(社説)核兵器禁止条約/被爆国の役割を忘れるな
                                          2020年9月26日 西日本新聞 

  核兵器の保有や使用を非合法化する核兵器禁止条約の発効が現実味を帯びてきた。50カ国・地域が批准して90日後に発効する規定で、地中海の国マルタが45番目の批准国となった。近く批准を目指す国もある。
 核禁条約の国連採択に貢献しノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は早期発効に期待を寄せる。
 日本は唯一の戦争被爆国である。条約の趣旨を踏まえ、核兵器廃絶の実現に向けた国際世論を形成していくべきだと私たちは主張してきた。
 しかし、政府は批准の前段階となる署名すらしていない。菅義偉首相は「現実の安全保障の観点を踏まえていない」との見解を示している。核禁条約は核使用による威嚇も禁じており、米国の「核の傘」で中国や北朝鮮の核に対抗する日本の立場とは相いれないと考え、核保有国が参加しない条約そのものの影響力に懐疑的だからだ。
 核を巡る国際情勢は悪化するばかりだ。核大国の米国とロシアが小型の「使える核」を競い合い、中国の台頭も加わって対立は激しさを増す。米ロの新戦略兵器削減条約(新START)延長交渉も難航している。
 冷戦時代に戻ったような核軍拡競争に歯止めをかけなければならない。核による抑止力は他国へのけん制になっても、真の安全はもたらさない。偶発的使用のリスクも排除できず、人類は危険にさらされたままだ。
 米国の核戦略に組み込まれた日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の元首脳ら56人が連名で自国の指導者に条約への即時参加を求めたのも、そうした危機感の表れだろう。
 日本世論調査会が今年実施した調査でも、核禁条約に日本が「参加すべきだ」とした人は7割に上った。政府や国会はこれを重く受け止め、核軍縮の議論を深める必要がある。
 菅首相は安倍晋三前首相の外交の継承を表明した。日本が核保有国と非保有国の「橋渡し役」を果たすという路線も踏襲するとみられる。ただ安倍政権の核軍縮外交には目立った成果がない。核保有国の責任を問い、対話を重ねて核軍縮を追求する道を歩むことこそ、日本に求められているのではないか。
 まず米ロに新STARTの維持を働き掛けるべきだ。核禁条約についても発効1年後に開催される締約国会議へのオブザーバー参加などは検討に値する。
 9月26日は国連が定めた「核廃絶国際デー」である。核禁条約が広島、長崎の被爆者らの切実な声に基づいていることを思い起こし、核なき世界の実現を考える日としたい。