見直す必要がある。

 ――工程表上の計画が問題だということですか。
 ◆そうだ。廃炉というのは一大プロジェクト。プロジェクトというのは一般的に、まず具体的な計画があって、その通りに進んでいるかをチェックすべきだ。それができていない。
 燃料デブリの取り出しの技術は実現できるのか、汚染処理水をどうするのか、放射性物質に汚染された廃棄物をどう処分するのか。いろいろな課題がある。廃炉後の姿、つまりエンドステート(最終状態)を見据えた工程表上の具体的な計画が明確でないというそもそもの問題があり、何がどこまでが達成でき、どういう課題が生じ、それを踏まえた上で次にどう進めるか、そうした評価が全然できていないのも問題だ。

 ●難題の「デブリ」

 ――政府や東電は工程表で、11年から30~40年間で「廃止措置(廃炉)を終了」とうたっています。計画に無理がある感じがします。
 ◆一番の問題は、エンドステートが明確でないことだ。工程表の廃炉とは、燃料デブリを取り出したら終わりなのか。それとも建屋の解体までのことか、または更地にして汚染土壌も取り除いてきれいにすることなのか。もし、敷地全体で計測される放射線量も下げて汚染廃棄物もどこかに持っていくことを「廃炉の終わり」と定義するなら、結構大変な仕事になる。30~40年でできるかは疑問だ。

 ――廃炉後の姿について、原子力学会は「廃炉の進め方や完了後の土地利用について今から地元と議論すべきだ」と提言しています。
 ◆「エンドステートを明確に」というのは、何も原子力学会だけが主張しているものではない。IAEA(国際原子力機関)も報告書で指摘している。廃炉はいつ始めて、いつ終わるのかという計画がなければできない。もちろん長い工程なので、途中で変更してもいい。ただ、少なくとも目指す所がどういうものかをきちんと示さなければ、その途中までに何をしなければならないのかも見えてこないので、全体の計画は立てようがない気がする。

 ――汚染された廃棄物をどうするのかの議論も進んでいません。
 ◆既存の原発の運転や廃炉で生じる放射性廃棄物の処分は、(汚染度が高い)高レベルと低レベルに区分される。まず、この考え方が福島第1原発にも適用できるか、適用できないなら新しい制度が必要で議論をしなければならない。
 特に燃料デブリは核燃料を含んでいるので、再利用できるプルトニウムなどを取り出す処理をするのか、そのまま処分するのかを決める必要がある。普通に考えればわざわざ再利用はしないと思うが、それでも長年、強い放射線を出し続けるのにどうやって安定した状態にして処分するかという課題がある。そして、最大の課題は「どこに処分するか」だ。

 ――福島第1原発以外でも、廃棄物の処分先は問題になっています。
 ◆低レベルの放射性廃棄物は、汚染度に応じて浅い地中や70メートル以上の地下などで処分されるが、廃炉に伴う廃棄物の処分先も決まっておらず、議論もできていない。廃棄物がたくさん出てきたら議論は進むだろうけど、それでは遅い。今から議論しないといけない。
 恐らく、電力会社にとって廃棄物処理の問題は、なかなか労力を投入しにくいのだろう。電力を作るのが商売だから、どうしても「先送りできるならそれでいい」という傾向があると思う。だからこそ、廃棄物の問題は政府がきちんと取り組んだ方がいい。

 ●許容リスク議論を

 ――福島第1原発では、汚染処理水をどう処分するかでも、さまよっています。
 ◆原子力学会としては、海洋放出が適切だという認識を13年に示している。放射性物質のトリチウムを薄めて管理しながら放出するのは他の原子力施設でも実施されており、現実的で技術が確立されているためだ。風評被害をどうするかという議論はもっと前からしなければいけなかった。どんどん先送りされている。
 汚染処理水も廃棄物も同じだが、大事なのは社会にとってどの程度までのリスク(危険性)を許容できるのか、それによりどんなベネフィット(便益)が得られるのか、冷静な議論が必要だ。

 ――原子力学会として、今後どのように福島第1原発の廃炉にかかわっていきますか。
 ◆実際に廃炉作業をするのは東電や関連業者だ。現場には現場の苦労がある。我々が情報を収集し、現場に生かせる知見を提供したい。エンドステートを見据えて作業をどうするかは現場が一番よく知っている。机上の話ではなく、現場を見ないといけない。廃炉は今、やりがいがある仕事だと思っている。【聞き手・塚本恒】

 ■人物略歴
柳原敏(やなぎはら・さとし)氏
 1950年、長野県松本市生まれ。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)を経て2014年から福井大の特命教授。日本原子力学会では、同年から廃炉検討委員を務める。専門は廃止措置工学。