福島第1 処理水「海洋放出」強調「大気」と比較し優劣 政府小委、2案提言
                                     毎日新聞202021日 東京朝刊

東京電力福島第1原発の汚染処理水を貯蔵するタンク
=福島県大熊町で


 東京電力福島第1原発の汚染処理水の処分について、有識者による政府の小委員会(委員長、山本一良・名古屋学芸大副学長)は31日、「現実的な選択肢」として「海洋放出」と「(蒸発させ)大気放出」の2案を提言する報告書を大筋で了承した。「確実に実施できる点は利点の一つ」などと海洋放出の長所を強調した内容になった。風評被害対策に関しては、効果があった取り組みなどを再確認した。
【斎藤有香、荒木涼子、岩間理紀】


 水に混じると技術的に取り除くのが難しい放射性トリチウム。提言には、海洋と大気放出のそれぞれの長所、短所が並んだものの、海洋放出の方には「確実に実施できる」という表現が2回出てくるなど、海洋放出を強く推す記述が目立った。
 例えば、トリチウムが大気中に出ると、風が吹く方向に広がるので拡散が予想しにくく、雨が降ればトリチウムが付着して地面に降り注ぐ。そうした短所と比べながら、海洋放出は影響が少ないとした。技術的な視点でも、海洋放出では国内外の原子力施設での実績を強調しながら、短所を挙げなかった。これに対し、大気放出は「(汚染処理水の)処分目的で蒸発させて放出した事例は国内ではない」と否定的な見解になった。
 提言で2案に優劣を付けたのは、有識者小委の事務局を務め、処分案を絞り込みたかった経済産業省と、それに抵抗感を示していた委員が折り合った結果だった。
 2019年12月に開かれた前回の小委で、経産省はこれまで検討されていた6案の中から、この2案と「海洋、大気放出の併用」も合わせた計3案を示し、議論を期待した。しかし、各委員から賛否に関する意見は上がらなかった。経産省の幹部は「小委で処分方法を決めるという姿勢がなかったので、長所と短所の整理にとどまった」という。
 提言に関し、別の経産省幹部は「小委が(処分を最終判断する)政府に判断材料を提供しただけ」と説明する。だが「2案に優劣を付けているようにも読める」と付け加え、現実的には海洋放出の推進をにじませたことを認めた。
 政府は今回の小委の提言を受け、福島県漁業協同組合連合会など地元の関係者と話し合いながら最終的な処分方法を決める方針だが、時期は明言していない。方法が決まっても、新たな装置の設置や原子力規制委員会の審査などに1~2年を見込んでいる。
 東電が公表した資料によると、海洋、大気放出のいずれにせよ、タンクの汚染処理水を多核種除去設備「アルプス」などに通す。トリチウム以外の放射性物質の濃度が、福島第1原発を対象にした基準を下回るまで繰り返し通し、基準値未満になれば第三者機関に検査してもらう。その後、大量の海水や空気で薄めて、国の環境放出の基準を満たす濃度に下げる。
 ただし、東電はこれまで、汚染水を何度も海に流出させ、国内外で信用を失っている。
 原発事故の国会事故調査委員会で委員長を務めた黒川清・東京大名誉教授は「第三者機関が検査するなら、国内外から募集して選び、その過程を公開すべきだ。国際性と透明性がないと信用されない」と指摘した。

「風評対策、難しい」
 2016年11月から17回の議論を重ねた有識者小委で、風評被害に詳しい東京大総合防災情報研究センター准教授の関谷直也委員は、汚染処理水の処分による風評被害への対策の難しさを訴えていた。「今までもできる限りのことはやっている。これ以上やれと言われても難しい」
 提言は、実際に国の環境放出の基準を下回る汚染処理水が海に放出された場合、「社会的影響は特に大きくなると考えられる」、大気放出でも「相応の懸念が生じる」とした。
 その上で、農水産物の出荷前に放射性物質の測定や食品のサンプル検査を組み合わせて実施したり、専門販売員を配置したりするなど、これまで効果があった取り組みを整理。実施の拡大、強化を政府に促したものの、実施主体まで明記できなかった。経産省の幹部も「風評対策の難しさを改めて感じた。今まで以上にやっていく」と話した。
 その中でも重要視したのが、丁寧で正確な情報発信だ。提言では「トリチウムを含む水は水と同じ性質で臓器に濃縮して蓄積することはない」といった科学的な特徴を国内外へ情報提供する必要性を指摘。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の活用も盛り込んだ。経産省は提言を英訳して、2月中にもウェブに公表する方針だ。
 山本委員長は委員会終了後の記者会見で「処分を急ぐことで風評被害を拡大してはならない。廃炉と復興を両立させるためのバランスを(政府と地元関係者の)協議の中で見いだしてもらえたらうれしい」と述べた。
 福島県漁連の野崎哲会長(65)は「福島の漁業の回復は、海洋放出が無いという前提で動いている。提言がまとめられても、反対の立場に変わりはない。提言をよく読み込んで対応したい」と話した。

