社説  米の新型弾頭 「使える核」などない
                               朝日新聞 2020211

 大国が核兵器の使用に踏み切るハードルを下げようとしている。偶発的な核戦争のリスクを高め、世界全体を危うくする愚挙というほかない。
 米政府が、新たに開発した小型核弾頭搭載のミサイルを潜水艦に実戦配備した。ロシアなどが持つ小型核への抑止力を強める、と説明している。
 米国防関係者の間では、従来の核兵器は破壊力が大きすぎて使いにくい、との指摘はかねてあった。地域紛争で起きかねない限定的な核攻撃への報復を担保するためにも小型核が必要だ、と主張している。
 しかし、「使える核兵器」という考え方そのものが幻想でしかない。戦略的な安定をもたらすどころか、むしろ軍拡競争を招く可能性が危惧される。

そもそも、規模にかかわりなく核攻撃は許されない。

 弾頭の破壊力は広島原爆の3分の1程度というが、核の惨苦を再びもたらすことが「小型だから」正当化されるシナリオなどありえない。国際人道法上だけでなく、使用国は重大な責任を問われるのは必至だ。
 武力衝突の規模を制御できると考えるのも誤りだ。誤算や誤認で戦局は容易にエスカレートする。大量破壊兵器が投じられれば、なおさらだ。核で応酬する戦争に勝者はいない。
 今年は広島・長崎の被爆から75年にあたる。冷戦期から世界の核管理の支柱である核不拡散条約(NPT)も、発効から半世紀となる。4?5月には、条約加盟国が5年に1度、不拡散と軍縮への関与を確認する再検討会議が開かれる。
 条約の第6条は、核保有国に対し、誠実に軍縮を進める義務を課している。だが、世界の核の大半を保有する2大国の米ロをはじめ、中国なども義務を忘れたかのようだ。
 米ロの逆行する動きは小型核に限らない。冷戦終結の呼び水となった中距離核戦力(INF)全廃条約は昨夏失効した。残る新戦略兵器削減条約(新START)も来年が期限だが、米国は延長を確約していない。
 こうした大国の無責任ぶりの一方で、北朝鮮は身勝手な核開発を止めず、南アジアや中東も核問題に直面している。核危機が世界を覆う現状を、国際社会は変えねばならない。
 非核国が中心になって結ばれた核兵器禁止条約について、日本はいまも背を向けたままだ。保有国と非核国との橋渡し役を自任するが、存在感は薄い。
 被爆75年の今年こそは、「核なき世界」をめざす真の決意を示す時である。米国に対しては不拡散体制を立て直す意義を説きつつ、新STARTを延長させるよう働きかけるべきだ。

  社説 米国の小型核 抑止どころか危険だ      
                                   東京新聞 2020
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「核なき世界」を目指す動きに逆行している。米国防総省が、新開発の小型核弾頭を潜水艦に配備したと発表した。ロシアや中国への抑止力になるとするが、「使える核」が世界に広がりかねない。
 小型核弾頭はW76-2と呼ばれる。トランプ政権は、2018年に発表した核体制の見直し(NPR)の中で開発を予告していた。
 爆発力が約100キロトンだった従来型の核兵器を改造し、5~7キロトン程度に抑えたもので、弾道ミサイルに搭載されて原子力潜水艦から発射される。
 すでに実戦配備され、核の先制使用も辞さない構えだ。
 オバマ政権下で発表されたNPRは、核兵器削減を基本方針とし、新しい核保有国の出現とテロリスト集団による核兵器の入手の阻止に重点が置かれていた。
ところがトランプ政権はこの方針を転換し、ロシアや中国、そして独自に核開発を進める北朝鮮を強く意識して、武力で対抗していく姿勢を打ち出した。小型核開発は、この流れに沿ったものだ。
 実戦配備について、国防総省の報道官は、「敵国による限定核攻撃が無意味であることを示し、抑止力を高める」と正当性を主張しているが、とても言葉通りに受け止めることはできない。
 小型核は、被害が限定されるため核使用のハードルが下がり、使いやすくなる。すでにロシアが保有しているとされ、米国が実戦配備したことで、核戦争の危険がいっそう現実味を帯びてきた。
 また原潜から発射されるミサイルは、外見だけでは小型核を搭載しているか判別できないため、相手国の過剰反応を起こしかねない、との懸念も出ている。
 今年は核兵器をめぐる節目の年だ。4月からは5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれる。
03年に広島、長崎両市を含む平和市長会議(現・平和首長会議)理事会が「核廃絶の期限」と定めた年でもある。

17年に採択され、世界の注目を集めた核兵器禁止条約の批准国は35に増え、発効まであと15カ国に迫っている。
 ところが米国は昨年、冷戦時代に核軍縮を大きく進展させた中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させるなど、非核化への努力を無視する行動を続けている。
 日本は、米国の核の傘に依存している。それでも、唯一の戦争被爆国として、米国に対して自制を求め、核兵器の削減に向けた努力を続けるよう促す責務がある。