(社説)核兵器禁止条約の発効 廃絶元年、新たな歩みを前へ
                                  朝日新聞 2021年1月22日

 核の脅威を国家が振りかざす愚かな時代を終わらせる。世界のそんな願いに立ち、核兵器をなくそうという「廃絶元年」の時計が動き始めた。
 きょう22日、核兵器禁止条約が発効した。保有、使用、威嚇から援助まで、あらゆる関与が全面的に禁じられる。国連での採択から3年半、50を超す非核国が批准しての出発だ。
 被爆者や国際世論の訴えが形になり踏み出す歴史的な一歩は、なお賛同せぬ被爆国・日本の針路を厳しく問うている。

 ■人類の到達点に立つ
 この国際条約は、核兵器の存在理由を根源から問い直す。その価値を「必要悪」から「絶対悪」へと転換し、安全保障の考え方も国家ではなく人道の立場から追求するものである。
 核兵器は無益で有害という観点から国際法で関与を縛り、「核は不要」の道義を国際世論に浸透させ、究極的に廃絶を導くねらいだ。
 背を向ける核保有国と同盟諸国に法的拘束力は及ばず、ただちに核はなくせない。まずは核の役割を低減させる。保有国に使用をためらわせ、核軍縮へと動かす。そして「恐怖の均衡」に終止符を打つ。包囲網としての効果が期待される。

 ただ、条約をより有効にするために、中身を詰めるのはこれからである。
 条約は、核の保有や使用などをめぐる国同士の「援助」も禁じており、「核の傘」の下では何を違法とするか。将来、保有国が加われば核廃棄の過程をどう検証し、どの機関が担うのか――などだ。
 先の大戦後の国連憲章により、国家間の武力行使は原則的に違法化され、安保理が歯止めをかける仕組みもできた。生物・化学兵器や対人地雷なども一歩ずつ条約で禁じてきた。
 「最後の大量破壊兵器」を対象にした核禁条約は、人類がたどり着いた到達点であり、新たな起点でもある。

 ■環境を変える外交を
 条約の始動とともに、核大国・米国に新大統領が誕生した。バイデン政権はトランプ前政権の核軍拡を転換し、「核なき世界」をめざしたオバマ路線に立ち戻る方針を掲げる。
 この機に、日本政府はかたくなな姿勢を考え直すべきだ。
 オバマ政権に対し「核の先制不使用」政策をとらないように働きかけ、核の現状を墨守しようとしたのは記憶に新しい。
 「核の傘」の下に日本が置かれているとしても、その現実をどうすれば変えられるか能動的に計画し、行動すべきだ。
 北東アジアから核の脅威を減らすために、朝鮮半島の非核化に本腰を入れる。中国の核戦力については、米国とロシアの軍縮枠組みに巻き込む環境づくりをめざす必要がある。
 容易ではないが、大国の戦略に受け身である限り、核抑止への依存は変えられない。戦争被爆国である日本は主体的な外交努力を強め、核禁条約への参画を果たさなければならない。

 核保有国と非核国の橋渡し役を掲げる以上、条約の締約国会議の場に座らずして双方をつなぐ対話も始めようがない。
 年末にも開かれる会議では先述の課題のほか、核実験などの「被害者支援」や「環境回復」の規定の運用も議論になる。そこでは、被爆者援護や福島原発事故の経験が役立つはずだ。
 日本政府が昨年の国連総会に出した核兵器廃絶決議は、棄権国が過去最多となった。対米追従と条約への反対姿勢が失望をかった側面も大きい。国際社会での信頼回復と貢献の模索は急務の課題である。

 ■若い力で政治動かす

 この元日、長崎市の平和公園で被爆者や若者ら約60人が、マスク越しに核廃絶を訴えて座り込んだ。条約が動き出す今年を「核廃絶元年」に据えた。
 条約を推進する国際NGOは、まだ批准していない署名国への働きかけを強め、3年以内に批准100カ国到達をめざす。機運を高めようと、国内でも若い世代が動き始めた。
 広島・長崎だけでなく東京の学生や社会人がコロナ下にオンラインでつながり、新年から「すすめ!核兵器禁止条約プロジェクト」に乗り出した。条約の意義や賛同者の声をSNSで発信し、輪を広げる。
 広島出身で中心メンバーの慶応大2年、高橋悠太さん(20)は言う。「条約の価値と世界の変化を伝え、誰一人ヒバクシャにしない社会をつくりたい」