各国も海に排水実績
 放射性トリチウムを含む排水は、国内外の原発で海などに放出されている。
 有識者小委の資料によると、各国のトリチウムを含む液体の年間放出量は、フランス・ラアーグの原子力施設で約1京3700兆ベクレル(2015年)▽カナダ・ブルース原発で約892兆ベクレル(同)▽韓国・古里原発で約45兆ベクレル(16年)――など。米スリーマイル島の原発事故では、1990~93年に大気放出で計約24兆ベクレルのトリチウムが放出された。
 国内でも11年の原発事故前、全原発から排水されたトリチウムの総量は年平均で約380兆ベクレルだった。一方、東電は福島第1原発の汚染処理水に含まれるトリチウムの総量は現在、約860兆ベクレルと推計している。原子力規制委員会の更田(ふけた)豊志委員長は「福島第1原発のトリチウムは、(海外と比べても)量的に極めて多いわけではない」と話す。
 トリチウムなどの放射性物質を放出するに当たり、国は原子炉等規制法に基づき「告示濃度限度」と呼ばれる基準を設けている。水の場合、0歳から70歳まで毎日約2リットル飲み続けても、被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下になる濃度になる。大気の場合は、原子力施設の敷地境界の空気を70年間吸い続けた時の被ばく線量を考慮して算出される。

  社説 トリチウム水 福島の声を聴かねば
                             朝日新聞  2020
21

 東京電力・福島第一原発の汚染水を浄化処理した後、放射性物質トリチウムが残留する水をどう処分するのか。経済産業省の小委員会が、とりまとめの提言を大筋で了承した。
 薄めて海に流す「海洋放出」を事実上、最も重視する内容になっている。
これを参考に、政府はトリチウムを含む処理水の処分方法や時期を判断する。環境中に放出すれば、風評被害が生じる恐れがある。拙速な判断は厳に慎まねばならない。
小委は2016年から、経産省の作業部会が示した5案について、技術的な側面に加えて、風評被害など社会的な影響も含めて検討してきた。
 とりまとめの提言は5案のうち、海洋放出と、蒸発させて排出する「大気放出」の2案に前例があることから、現実的な選択肢と位置づけた。そのうえで、両者の長所と短所を検討する形をとっている。
通常の原発で実績がある▽設備が簡易で取り扱いのノウハウがある▽放出後に拡散の予測やモニタリングをしやすい▽想定外の事態が起こりにくい……。こうした技術的なメリットを踏まえて、「海洋放出の方が確実に実施できる」と評価した。
 社会的な観点から見た場合、影響の大小を比較するのは難しいという。ただ、大気放出をすると、海洋放出に比べて幅広い産業に風評被害が広がる恐れがあると指摘した。
 明言こそ避けたものの、海洋放出に優位性があることを示唆している。
とはいえ政府は、これをもって安易に海洋放出を決断してはならない。「地元の自治体や農林水産業者など幅広い意見を聴いて方針を決めることを期待する」。この小委の要請を、重く受け止めるべきだ。
 地元との対話に、政府が海洋放出ありきの姿勢で臨めば反発を呼ぶだろう。自治体や事業者のほか、地域住民らの声を誠実かつ丁寧に聴いてほしい。
 忘れてならないのは、小委が一連のプロセスをガラス張りにするよう求めている点だ。密室で議論しても、政府の最終判断に国民の理解は得られまい。情報公開が肝要である。
 東電は「22年夏ごろに敷地内の貯蔵タンクが満杯になる」として早期の判断を望むが、小委は提言の中で、政府決定や処分開始の時期を明示しなかった。期限を切って意思決定の手続きを進めるようでは困る。
 仮に処分方法が決まっても、準備に年単位の時間がかかる。処分を終えるまでには、さらに長い年月が必要だ。息の長い取り組みになることを、政府は肝に銘じなければならない。

  社説  福島原発の処理水処分 地元との対話が不可欠だ
                                               毎日新聞202023日 東京朝刊

 東京電力福島第1原発に保管されている汚染処理水の処分について、経済産業省の小委員会が「海洋放出または大気中への放出が現実的」との結論をまとめた。
 福島原発1~3号機の原子炉建屋内では、溶け落ちた「燃料デブリ」によって汚染水が1日170トン生じる。専用の装置で処理した後タンクに保管しているが、容量が限界に近づいている。東電によれば、残された時間は2年半だ。
 処理水の処分は、燃料デブリの取り出しと同様、廃炉に向けた重要な作業だ。小委は複数の案について技術、費用、規制などの観点から3年にわたって検討し、国内外で実績のある2案に絞り込んだ。
 結論を受けて政府は今後、処分方法や開始時期などを決めなければならない。
 小委は、処分の前に処理水を再度処理して、その安全性を第三者が検証することや、情報公開の徹底を求めた。処理水は現在100万トンを超えるが、8割は浄化が不十分だ。再処理は当然である。
 その上で慎重に取り組まなければならないのは、風評被害の問題だ。
 再処理をしても、放射性トリチウム(三重水素)だけは残る。経産省の試算では、保管されている全量を1年間で放出すると仮定した場合、トリチウムによる被ばくは自然界の放射線による被ばくの1000分の1以下だという。
 だが、この問題の受け止め方は一様でない。理屈ばかりを振りかざして処分を急げば、新たな風評被害を生むだけだ。
 福島の農水産業や観光業は、事故による汚染に加えて深刻な風評被害にも見舞われた。県産米の全量全袋検査や厳しい独自基準による検査など、地道な努力の積み重ねがようやく実を結びつつある。
 それでも、売り上げや漁獲量は事故前の水準にはほど遠い。処分に当たっては、失敗を繰り返さない注意が必要だ。国内の消費者はもちろん、外国に不正確な情報が伝わらないような働きかけも課題となる。
 もとより政府は、方針を決める前に関係者の不安や意見、要望を謙虚に受け止める責任がある。説明ではなく対話を通じて、多くの人々が納得できる道を模索すべきだ。