クローズアップ 核禁条約発効 批准国増、軍縮迫る鍵 保有国と「分断」道険し
                                    毎日新聞 2021年1月23日

  22日に発効した核兵器禁止条約は、開発や保有、使用などを例外なく違法と定めた初の国際法規だ。だが、効力が及ぶのは現時点で50カ国・地域にとどまり、実効性には疑問符がつく。「核兵器なき世界」の実現に向けて、停滞する核軍縮は動き出すのか。
「小さな国が声を集めて条約を生み出したことが重要だ。南太平洋の国々は、核廃絶の願いを共有している」。南太平洋の島国・キリバスの元大統領、テブロロ・シト国連大使はそう語る。
 核禁条約を批准したのは中南米や南太平洋などの小さな国が多い。キリバスも人口は約12万人。1950~60年代に、米英による核実験が33回行われた。シト氏は「核廃絶のために一つになって仲間を増やしていく」と話す。
 米露英仏中などの核保有国や「核の傘」の下にある日本などに法的拘束力が及ばない以上、条約は実効性が乏しい。条約を推進する国やNGOは、それを前提に「核兵器は非人道的で絶対悪」とする国際的な規範意識を高めて、核軍縮を迫る「包囲網」を敷く戦略を描く。そのためには、批准国をどこまで増やせるかがカギを握る。
 核禁条約の批准を各国に働きかける国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の川崎哲・国際運営委員は「3年以内に100カ国・地域の批准を目指す。(締約国には他国に署名や批准を促す義務が定められており)それは可能だと思っている」と語る。現在の批准は51カ国・地域(ベナンは3月11日発効)。これが倍増すれば、国連加盟193カ国の過半数が核兵器禁止の意思を示すことになるからだ。
 だが道のりは険しい。世界の核軍縮は、核軍縮交渉を義務づける代わりに、米露英仏中の5大国に核兵器の保有を認める核拡散防止条約(NPT)が柱になってきた。核禁条約ができたのは、核保有国による核軍縮の停滞が続くことへの国際的な不満の高まりがあるが、核保有5大国は「安全保障上の課題を考慮していない。NPT体制も損なう」などとして背を向けている。
 バイデン米政権は21日、米露間の軍縮条約で唯一残っていた新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長を目指すと表明した。核軍縮をめぐる環境は改善に向かうとみられるが、米露に中国も巻き込んだ核軍縮の枠組み作りや、北朝鮮やイランの核開発問題なども抱える核保有国が、核兵器を一切禁止する核禁条約を認めるのは難しい。
 条約の推進国は「核禁条約は核保有国の核軍縮を後押しするもので、NPTを法的に補完するものだ」と訴えている。今後は、核軍縮の進展に向けて、核保有国も巻き込んだ対話の機運が生まれるかが焦点になる。
 試金石になるのが、今夏の開催が見込まれるNPT再検討会議だ。核保有国が核軍縮義務を果たす意思を再確認するなど政治的なメッセージを自発的に打ち出せば、核軍縮をめぐる「分断」の解消を印象づけることはできる。一方で、最後にまとめる成果文書での条約の位置づけをめぐって推進国と核保有国の非難の応酬に終われば、歩み寄りは遠のく。
 国連軍縮部門トップの中満泉・事務次長は「核禁条約が存在していることも、条約に否定的な意見があることも事実だ。それらの客観的な事実を成果文書に盛り込めば妥協できる」と指摘。核保有国と条約推進国などの対話に向けて、日本も「橋渡し役」として双方に呼びかけてほしいと話している。【ニューヨーク隅俊之】

NPT主導、狙う日本
 日本政府は唯一の戦争被爆国ながら、核禁条約を批准しないことへのジレンマを抱えている。条約発効後1年以内に開催される締約国会議へのオブザーバー参加を検討する姿勢は示すものの、米国の「核の傘」に依存している立場もあり、参加には後ろ向きだ。一方で米国も含めた核軍縮に向けた積極姿勢をアピールすることで、国内外の批判をかわしたい考えだ。
 菅義偉首相は22日の参院本会議で、核禁条約について「現実的に核軍縮を進める道筋の追求が適切とのわが国の立場に照らし署名する考えはない」と改めて述べた。質問した公明党の山口那津男代表は「(核禁条約の)締約国会議を広島・長崎へ招致すべきだ。核なき世界へ全力を尽くしてほしい」と迫り、オブザーバー参加と広島・長崎での開催を求めた。だが、首相はオブザーバー参加も「慎重に見極める」と述べるにとどめた。
 政府の慎重姿勢の背景には、厳しさを増す日本周辺の安全保障環境がある。特に危機感を募らせるのは、中国、北朝鮮の動向だ。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)総書記は今月の朝鮮労働党大会で「核戦争の抑止力をさらに強化しながら、最強の軍事力を育てることにすべてを尽くす」と表明した。核・ミサイル開発を進める北朝鮮や軍拡を続ける中国に対抗するには、核抑止力を含めた米国との同盟強化が不可欠とみている。
 核禁条約は「核使用の威嚇や援助」を禁じており、「核の傘」への依存もこれに当たると指摘されている。日本政府関係者は「核禁条約には核保有国だけでなく、韓国や多くの北大西洋条約機構(NATO)加盟国など安全保障環境の厳しい国が参加しがたい」と条約の実効性を疑問視する。そのため今後も日本が批准に転じる可能性は低い。
 日本はあくまでも米露英仏中の5大国に核兵器保有を認めたNPTによる核軍縮を呼びかける方針を維持している。5年に1度のNPT再検討会議で、日本は成果文書採択に向け各国に働きかけており、唯一の被爆国として核軍縮議論の主導権確保を狙う。外務省幹部は「前回の会議で文書採択が見送られたことで核禁条約推進派が勢いを増した。NPTが機能している姿を見せないといけない」と強調した。【田所柳子】

廃棄検証・資金に課題
 条約が発効した後、最初に実施されるのが、核兵器の保有などに関する申告だ。現在の締約国は非核保有国だが、条約の第2条に基づき、核兵器や核爆発装置を保有、配備していないかや、過去の核兵器計画を完全に廃棄したかなどを発効から30日以内にグテレス国連事務総長に申告する。国連はこれらの申告内容をすべての締約国に配布する。
 核兵器の撤去や廃棄の期限、検証方法など、条約に規定された事項の具体的な中身は今後、2年に1度の締約国会議で話し合うことになる。だが、核保有国の参加がなければ実効性のある検証もできない。どのような機関が、どんな手順で核廃棄の検証を進めるかも、追加規定で定めなければならない。核保有国など条約を署名・批准していない国もオブザーバー参加できるのはこうした点も考慮されているからだ。
 来冬にも予定される1回目の締約国会議では、オブザーバー参加の条件など主に会議の手続きを決める。オブザーバーには投票権はないが、発言は認められるのが一般的だ。また、締約国会議などの費用は締約国が負担するが、財政力に乏しい中小規模の国がほとんど。このため、条約を円滑に運営するための資金確保も大きな課題となっている。
【ニューヨーク隅俊之】