 政府の態度を変えるには、国会での論議をもっと活発にしなければならない。
 高橋さんらは、政治家に条約への賛否を尋ねて公開するサイト「議員ウォッチ」も運営するが、国会議員の賛同は2割にとどまる。衆院選に向けて条約参加を争点に押し上げ、有権者の判断材料にしたいと考える。
 原爆を体験した世代が去る時が、近づく。核禁条約は、75年の願いをへて次世代に託された大きな遺産だ。歩みを進めるのはほかでもなく、これからを生きる世代なのだ。


 (社説)核禁止条約発効/参加が被爆国の責務だ    
                                  北海道新聞 2021年1月23日

 核廃絶を求める全ての人の願いが、歴史的な一歩を踏み出した。
 核兵器禁止条約がきのう発効した。核兵器は非人道的な「絶対悪」だとして開発や保有、使用まで全面的に禁じる初の国際規範だ。
 国連で2017年に採択され、51カ国・地域が批准した。米国やロシアなどの核保有国は加盟していないが、核は違法であるとの国際世論は高まり、核軍縮を迫る圧力が今以上に強まるだろう。
 条約は広島、長崎の被爆者や連帯する市民たちの長年にわたる訴えが結実したものだ。唯一の被爆国として核廃絶を掲げてきた日本にとっても大きな達成であり、本来なら歓迎するのが当然である。
 ところが政府は、一貫してこの条約に背を向けている。広島、長崎両市長や被爆者団体は参加を強く求めているが、全く聞く耳を持とうとしない。
 政府は米国の「核の傘」に依存する硬直した姿勢を改めるべきだ。加盟して保有国に核廃絶を迫ることこそ、被爆国の責務である。

 核を巡る国際情勢は極めて厳しい。世界にはなお約1万3千発の核兵器が存在している。
 相互不信に基づく核抑止論を前提にする限り、軍拡競争には歯止めがない。使用の意図がなくても偶発的に核戦争が起きかねず、人類滅亡の危険と背中合わせだ。
 だからこそ、保有国の指導者は核廃絶へ踏み出す必要がある。核が関わる安全保障は国家単位でなく、人類全体の観点が不可欠だ。条約はそれを強く訴える。
 バイデン米大統領は、オバマ政権が掲げた「核なき世界」の理念を継承するとしている。来月に期限切れが迫るロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)については、延長を目指すとした。
 停滞していた米ロの核軍縮が、再び動きだすことを期待したい。
 米中間でも新冷戦と言われる対立が核軍拡を招き、北朝鮮は核開発を続けている。日本の平和と安全保障に直結する東アジアの情勢を見ても、核兵器禁止条約の重要性はますます高まっている。
 だが、菅義偉首相はきのうの参院本会議で「条約に署名する考えはない」と改めて表明したばかりか、発効後に開かれる締約国会議のオブザーバー参加にも慎重姿勢を示した。あまりに後ろ向きだ。
 核保有国と非核国の橋渡しに努めるとも繰り返したが、両者の対立が深刻化する中で何をしてきたのか。せめて会議には参加し、加盟国の訴えに耳を傾けるところから始めるべきである。

