原発のたたみかた 5 事故9年、続く模索 福島第1、汚染ごみどこへ
                                            毎日新聞2020年2月27日
 










汚染水から取り除いた放射性物質による汚染ごみの保管設備
=東京電力福島第1原発で
1月21日、吉田航太撮影

 史上最悪クラスの原子力災害となった2011年3月の東京電力福島第1原発事故から、9年がたとうとしている。廃炉作業は少しずつ進んでいるが、水素爆発に伴うがれきや、汚染水から取り除いた放射性物質を含む吸着材など、放射性廃棄物の処分方法は定まっていない。核燃料などが溶け落ちた「燃料デブリ」を1~3号機からどのように取り出すのかも模索が続く。
 福島県の大熊町と双葉町にまたがる福島第1原発。放射性物質で汚染された廃棄物は、計6基のうち5、6号機が建つ双葉町側の敷地内を中心に、あちこちで保管されている。廃棄物は、汚染の度合いとなる放射能レベルに応じて区分され、シートやテントなどに覆われている。
 事故当時起きた原子炉の水素爆発では、非常に細かな放射性物質が、原子炉を覆う建屋の内側だけでなく外まで飛び散った。それらは燃料の核分裂反応によって発生したセシウムやストロンチウムなどで、がれきやさまざまな資機材に付着し、汚染されたごみが大量に生じた。
 汚染ごみは、実は処分の方法が決まっていない。「今は敷地内に散らばった汚染ごみを移動させて、管理しやすくしているだけ」。日本原子力学会の廃炉検討委員会で委員を務める柳原敏・福井大特命教授(廃止措置工学)は、そう指摘する。「汚染ごみの処分には技術開発が必要で、前途多難だ」
事故などが起きていない通常の原発の場合、汚染ごみの処分法はおおまかに決まっている。



 運転を終えると廃炉作業が始まるが、解体で生じるごみの3分の1は汚染されている。汚染ごみの6割程度は、時間がたてば資源として再利用が可能な程度まで放射能レベルが下がる。
 一方、残りの4割は低レベルの汚染ごみ。その多くは、セシウムなどがごくわずかに付着したり、運転中に生じる強い放射線が当たったりして放射能を帯びた金属片やコンクリート片だ。
 低レベルの汚染ごみは、1トン当たりの放射能レベルに応じて地面近くか、地下70メートル未満の地中、地下70メートル以上深い所に埋める。その際、汚染ごみを細断、粉砕して容器に詰め、必要に応じてモルタルやコンクリートで固める。放射能のレベルにより、50~数百年間管理を続ける。
 ところが、福島第1原発では大きく状況が異なる。がれきや資機材に付着した放射性物質はどんな種類か、どの程度付着したのか、処分方法を検討していく上でこれから把握しなければならない。柳原氏は「既存の原発では計画的に廃炉が進むが、福島第1原発は目隠ししながらの手探りで作業をしているようだ」と話す。加えて、容器に均一に詰めるには、細断の方法なども決めなければならない。東電は、19年6月時点で予測した汚染ごみの発生量を公表した。除染などのために敷地内で伐採した木や、使用済みの防護服も含めると、31年3月までに約77・4万立方メートル(東京ドームの容積の約6割に相当)が発生すると見込む。そのうち、再利用できるものを除き、木などを焼却しても約35・1万立方メートルが残るとみている。ただし、この中には今後解体される原子炉建屋やタービン建屋などは含まれていない。建屋には地下部分もあり、さらに膨大な汚染ごみが生じるのは必至だ。

