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 「技術的不備」イージス・アショア事実上撤回 安倍政権の求心力低下不可避

                               
毎日新聞2020年6月16日 

 秋田、山口両県に配備する予定だった陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」について、河野太郎防衛相が配備を停止する方針を表明した。秋田での反発を招いたうえに、最終的には技術的な不備が判明し、事実上撤回に追い込まれた。安倍晋三首相が繰り返し必要性を主張してきたイージス・アショアの配備停止で政権の一層の求心力低下は避けられない状況になり、日本の安全保障の根幹を揺るがす事態となった。

新屋演習場(秋田市)と、むつみ演習場(山口県萩市、阿武町)



システムの信頼性、根底から揺るがす

 イージス・アショアの配備停止表明は、防衛省幹部を含め政府や与党内でも「寝耳に水」だった。防衛省幹部に対し、防衛相経験者も「あんまりじゃないか」と詰め寄り、別の防衛省の担当官も「それはないよ」と不快感を示した。
 イージス・アショアについては、山口県の陸上自衛隊むつみ演習場(萩市、阿武町)では演習地内にミサイルから切り離されるブースターを落下させ、秋田県では海に落とす計画だった。ところが、ブースターを演習場内に確実に落下させられない不備が判明した。防衛省によると、今年初めにブースターの制御がソフトウエアの改修で対応できない状況が分かり、5月にはシステム全体の改修が必要なことが確定した。63日に報告を受けた河野氏が「プロセスの停止」を判断。河野氏が12日、安倍首相と協議し、配備停止を決定した。
 日本のミサイル防衛は発射兆候を早期に察知し、イージス艦などを展開させ、迎撃態勢を取るのが基本だ。イージス艦8隻体制であれば、2隻程度は日本海など洋上で任務を行い、日本全域の防護が可能だ。だが、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)など軍事的開発を加速する北朝鮮の発射兆候を早期に把握するのが困難になり、「官邸主導」で導入を決めたのがイージス・アショアだった。総額4500億円の経費がかかるが、安倍首相は「国民の安全と命を守るため、どうしても必要だ」と説明してきた。
 今回の配備停止は、地元の反発により陸自新屋演習場(秋田市)への配備を断念したばかりのタイミングだけに、自民党内では「秋田への配備ができなくなったから導入自体を停止したのでは」(関係者)との見方も出ている。ただ、配備停止の理由となった「技術的な不備」はシステムの信頼性を根底から揺るがすもので、導入を進めた安倍政権の足元は揺らいでいる。
 政府は4500億円のうち、201719年度予算で取得経費などですでに計1787億円を盛り込んでいる。政府は今後、米側への支払額などを米側と交渉する方針だが、日米貿易赤字解消を求める米側が反発を強める懸念がある。政府関係者は「米側と膨大な違約金交渉になる」と懸念を示しており、交渉の行方は日米関係そのものにも影を落としかねない。
 一方、ミサイル防衛体制をどう再構築するかが最大の課題で、防衛省関係者は「北朝鮮の情勢は不安定で中国の軍事脅威も高まっている中での計画停止は疑問」と懸念を示す。在韓米軍に配備予定の「終末高高度防衛(THAAD)ミサイル」もあるが、防衛省幹部は「今さらTHAADはない。当面は海上自衛隊のイージス艦でしのぐしかなく、負担が大きい」と指摘する。【飼手勇介、青木純】

「地元は振り回されてきた。全く無責任だ」
 イージス・アショアの配備計画は防衛省資料の誤りなどで迷走を続けており、配備が検討されていた秋田、山口両県の関係者からは、突然の発表に対する驚きや「きちんとした説明が欲しい」との声が上がった。
 秋田県では、当初候補地だった陸上自衛隊新屋(あらや)演習場(秋田市)への配備について、東日本で「唯一の適地」と結論づけた調査データに20196月、複数の誤りが見つかった。住民説明会では東北防衛局職員の居眠りも判明。政府が新屋への配備を断念した。防衛省は同県や青森、山形県の計20カ所の国有地などを配備候補地として検討し直すとしていたが、秋田県を中心に検討を進めていた。
 秋田市の穂積志(もとむ)市長は「防衛省は今後の対応を早急に説明すべきだ。地元は振り回されてきた。全く無責任だ」とのコメントを発表。演習場近くの住民らでつくる新屋勝平地区振興会の五十嵐正弘副会長は「率直に喜ばしい。地元の声が理解してもらえた」と語る一方、「『計画撤回』ではなく『プロセスの停止』。予断は許されない」と話した。秋田県によると、15日午後520分ごろ、河野防衛相から佐竹敬久知事に連絡が入ったという。佐竹知事は「現行の配備計画の停止は賢明な判断」とするコメントを出した。
 西日本では、政府はシステムを陸自むつみ演習場に置く方針だった。「驚いているが、計画がなくなったかどうかは分からない」。萩市役所で取材に応じた藤道健二市長は戸惑いを隠さなかった。藤道市長は配備計画への賛否を保留し、判断の基準に「市民の安心安全を確保できるか」などを挙げている。システム全体の改修が必要であると防衛省が発表したことについて「将来的には改修できるかもしれないが、今の段階では安心安全はペケ(だめ)だ」と述べ、現段階では配備計画の安全性は確保できていないという認識を示した。【川口峻、高野裕士、下河辺果歩、遠藤雅彦】

机上の空論で強引に計画進めた面も
 元自衛艦隊司令官の香田洋二さんの話 迎撃ミサイルの発射後にブースター部分の落下場所を制御するのが技術的に極めて難しいということは、計画が公表された当初から分かっていたことだった。住民の意向を無視して強行突破するのは良いことではなく、いったん配備計画を停止すると表明したことは良い判断だったと言える。  ブースターはもともとは海上に自由落下させるもので、ヨーロッパでは陸上では牧場などに落とすようにしているが、日本での計画は付近に住宅もある。技術的な難しさを含めて周辺住民との協議を進めるべきだった。ブースターの制御はいつかはできるかもしれないが、5年、10年という長い時間が必要となる。机上の空論で強引に計画を進めてしまった面がある。
 もっとも、計画自体は軍事上の抑止力として必要なものだ。計画の停止で抑止力の低下も懸念される。危機管理のあり方として、北朝鮮の核攻撃などに対処することも想定していかなければならない。ブースターの制御が難しいのであれば、より広範囲で用地買収を進めることで問題解決を図るといった代替策も考えられる。改めて問題点を整理して計画を進めることを検討すべきだ。【聞き手・遠山和宏】

防衛省が本当に必要としたか疑問残る