(社説)核禁止条約発効と日本/もはや背は向けられない
                                              2020年10月27日 毎日新聞

  核兵器の開発から使用、威嚇まで禁止する核兵器禁止条約が来年1月22日に発効する。批准国・地域数が発効に必要な50に達した。
 人類に甚大な被害を与える大量破壊兵器のうち生物兵器と化学兵器はすでに禁じられている。唯一残されているのが核兵器だ。
 条約は、2017年に国連で122カ国と地域の賛成で採択された。ただ、核兵器を持つ国はいずれも署名しておらず、すぐに核兵器がなくなるわけではない。
 それでも、発効すれば、核兵器自体を違法とする新しい国際規範が生まれる。保有国に核軍縮を迫る圧力になるだろう。
 日本政府は条約の枠組みに参加していない。米国の「核の傘」に依存しており、核保有国が参加しない条約は「現実的、実践的ではない」と主張する。
 しかし、核抑止は万能ではない。核戦争は情勢の誤認や機器の誤作動でも起こり得る。攻撃と反撃が核兵器で繰り返されれば自国だけでなく世界が滅びる。

 核保有国やその同盟国は、核兵器で抑止力を維持した冷戦時代の発想を変える必要がある。

 政府は核拡散防止条約(NPT)体制を強化するのが現実的だともいう。NPTが義務付ける核軍縮交渉を推進する考え方だ。
 米露が核弾頭数を大幅に減らしたのは事実だ。しかし、この3年のうちに中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄し、中国を交えて核兵器の近代化を競っている。
 米国は条約に同調する中小国に圧力をかけてきたという。日本は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任するが、両者の対立を和らげる成果は出せていない。
 政府は核廃絶へのアプローチの違いから核禁条約に背を向けてきた。だが、そのアプローチが行き詰まっているのは明らかだ。
 発効後1年以内に批准国による締約国会議が開かれる。批准していなくても、認められればオブザーバー参加することができる。
 日本が果たすべき役割は、会議に参加し、核廃絶の議論に耳を傾け、実効性ある核軍縮を考え、世界に発信することではないか。

 条約の前文には「ヒバクシャ」の文字が刻まれている。その重みと責任を唯一の戦争被爆国として改めて自覚すべきだ。

  核禁条約発効へ 日本の参加欠かせない          
                                                 2020年10月27日 東京新聞
 
 核兵器の保有、使用を全面禁止する「核兵器禁止条約」の来年1月発効が決まった。核保有国は参加していないが、実効性を持たせるために、唯一の戦争被爆国である日本も参加し、協力すべきだ。
 発効が実現したのは、高齢化する被爆者が「最後のチャンス」として核兵器の非人道性を訴え、世界の国々が応えた結果だ。
 被爆者とともに活動してきた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長は、「ついに核兵器が禁止された」と歓迎。そして、条約が核兵器削減を迫る圧力になると意義を強調した。
 ただ条約を批准しなければ、法的な順守義務は生じない。核保有国や、核保有国の「核の傘」に依存する日本を含めた国々は批准していない。むしろ「核廃絶には役立たない」として無視したり、冷ややかな反応を見せている。

 核兵器のバランスこそ平和に貢献するとの「核抑止論」もある。しかしこれは、危険な幻想だ。

 核兵器の数は冷戦時からは減少しているものの、米ロを中心に依然として1万発以上存在する。米中の対立が深まり、小型核の実戦配備も進んでいる。
 米国は2017年、北朝鮮への報復として、80発の核兵器の使用を検討したと報道されている。核戦争は、日本にとって決して遠い国の絵空事ではない。
 核軍縮は現在、核拡散防止条約(NPT)が中心となっている。米英仏ロ中の5大国に核保有を認め、この枠内で削減を図るものだが、交渉は停滞している。

 核禁条約を契機に核軍縮を求める声が高まれば、NPT側が反発、対立が深まる危険性もある。

 重要なのが、日本の役割だ。日本は米国の核の傘に入っているものの、日米安保条約には核兵器に関する記述はなく、核禁条約に参加することは不可能ではない。
 日本政府は「わが国のアプローチと異なる。(核禁条約に)署名は行わない」(加藤勝信官房長官)と否定的な姿勢だが、理解し難い。大切なのは、「核兵器のない地球」という共通の目的を実現することだ。
 日本政府は、唯一の戦争被爆国として、核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を担うと、再三表明してきた。いまこそ、そのタイミングではないか。
 条約発効後、具体的な運用について協議する締約国会議が開かれる。この会議に、オブザーバー参加することを決断すべきだ。