 (社説)核禁条約発効/理想に一歩近づいた
                                        東京新聞 2021年1月23日

 核兵器の使用や保有などを全面的に禁止する、核兵器禁止条約が発効した。小さな一歩だが「核なき世界」に近づいた。唯一の戦争被爆国・日本は、理想実現に向けて協力を惜しんではならない。
 核兵器は最大級の非人道兵器であり、世界に13000発以上ある。しかし、包括的に禁止する条約はなかった。それだけに、条約発効には大きな意味がある。
 まず、核兵器への見方が大きく変わるだろう。条約が発効した国・地域において核兵器は、「力の象徴」ではなく「非合法」な存在となるからだ。 核保有国が条約に反発するのは、この心理的効果を恐れてのことだ。核拡散防止条約(NPT)など、核軍縮の枠組みにも前向きな影響を与えるに違いない。
 この一年、世界の国々は新型コロナウイルスとの闘いが続き、200万人以上が犠牲となった。
 非政府組織(NGO)の試算によれば、核大国の米国が2019年に使った核軍備費を医療費に置き換えると、集中治療室のベッド30万床、人工呼吸器35000台などを用意できたという。
 核兵器をどれだけ多く持っていても、一人一人の命を守れるわけではない。コロナ禍から学んだこの教訓を心に刻みたい。
 条約には核保有国や核の傘に入っている国々が参加していない。そのため、核軍縮につながらないという否定的な意見もある。
 しかし、今では当たり前である奴隷制の否定や植民地の廃止、女性への参政権も、実現不可能と思われていた時代があった。
 現状に甘んじず、あえて高い理想を掲げることが、社会を変える力となる。このことは歴史が証明している。核兵器禁止も、決してあきらめてはなるまい。 核を持つことで、戦争が避けられるという「抑止効果」を信じている人も少なくないだろう。
 即座に廃絶できないにしても、核の危険な均衡に、われわれの未来を託し続けていいのだろうか。 年内にも条約の締約国会議が開かれ、核兵器廃棄の期限といった運用策が話し合われる。
 米国は核禁条約に反対しているが、バイデン新政権は予算削減のため、国防戦略における核兵器の役割を縮小する方針と伝えられている。取り組みに期待したい。 日本政府は条約を無視する姿勢を改め
締約国会議にオブザーバー参加すべきだ。そして核なき世界の実現を望む日本と世界の人々の声に、耳を傾けてほしい

 (社説)核兵器禁止条約と日本/被爆者の思い継ぐ関与を
                                 毎日新聞 2021年1月23日

 核兵器を全面的に違法とする核兵器禁止条約が発効した。この日にあたって忘れてならないのは、核兵器の災禍を国際社会に訴えてきた被爆者の活動だ。
 森重昭(しげあき)さんが広島で被爆したのは8歳のときだ。悲惨な体験を引きずりながら時が過ぎ、米兵にも犠牲者がいたことを知る。40歳に近づくころだった。
 証言を聞き取り、資料を読んで米兵12人の名前を割り出した。遺族を捜し当てる苦労もいとわなかった。「原爆の犠牲者に国籍は関係ない」という思いからだ。
 平和を願うひたむきな姿勢が米国との絆を深め、5年前に広島を訪れた当時のオバマ大統領との抱擁につながる。83歳の今も被爆死した捕虜の調査を続けている。
 核禁止条約が採択された翌年の2018年、国連でこう語った。「米国は持っている素晴らしい技術を人殺しではなく、平和のために使ってほしい」と。
 この発言を日本政府はどう受け止めただろう。核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を自任しながら具体的な成果を出していない。
 唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶決議案を毎年、国連に提出する一方で、条約については米国の「核の傘」に頼っていることを理由に署名しない。
 核廃絶の理念は同じだと強調しつつ、「アプローチが異なる」と一蹴する。米国の顔色をうかがい、核軍縮に取り組むよう説得しようとしない。

 これでは「橋渡し役」は果たせまい。行き詰まった戦略をどう転換するか。
 中国や北朝鮮など東アジアの厳しい安全保障環境を踏まえ、核抑止力の強化が必要だという議論がある。だが、緊張が高まる今だからこそ、核兵器への依存度を減らすべきではないか。でなければ危険度は増すばかりだ。
 条約発効を機に、「核なき世界」に向かう道を改めて探らなければならない。
 まずは、条約の締約国会議にオブザーバーで参加することを検討すべきだ。傍聴だけか、発言権が与えられるかは、今後1年以内に開催される締約国会議で決まる。
 日本が参加するメリットは大きい。戦争被爆国としての道義的責任を果たすことができる。米国の他の同盟国にも参加の道を開くことになるだろう。
 条約の実施状況や核廃絶までのロードマップなどをめぐる議論にも参画できる。核抑止力に代わる安全保障のあり方も議論されよう。日本にとっても重大な課題だ。
 意見表明が認められるなら、原爆被害の状況を訴えることもできる。76年後の今も被爆者は13万人以上おり、後遺症に悩んでいる。
 原爆投下に伴う放射線の人体への影響はすべて解明されたわけではない。深刻な被害が長期化する実態を提起する場になるはずだ。
 オブザーバー参加を求める与党の公明党は将来的な批准も視野に入れる。そのためには、より多くの国々が集結できる環境づくりが必要となる。
 日本が果たすべき役割は多い。8月には、新型コロナウイルス感染拡大で延期されていた核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれる。
 NPTの無期限延長を決めた1995年の会議では核保有国が核実験全面禁止条約(CTBT)の制定を約束した。だが、米国などは批准しておらず、いまだ発効に至っていない。
 前回会議では、中東非核地帯構想をめぐる対立から最終文書が採択されなかった。米国などが強く抵抗したためだ。非核地帯が増えれば、それだけ核拡散の余地が狭まる。こうした取り組みを日本は積極的に後押しすべきだ。
 北朝鮮の核開発などアジアの安全保障環境の改善に向けて汗をかかなければならない。中国との信頼醸成を進め、緊張状態を緩和する努力も不可欠だ。
 核廃絶のカギを握るのは、核兵器の9割を保有する米露だ。両国は2月5日に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長に合意する必要がある。
 バイデン米大統領は核兵器の先制不使用を支持してきた。ハリス副大統領も上院議員時代に軍拡競争阻止の法案を提案している。
 核軍拡を推進したトランプ前政権からの交代を好機とし、核軍縮路線に転換するよう、米国への働きかけを強めるべきだ。