 処理、やっかいな吸着材
 汚染ごみの中でやっかいなものの一つが、多核種除去設備「アルプス」に汚染水を通した際に発生する使用済みの吸着材などだ。吸着材などは汚染水に混ざる大半の放射性物質を沈殿させたり、こし取ったりするため、強い放射線を出す。「福島第1にある全ての放射性物質の半分は(吸着材に)捕まえられている」(原子力規制委員会の更田(ふけた)豊志委員長)と言われ、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が19年9月に公表した廃炉戦略プランでは、危険度や管理の重要度が比較的高いとされた。
 汚染水には、核燃料から出たセシウムなど多くの放射性物質が含まれる。福島第1原発1~4号機の原子炉建屋などから吸い上げられた汚染水は、セシウムの除去装置↓塩分を取り除く装置↓62種類の放射性物質を除去できるとされるアルプス――を通って、タンクに貯蔵される。
 アルプスで生じる吸着材や汚泥にはストロンチウムが多く含まれる。放射能濃度は高いものだと吸着材1立方センチ当たり4000万ベクレル。これが2月6日時点で3344本に上る。大きさは25メートルプール約14個相当だ。加えて、アルプス以外の除去装置から生じた吸着材などの汚染ごみも、大きさは異なるが1300本余りの保管容器に入れられており、今後も増え続ける。放射性物質の長期保管は国内で前例がない。吸着材などの多くは水分が含まれている。容器は金属製のため、水分中に塩分が残っていれば腐食の危険性もある。
 そこで東電は、汚泥などに圧力を加えて脱水させることにした。脱水装置は21年度にも動く予定だ。だが、脱水後の廃水も汚染水にる。東電が19年7月時点で試算したところ、保管容器3000本分を脱水すると、2万4656トンの汚染水が発生するとしている。
 脱水された汚泥などは、より放射性物質が高濃度に凝縮された汚染ごみになる。NPO法人・原子力資料情報室の西尾漠・共同代表は「福島第1原発で生じた放射性廃棄物の最終的な処分地の選定には、時間がかかるだろう」と指摘。今の場所が、実質的な最終処分地になることを懸念する。【荒木涼子】


東京電力福島第1原発の敷地内で作業をする作業員ら=1月21日、吉田航太撮影

 最難関はデブリ取り出し
 1~3号機には核燃料などが溶け落ちた「燃料デブリ」があり、政府・東電が2019年12月に改定した廃炉工程表には、21年に2号機から試験的に燃料デブリを取り出すことが明記された。しかし、取り出しは各号機とも一筋縄にはいかず、試行錯誤が続いている。
 1号機は原子炉格納容器に水がたまり、底には燃料デブリを含む堆積(たいせき)物があるとされる。内部を調べるため、国際廃炉研究開発機構は潜水型ロボットを開発。東電は19年前半にも、そのロボットを使って燃料デブリの状況を調べる予定だった。ところが放射性物質で汚染された格納容器内のちりの影響を懸念して、20年度以降に調査を先送りした。
 また、使用済み核燃料プールには392体の燃料が残る。取り出し始めるのは27~28年度としている。
 一方、2号機が1、3号機に先駆けて燃料デブリを取り出すことになったのは、格納容器内の底部で燃料デブリとみられる小石状の塊を確認し、機器でつまんで動かすことに成功するなど調査が進んでいたためだ。だが、燃料デブリの詳しい形や堆積場所が分かっておらず、取り出しは廃炉作業の最難関とされる。少量を取り出し、順調なら量を増やしていく方針だ。2号機の使用済み核燃料プールにある燃料は615体。東電は取り出しを始める時期を「24~26年度の予定」とする。
 3号機は、格納容器内の汚染水の水位が高く、燃料デブリを取り出すのに厳しい状況が続く。その影響で、内部の調査は進んでいない。使用済み核燃料プールに残っていた566体の燃料の取り出しは、計画から4年遅れて19年4月に始まった。

 限界近づく汚染水貯蔵
 廃炉作業を難しくしているのが、建屋内などにたまり続けている汚染水だ。東電は「汚染水を抑えるのは、最大の課題の一つ」としている。
 1~3号機の建屋内に残る燃料デブリなどは、今なお熱を発している。それらを冷やすために連日かけ続けている水と、建屋内に入ってくる地下水が混じると放射性物質を含む汚染水となる。現在は1日当たり約170トン発生するという。
 アルプスに汚染水を通した後に生じる「汚染処理水」は、1月23日時点の累計で約118万トン。貯蔵タンクは約1000基に上る。新たな廃炉工程表では、20年内に汚染水の発生量を1日150トンに減らし、さらに25年には100トンまで低減することを目標にした。
 増え続けるタンクに、東電は危機感を募らせる。設置できる敷地が限られているからだ。20年末までに計137万トン分までタンクを増設する計画は立てている。ただ、それでも22年夏ごろにタンクは満水になる見通し。これ以上の増設には「廃炉作業に支障が出かねない」と難色を示す。
 このため、有識者による政府の小委員会は1月、汚染処理水の放射性物質の濃さを国の基準値以下にして、海または大気への放出を提言する報告書をまとめた。「現実的な選択肢」として2案を列記しつつ、海洋放出の長所が強調されていた。
 報告書を受け政府はこれから、地元関係者などとの話し合いを経て処分方法を決めるが、期限などは明らかにしていない。【斎藤有香】

