(社説)香港への新法 自由と自治 破壊を憂う

                                 2020年7月1日 朝日新聞

 香港での反体制的な言動を取り締まる法律がきのう、中国の北京で成立した。
 「香港国家安全維持法」と名付けられているが、香港の頭越しに可決、施行された。
 19世紀以降、英国の植民地支配下で育まれた独特の都市文化は変質せざるをえないだろう。この法律により、香港の独立した司法権や立法権が根本的に損なわれかねないからだ。
 1997年に中国に返還されてから23年。この間、香港の自治を守ってきた「一国二制度」が実質的に崩れることを、深く憂慮する。
 84年の中英共同声明は「高度の自治」を約束していた。今回の一方的な法制化により、中国が国際的な公約に背いたのは明らかだ。
 香港の人びとの訴えや米欧、日本などの懸念に耳を貸さず、強行したことは厳しく非難されるべきである。
 「一国二制度」はそもそも70年代に、当時の最高実力者だった鄧小平が台湾統一のために発案した考えが土台にある。香港への適用は、共産党政権と自由社会が一つの国家に共存しうることを証明する壮大な実験にほかならなかった。
 しかし今回、中国はその試みを自ら打ち壊した。一党支配の権威主義は、自由社会の価値観を許容しない姿勢を鮮明にした。昨年来、街頭デモを繰り広げた若者らだけでなく、世界を深く失望させている。
 香港が返還されたころは、冷戦終結後、旧東側に自由主義が流れ込んだ時期だ。その風は香港の窓から中国にも吹き込むのでは、との期待もあったが、実際は逆の事態になった。
 急速な経済発展を続けた中国共産党政権はむしろ強権支配を強めており、固有の自由を誇った香港社会も強引に「中国化」しようとしている。
 もはや香港だけの問題ではない。自由や人権を尊重せず、既存の秩序に挑むかのような中国とどう向き合うかという国際社会全体の問題である。
 「一国二制度」が想定された台湾から、「制度が実現不可能だと証明された」との不信の声が上がるのは当然だろう。中国は台湾との平和的な統一の道を自ら閉ざしたに等しい。
 香港ではすでに中国批判などの言論を控える萎縮の空気が漂い始めている。迫害を恐れ、海外に逃れようとする民主活動家らもいるようだ。
 アジアを代表する自由主義国として、日本は彼らの受け入れに柔軟な対応をとるべきだ。他の主要国と足並みをそろえ、香港の自由を奪う圧迫を容認しない確固たる姿勢を示していかねばならない。

 (社説)香港国家安全法/「一国二制度」の灯が消える

                                     2020年7月1日 読売新聞

 自由で開かれた香港の「高度な自治」を踏みにじる法律である。「一国二制度」を認めた国際約束を破り、香港への介入を強める中国の措置は、到底容認できない。
 中国の国会にあたる全国人民代表大会が、香港での反体制活動などを取り締まる国家安全維持法を可決、成立させた。
 「国家の分裂」「中央政府の転覆」「テロ活動」「外国勢力などと結託して国家の安全を脅かす行為」が禁じられる。中国の治安当局が香港に出先機関を設置することにしており、香港当局の頭越しでの警察活動が可能になる。
 法の解釈権は、中国が握る。具体的にどのような行為が違法となるのかはあいまいだ。
 香港社会を萎(い)縮(しゅく)させ、中国や香港当局に対する批判を封じ込める狙いは明白である。香港の民主派が欧米の人権保護団体に支援を要請したり、外国メディアの取材を受けたりすることが、「外国との結託」とみなされかねない。
 安全法に関わる行為を審理する裁判官は、香港政府トップの行政長官が指名する。長官は中国政府の指導下にある。香港の「司法の独立」の否定ではないか。
 社会主義体制の中国で、香港に返還後50年間、英国領時代と同様の資本主義を認める。「一国二制度」の理念は、1984年の中英共同宣言で保障されている。安全法は、国家間の約束の違反だ。
 中国は国際的批判の高まりにもかかわらず、早期成立に動いた。香港では9月に議会選挙が予定され、立候補受け付けが7月中旬に始まる。民主派を締め付け、選挙での親中派の勝利を確保することをもくろんでいるのだろう。
 安全法を根拠に、候補者が中国への忠誠の宣誓などを迫られる可能性がある。法の強引な運用は、中国の国際的な信認度をさらに低下させることになる。
 安全法は、法の支配や人権、民主主義などの普遍的価値観に対する挑戦と言える。菅官房長官は遺憾の意を示し、「関係国と連携して対応していく」と語った。日本と欧米は一致して中国に強硬姿勢の転換を求めねばならない。
 香港の民主派からは、早くも活動停止や自粛の動きが出ている。「中国化」の進行を懸念して移住を望む人も増えている。
 経済の自由度を生かした香港の国際金融・貿易センターの地位は危うい。米国は香港への優遇措置を撤廃する制裁を進めている。中国自身の損失が大きいことを習近平政権は自覚すべきだ。