 (社説)核兵器禁止条約と日本/橋渡し役でなく主役に
                                中國新聞 2021年1月23日

 核兵器禁止条約がきのう発効した。核兵器を違法とみなす価値観は国際社会でなお勢いを増すことだろう。広島・長崎への原爆投下から実に75年を超す歳月を要して、ようやく核なき世界への光明を見いだした。
 条約の前文には、核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)と核実験による被害者の受け入れ難い苦痛を心に留める—とある。原爆投下だけでなく、第2次大戦後の核開発を巡る被害に言及した点でも画期的だ。
 この条約については、核保有国も被爆国の日本も参加していないとして、核軍縮の実効性を疑問視する論調はあろう。
 しかし現時点の締約国・地域の中には、米仏の度重なる核実験によって生存を脅かされてきた太平洋諸国も含まれる。核開発が常に大国のエゴイズムで強行されてきたこと、そして核軍縮は一向に進まぬことへの憤りが条約という形になった。戦後世界の枠組みに鋭く「くさび」を打ち込んだといえよう。
 人類の生き残りへ歴史的な一歩だが、ゴールではない。
 条約の発効後、1年以内に締約国会議が開かれ、核廃棄の履行を検証する具体策を定めることになる。そこでは本来、核保有国の参加なしには十分な議論ができないのも事実だ。カナダ在住の被爆者サーロー節子さんが「批准国を増やし、条約の実効性を高めなければならない。困難な道はこれからだ」と、気を引き締める通りである。
 日本政府は後ろ向きの姿勢を転換すべきだと、私たちは主張してきた。だが歴史的な一日だったにもかかわらず、きのうの菅義偉首相の国会答弁は「条約に署名する考えはない」とそっけなかった。憤りさえ覚える。
 与党内でも要望が出ている、締約国会議へのオブザーバー参加さえ慎重な姿勢である。
 首相は「現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求するのが適切だ」とも述べたが、それはどのような道筋なのか。「橋渡し役」といった言葉で曖昧にする理屈ではなく、核なき世界の実現へ、日本は主役にならなければならない。
 まずはオブザーバー参加し、保有国ではなく非保有国の側に立つ意思を示してはどうか。将来の会議を広島や長崎で開催するよう提案すべきである。
 条約では核兵器の使用や実験の被害者への医療・心理、社会的、経済的支援や、核実験などで汚染された地域の環境改善も義務付けている。広島・長崎が蓄積してきた科学的な知見やノウハウを生かせるはずだ。
 日本の外交は米国の「核の傘(核抑止力)」を信じて疑わないが、私たちは納得できないでいる。河野太郎前外相は「条約に参加すれば、米国の核抑止力の正当性を損なう」と国会答弁している。だが核なき世界へ歩みが進むなら、核の傘の「正当性」もいずれ問われよう。
 折しも米大統領に就任したバイデン氏は、オバマ元大統領が掲げた「核兵器なき世界」の理念の継承を公言しており、核軍縮に前向きだと推察できる。核に依拠せぬ安全保障の道があり得ないとは断言できない。
 楽観は禁物だろう。核兵器は全世界に拡散している。それでも、この条約に希望を託そう。日本は、広島は何をしていたのか。そう詰問されないような次の時代にしなければなるまい。