連載 原発のたたみ方 11
 見通しにくい廃炉費用 試算の8兆円では…
       2020年8月27日 毎日新聞

 
廃炉作業が進む東京電力福島第1原発(福島県)で、東電は2021年、核燃料などが溶け落ちた「燃料デブリ」の取り出しを2号機から始めようとしている。事故を起こした原子炉ゆえ専用の装置が開発されているが、その分、廃炉の費用もかさんでいる。
 通常の原発の解体は、原子炉から核燃料を取り出した後に、(1)建屋内のプールにある使用済み核燃料の取り出しや汚染状況の調査(2)原子炉の周辺設備の解体(3)原子炉などの解体(4)建屋の解体――の順で進む。更地になるまで30~50年ほどかかり、その費用は1基当たり約300億円とされる。
 一方、水素爆発を起こした福島第1では、1~3号機で核燃料が溶け落ちたり汚染水が大量に発生したりした結果、廃炉作業は通常の工程通りには進んでいない。1~6号機全てが廃炉になるが、費用も300億円×6基=1800億円ではとても収まらないという。一体、いくらになるのか。
 東電は11年3月の原発事故前、全6基の廃炉費用を約2943億円と見込んでいた。ところが、事故でその見積もりが暗転する。

東京電力福島第1原発3号機のオペレーションフロアの外に立つ東京電力の職員ら。画面奥は4号機=福島県大熊町の福島第1原発で2020年1月21日午後0時15分、吉田航太撮影


 経済産業省は13年12月、汚染水の対策費を含めた廃炉費用を試算したところ、2兆円になった。だが、廃炉作業が進むにつれ、汚染水の対策費だけでなく燃料デブリを取り出す費用なども膨らんでくることが分かってきた。このため、経産省の有識者会議「東京電力改革・1F問題委員会」は16年12月、1979年に米国で起きたスリーマイル島原発事故の廃炉費用を参考にして推計し直すと、8兆円に上った。当初の約27倍だ。
 この推計は今のところ、見直されていない。経産省の担当者は「8兆円という数字は、逐一根拠を積み上げた正確な試算ではない。現時点では見直しを必要とする状況にない」と話す。東電は「現時点で廃炉費用の総額を示すのは難しい」としている。
 東電によると、これまでに汚染水対策を含めた廃炉作業に約1兆4000億円を費やした。今後も1~3号機の燃料デブリの取り出しだけでも、31年度までの12年間で少なくとも1兆3700億円かかるとみている。
 内訳をみると、大半は2~3号機の燃料デブリをつかむためのロボットアームなど取り出しに必要な設備投資になり、1兆200億円を見込んでいる。原子炉建屋内の放射線量低減や排気筒解体などの準備作業には、3300億円かかるとした。実際の2号機での取り出しにかかる人件費などに200億円を見込んでいる。ただし1、3号機は具体的な作業の見通しが立っておらず、その分の費用は盛り込まれていない。

 ●積み立て原資は電気代
 東京電力福島第1原発3号機の燃料を取り出すための作業を遠隔で行う作業員ら=福島第1原発で2020年1月21日午前11時16分、吉田航太撮影


 これだけの巨額の費用だが、そのほとんどを東電が負うことになる。東電に費用を確保させるため、17年10月に施行された改正原子力損害賠償・廃炉等支援機構法は、東電に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」への一定額の積み立てを毎年求めている。積立額は年ごとに、経産相の認可を受けて機構が定めることになっており、現在は2804億円という。
 これまでに1兆328億円を積み立て、5478億円を取り崩してきた。積み立ての原資は、消費者が支払ってきた電気代だ。
 一方、国民の税金も投入されている。汚染水対策や廃炉で使われるロボットなどの先端技術の開発を支援するため、国が東電に補助金を出している。20年7月末現在で、2721億円に達した。
 大手電力の発電費用に詳しい大島堅一・龍谷大教授(環境経済学)は「パッチワークのように制度設計が積み重ねられて、負担の仕組みがわかりにくくなっている。将来かかる費用というのは、つまり負債なので国民に対してきちんと説明する必要がある」と訴える。

 ●真摯な説明必要
 8兆円の中には、廃炉による廃棄物の処理費や敷地の原状回復費は含まれていない。敷地のタンクにたまり続ける汚染処理水を処分するための設備の具体的な設計、建設もこれからだ。経産省の担当者は「燃料デブリはどれほどの量があるのか、どんな性質かも分かっていない。どれほどの量の燃料デブリを高レベル放射性廃棄物として処分するかによって、費用は変わってくる」と説明する。
 こうした状況もあり、事故後に除染費用などの試算に携わった鈴木達治郎・長崎大核兵器廃絶研究センター教授は「8兆円はどう考えても少なすぎる」と費用がさらに増える可能性を指摘する。事故から間もなく9年半。「確かに数十年先までの費用を計算するのは今の段階でも難しいかもしれないが、ポイントは真摯(しんし)に国民へ説明する気があるのかどうか。8兆円の試算からも3年半がたった。費用が余計にかかる見通しがあるなら、試算を出し直すべきだ」【塚本恒】