 (主張)国家安全法の施行/対中制裁で香港市民守れ 
                                   
2020年7月1日 産経新聞

 中国の全国人民代表大会常務委員会が6月30日、香港における民主化運動などを反政府活動とみなして取り締まる「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決した。同法は即日施行された。
 香港に保障されたはずの「一国二制度」を形骸化させ、香港の人々から言論や集会、報道の自由を奪うものであり、到底容認できない。中国の習近平政権は最大限の非難に値する。
 これに先立ち、6月20日には、中央軍事委員会傘下の中国本土の治安部隊である武装警察部隊(武警)の香港派遣を容易にする法改正も行われた。
 自由と民主を知っている香港市民は、共産党独裁政権が支配する本土と同様の治安立法に脅(おび)えて暮らすことになる。場合によっては、流血の弾圧となった1989年の天安門事件が再現され得る、という点も極めて深刻だ。
 「国家安全維持公署」という中国治安当局の出先機関が置かれる。国家安全法違反容疑で民主活動家は拘束され、人権状況が劣悪な本土へ連れ去られかねない。
 香港市民だけの問題ではない。香港にいる外国人にもこの抑圧法の網がかかってくる点を忘れてはならない。
 香港は97年7月1日に英国から中国へ返還された。中国は84年に英国と結んだ国際条約である中英共同宣言で、返還から50年間は香港の高度な自治、すなわち一国二制度を変えないと約束した。
 返還23年にして条約を破り、国際約束を反故(ほご)にすることは許されない。中国は国際社会の声に耳を傾けず、内政問題だと言い張るが説得力は全くない。
 中国政府の強い影響下にある香港政府は、民主派団体が返還記念日の1日に計画していたデモの開催を禁止した。
 国際社会は、国家安全法に抗議の声をあげてきた香港市民と連帯しなければならない。国家安全法撤回を迫る必要がある。少なくともその運用を凍結させたい。
 菅義偉官房長官は会見で「国際社会の一国二制度の原則に対する信頼を損ねるものだ」と国家安全法制定を批判した。河野太郎防衛相は「習国家主席の国賓来日に重大な影響を及ぼす」と語った。
 批判は当然としても、それだけでは中国政府の翻意は期待できない。日本は米英両国などと協力して対中制裁に踏み切るべきだ。

 (社説)香港に国家安全法/中国は一国二制度順守せよ
                                2020年7月1日 河北新聞

 社会主義体制下で資本主義を併存させる。「一国二制度」は、違いを超えて共に歩む中国の知恵だったはずだ。葬り去るような法律の制定は国際社会からの孤立を招くだけだ。
 中国の人民代表大会(全人代=国会)常務委員会が中国政府による香港の統制強化を目的とした「香港国家安全維持法」案を全会一致で可決した。
 言論や集会の自由が制限され、香港に高度な自治を保証する一国二制度が有名無実となりかねない。制定の動きには米国や日本など先進7カ国(G7)の外相が懸念を表明していた。押し切っての可決はとても容認できない。
 法案の概要によると、国家分裂や政権転覆、外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えるといった行為が処罰対象になる。中国政府の出先機関「国家安全維持公署」が香港で治安維持を担う。
 国家安全の維持との名目で、中国本土で政府に批判的な言動が取り締まりの対象となっている。香港も同じ状況になるのではとの危機感が市民には強い。
 昨年6月、中国への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に対し、大規模な抗議デモが起きた。中国指導部は「外国と香港の反中勢力が結託している」と決め付け、法整備を決定したとされる。
 香港では9月上旬、立法会(議会)選挙があり、民主派が議席を増やすことが予想されている。香港安全法には、民主派の力を抑え込む意図が透けて見える。
 制定の手法も問題だ。同法は香港立法会の審議を経ていない。全人代常務委が頭越しに制定した。香港の自治をないがしろにする行為と言えよう。
 同法は1日に施行される見通しだ。香港が英国から中国に返還された日である。その日に合わせ成立を急いだことも、市民の心を逆なですることになろう。
 一国二制度は中国の最高実力者、故鄧小平氏が台湾統合の方策として考案したとされる。返還後の香港政策の大原則であり、国際公約でもある。
 鄧氏は香港の体制を1997年の返還後、50年間は変えないと述べた。半ばにも満たない今、体制を変えかねない法律を導入することは、国際社会から「中国と約束をしても意味がない」と見られることにつながろう。
 中国と貿易を巡って対立している米国は早速反応し、香港に認めてきた優遇措置の一部を終了させると発表した。米中両国の対立は激化している。世界の安定に悪影響を与える。
 香港安全法によって高度な自治を持つ国際金融都市、香港が変質してしまわないかどうか。日本を含めた国際社会は監視を強めなければならない。
 (社説)国家安全法可決 香港の自由葬る暴挙だ    
                               