  事故9年、続く模索 福島第1、汚染ごみどこへ 
             牟田仁・東京都市大准教授、石橋哲・東京理科大教授
 毎日新聞2020年2月27日 

 廃炉作業の課題は
 東京電力福島第1原発では、厳しい環境の中で廃炉の作業が進む。
2人の専門家に課題を語ってもらった。【聞き手・岩間理紀】

「想定外」減らせるか 
 東京都市大准教授 牟田仁(むた・ひとし)氏(原子力安全工学)

 福島第1原発の廃炉では、いかに「想定外」を減らすことができるのかが課題になる。核燃料などが溶け落ちた「燃料デブリ」が原子炉格納容器のどこにあるのかさえも、まだ特定できていない。普通ではない現場の中で、どのような支障や危険が残っているのか。地道な調査で追求し続けなければいけない。 これまでにも、原子炉の調査はされてきた。しかし、放射線量が高く人が立ち入れない場所があり、調査や分析が及んでいない部分も多い。例えば、廃炉の作業中に再び大きな地震が発生した場合、原子炉建屋などの強度は足りているのか。放射性物質が飛び散らないよう気密性は確保されているのか。外部有識者として参加している原子力規制委員会の検討会で、水素爆発ではりが損傷したとみられる建屋内部の状況が報告されていた。こうした危険性を一つずつ検討していく必要がある。 非常に大きな事故を起こした福島第1原発がどうなっているのか、全容を解明するのは途方もない作業になる。残された燃料デブリの量などを考えると、技術開発などが必要になってくる。放射線量が高く難しい現場での作業も増え、「何がまだ分かっていないか」を含めて分析していかなければならない。
国や東電、規制委など関係者がそれぞれの立場から知力を尽くし、これから数十年と続く廃炉作業を見据えて、後進の育成にも力を入れることも重要だ。


牟田仁・東京都市大准教授

 
 社会の関心、どう持続 
 東京理科大教授(元国会事故調査委統括補佐) 石橋哲(いしばし・さとし)氏
 福島第1原発事故は、これまで私たちが「原発事故は起きない」としてきた思い込みの「壁」を破壊した。原発について、人ごとのように自分で考えず安全神話を受け入れていた社会が、事故を機に変わるはずだった。
 事故から9年近くが過ぎた今、どうか。廃炉は逃げられない問題にもかかわらず「自分ごと」として捉えず、判断しない社会が目の前にある。 関心を持つのは、汚染処理水の処分も含めた「廃炉」が生活に関わる地元の住民に限られている。一部の人しか関心を持たなくなると、政治家が廃炉の問題に取り組んでも支持や票にはつながらず、どう解決していくべきか議論すら広がらない。
 一方、廃炉作業をしている今の福島第1原発を取り巻く現場には、技術的だけでなく科学的、社会的な知見を得ることができ、国内外で共有すべきことはたくさんある。現在進行形の原発事故を見ることができるのは、世界を見渡しても福島第1原発だけだ。人類の未来に向けた貴重な学びの場の側面がある。
 3・11後に進行する「今」は、誰も経験したことのない世界だ。どう未来に生かすのか、どんな社会を創って次の災害事故に備えるのか。「みんなで渡れば怖くない」という気持ちで無関心でいるのではなく、もう一度、一人一人が世代や立場を超えて考え、それぞれの知見を組み合わせて生かす時だ。

 石橋哲・東京理科大教授