  核兵器禁止条約/廃絶と安全につながらぬ

                                     2020年10月27日 産経新聞

 核兵器の開発や実験、保有、使用を全面的に禁ずる核兵器禁止条約が来年1月発効する。50の中小の国・地域が批准して発効基準を満たした。

 これが核廃絶の歩みを前進させるとの見方が新聞やテレビニュースなどで広がっている。

 唯一の戦争被爆国として日本が核兵器廃絶を追求するのは当然だ。だが、核廃絶や平和に寄与するという前提で核禁条約を論じたり、日本が加わったりすることはとても危うい。
 核兵器を持つ国はどこも核禁条約に加わっていない。核拡散防止条約(NPT)で核保有を認められた米露中英仏の5カ国やNPT外で核を持つインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮である。これで核を廃絶できるのか。
 そのうえ日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)加盟の非核保有国の全てが核禁条約を結ばなかった。その重みも理解しなくてはならない。核禁条約は締約国と、核保有国を含む非締約国との溝を深め、核軍縮の議論を停滞させる恐れもある。
 日本は中露や北朝鮮の核の脅威に直面している。北朝鮮が声明で「取るに足らない日本列島の4つの島を核爆弾で海中に沈めるべきだ」と脅してきたのはわずか3年前のことだ。
 現在の科学技術の水準を踏まえれば、核攻撃を抑えるには核による反撃力を持つことが欠かせない。核抑止を一方的に解けば放棄しない国の前で丸裸になる。もし全核保有国が放棄しても、ひそかに核武装する国やテロ組織が現れれば万事休す、である。
 自国や同盟国の側に核抑止力がなければ、北朝鮮のような悪意ある国からの核攻撃やその脅し、化学兵器など他の大量破壊兵器による攻撃を防げない。この安全保障上の厳しい現実を肝に銘じたい。日本が非核三原則を採れているのも同盟国米国の「核の傘」(核抑止力)に依存しているからだ。
 加藤勝信官房長官は会見で「わが国のアプローチと異なる」として核禁条約に署名せず、締約国会議へのオブザーバー参加にも慎重姿勢を示した。
 国民の命を守る責務を担う政府として妥当な姿勢である。政府は広島、長崎の悲劇を語り伝え、核禁条約とは別の形で核軍縮外交を着実に進めるとともに、「核の傘」やミサイル防衛の有効性を常に点検しなければならない。 


 核禁条約発効へ/「絶対悪」の認識共有せよ

                                                2020年10月27日 西日本新聞

 「核兵器なき世界」を目指す重要な一歩である。この非人道的な兵器の開発から使用、威嚇(いかく)までを違法と定めた核兵器禁止条約が来年1月、発効することになった。核兵器を全面的に認めない条約は史上初めてだ。
 核禁条約は2017年7月に国連で122カ国・地域の賛成で採択され、3年余りで発効に必要な批准数に達した。
 これまで批准した50の国・地域は人口や経済規模の小さな途上国が大半を占める。「核抑止力」に依拠する大国の論理に翻弄(ほんろう)されがちな立場ながら、核廃絶に賛成する国を着実に積み上げ、条約発効に結実させた。
 この事実の重さを、核保有国はもちろん、日本をはじめ条約に参加していない国々は真剣に受け止めなければならない。
 条約発効に導いた国際世論の背景には、核兵器を巡る現状への強い危機感がある。
 世界には現在約1万3400発の核兵器が存在し、削減は停滞したままだ。その9割を保有する米ロは新型核兵器の開発を競い、中国の台頭もあり、新たな軍拡競争が始まっている。
 米ロ間で唯一の核軍縮枠組みとなる新戦略兵器削減条約(新START)は来年2月が失効期限だが、その後は不透明だ。保有国まで参加する核拡散防止条約(NPT)も本来の機能が生かされていると言い難い。核使用の危険性は高まる一方だ。
 こうした流れは変えなければならない。日本は本来その先導役を担うべき国のはずである。しかし、米国の核戦略に組み込まれ、中国や北朝鮮の核の脅威が存在する地域情勢から、政府は一貫して核禁条約の実効性を否定している。
 確かに米国、ロシア、中国など核保有国は参加しておらず、条約に縛られない。それでも、米国は条約参加国に批准取り下げを迫る書簡を送った。発効によって核抑止論の正当性を損なうと危ぶんだのだろう。
 見方を変えれば、条約は「核は絶対悪」という共通認識を世界に広め、核保有国への圧力となり得るとも言える。対人地雷やクラスター爆弾と同様、人道上使えない兵器に「核」を変容させる可能性はあるだろう。
 日本は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を掲げる以上、核廃絶を働き掛けると同時に、発効後の締約国会議にオブザーバーでの参加を検討し、いずれは条約批准を目指すべきだ。
 国連のグテレス事務総長は条約発効を「世界的運動の到達点」と評価した。「人類と核兵器は共存できない」と日本から訴え続けた被爆者の声が条約の原点である。唯一の戦争被爆国として政府も私たちもあらためて条約の意義をかみしめたい。