2020年7月1日 東京新聞

 中国が香港の統制を強める国家安全維持法を可決した。英国からの返還記念日の7月1日を前に施行される。中国は「50年不変」と国際公約した香港の高度な自治を自ら葬ったと批判されよう。
 中国の全国人民代表大会(国会に相当)常務委員会は6月30日、同法を可決した。常務委員会は6月中に2回開催されるという異例のスピード審議だった。
 香港返還23周年にあたる1日に合わせて同法を施行し、中国が完全に香港の主権を回復したことをアピールする狙いがあるのかもしれない。しかし、中国の思惑とは裏腹に、国際社会は7月1日を中国が香港の自由を死なせた日として記憶するだろう。
 同法は、国家分裂、中央政府転覆、テロ行為、外国勢力との結託による国家への危害の4つを犯罪と規定。今後は中国政府が香港に新設する国家安全維持公署が香港政府を監督し、香港住民に直接法執行できるようになる。
 中国政府は「取り締まりの対象はごく一部で、香港は何も変わらない」と説明するが、これは事実と大きく異なる。
 同法施行により、反政府活動の摘発では中国政府が主導権を握り、罪を裁く裁判官も中国政府が操る香港行政長官が選ぶという。
 「一国二制度」の下で、まがりなりにも保たれていた高度な自治や司法の独立は香港から完全に失われる。香港は大陸の都市と同様に、一党独裁の中国が「人治」によって恣意(しい)的に統治する一つの港湾都市になってしまうだろう。
 日米欧の先進7カ国(G7)外相は6月、「重大な懸念」を表明した。中国政府は「内政干渉だ」と反発し、警告に耳を貸さないどころか、米国などが香港の民主化運動を扇動しているとして、同法を強引に早期可決した。
 香港では、行政長官選の民主化を求める雨傘運動や逃亡犯条例反対に端を発した抗議デモが続いてきた。これは、返還後の香港では国防と外交を除く「港人治港」を守るとした国際公約を、中国が踏みにじったことへの抵抗である。
 中国は2012年、香港で愛国主義教育を必修化しようとしたが、若者らの反対デモで撤回に追い込まれた。香港人が心の底から中国と一緒になろうという気持ちになれない原因は、外国の干渉ではなく中国自身のふるまいにあるのだ。
 同法施行で中国は強引に香港を取り込もうとするが、香港人の心は確実に中国から離反する。

 (社説)香港の安全法制/一国二制度を崩壊させる                                                     2020年7月2日 西日本新聞

 香港の繁栄を支えてきた高度な自治を踏みにじり、その司法の独立も脅かす法律だ。国際公約である「一国二制度」を崩壊させかねない中国の強権統治の拡大は断じて許されない。
 中国の国会に当たる全国人民代表大会の常務委員会が「香港国家安全維持法」を成立させ、同法は即日施行された。
 中国政府も対象にした抗議運動が続く香港を完全に統制し、その活動を封じ込める。習近平指導部の狙いは明らかだ。
 施行された法律は国家分裂や政権転覆など4類型を処罰対象とし、最高刑は終身刑である。さらに中国の治安当局が香港に出先機関を設け、事件の審理は香港政府トップの行政長官が指名した裁判官が担うとした。
 処罰対象となる犯罪行為の定義すら明確ではなく、法律全体の解釈権は中国当局が握る。事案によっては中国本土に連行されて裁かれかねない。中国はこんな法制で直接香港に介入し、恣意(しい)的運用が幅を利かせるようなことは厳に慎むべきだ。
 統治する側から見た安全を優先するあまり、市民が強権支配におびえるような社会は不健全だ。香港の街頭で自由に意思を示していた市民が活動を控え、民主派運動家が海外に逃れ始めた。今回の法律制定を「自由で開かれた香港の死」と受け止めているからにほかならない。
 法制導入を巡る習指導部の動きも唐突だった。導入を5月下旬に表明し、香港の立法府の頭越しに決定した。9月の香港立法会(議会)選挙前に民主派をけん制する思惑だろう。
 香港には外交・国防を除いた高度な自治や司法の独立を認める。それが一国二制度である。今回の法制の内容や立法過程はその大原則を破棄するものだ。
 そもそも一国二制度は中国側が発案し、英国から返還された1997年に50年間は維持すると国内外に約束した。84年の中英共同宣言や香港の憲法に当たる香港基本法にも盛り込まれている。その国際公約を一方的にほごにするのでは、中国の信頼は損なわれ、国際秩序を力で変更する悪い前例にもなる。
 これは香港にとどまる問題ではない。米国と並ぶ大国となりながら法の支配をないがしろにし、自由や人権といった普遍的価値に背を向ける中国の態度は国際秩序への挑戦である。中国国内の少数民族はもちろん、台湾をはじめ海外にもその強硬姿勢は向けられている。
 日本にとって中国は経済面で最大のパートナーであり、友好を築くべき隣国だ。しかし、自由や民主主義を脅かす問題では譲れない。他の主要国と協力して中国に対し強権支配からの転換を働き掛けるべきである