(社説)核禁条約発効へ 日本も参画へ姿勢改めよ
                                              2020年10月26日 朝日新聞

  核兵器はいかなる形であれ、人間社会にあってはならない。「核なき世界」をめざすための国際規範が、いよいよ法的な効力を備えることになった。
 国連で3年前に採択された、核兵器禁止条約である。批准を終えた国・地域が24日、規定の50に達した。来年1月22日に発効する。
 核兵器の開発や製造、保有、使用、さらに威嚇まで禁じる。核軍縮の新たなページを開く長期的な意義にとどまらず、核を実際に使う選択を難しくさせる即効的な変化も期待される。

 ■国際的な連帯を象徴
 グテーレス国連事務総長が「世界的な運動の集大成」と語るとおり、この条約は、広島、長崎の被爆者と、有志国の政府や市民らとの幅広い連帯と努力のたまものに他ならない。
 ところが、この歴史的な国際枠組みを歓迎する輪のなかに、日本政府は加わろうとしない。戦後75年の間、原爆の実相を訴えてきた国でありながら、政府が貴重な条約に背を向ける矛盾をいつまで続けるのか。
 「核兵器使用の被害者(被爆者)が受けた(中略)容認し難い苦しみ、並びに、実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意する」
 条約の前文は被爆者らに格別の敬意をはらいつつ、あらゆる核兵器の使用について「人道の諸原則及び公共の良心にも反する」と断じている。
 核兵器は現在、世界に1万4千発近く存在する。広島・長崎を最後に、実戦で使われずに歳月が過ぎたのは、必然ではなく幸運な偶然でしかない。

 条約の根底にあるのは、危うい核に頼り続ける大国の手に、世界の命運をゆだね続けることに対する拒否であろう。

 くしくも今年、世界は新型コロナ禍に見舞われた。感染症対策は協調が求められるが、一部の大国は「自国第一」に走り、国際社会は分断の中にある。
 軍事、感染症、環境など、国境を越える脅威と闘う協調づくりのためにも、核禁条約の意義は大きい。共通の利益を考え、行動するグローバルな市民意識をも象徴しているからだ。
 条約の発効を機に、世界の安全保障を核抑止の考え方から脱却させ、核廃絶に向けて歩を進める重要な起点としたい。

 ■使用を抑える効果も

 条約の法的な拘束力は、加盟しない国には及ばない。だが、核を「絶対悪」とする倫理を浸透させる効果はある。核保有国が実際に使おうとしてもハードルを高めるだろう。
 ただ一方で、核をめぐる国際環境は悪化している。
 核兵器の9割以上を保有する米国とロシアの間では昨年、中距離核兵器の全廃条約が失効した。残る核軍縮条約の新STARTは、来年の期限切れを前に延長交渉が続いている。
 新冷戦ともいわれる米国と中国の争いも、軍拡の不安を高めている。インド、パキスタンの核武装や北朝鮮の開発なども、世界は封じ込められずに来た。
 これからの国際社会は、新しく生まれた核禁条約と、旧来の核不拡散条約を両輪として軍縮の努力を強める必要がある。
 核大国は、核禁条約について「非現実的」「分断を生む」と反対する一方、不拡散条約については加盟国に順守を求めている。そのご都合主義を正当化するのは難しくなるだろう。
 不拡散条約は、米ロ中などに核保有を認める一方で、核軍縮の努力を義務づけている。非保有国との分断を招いたのは、核保有を自らの特権とし、軍縮を怠ってきた大国自身の態度であることを猛省するべきだ。

 日本は唯一の戦争被爆国である。核廃絶への国際努力を先導するとともに、米国などに軍縮を促す責務がある。

 ■核保有国に説得を

 欧米などの元政府幹部らに、潘基文(パンギムン)・前国連事務総長も加わった56人はこの秋、公開書簡を出し、核禁条約を各国が批准するよう呼びかけた。
 米欧同盟の一角を成すベルギーでは、この秋に発足した連立政権が条約への協調の道を探るなど、変化の兆しもある。
 しかし、日本政府は「アプローチが異なる」と、核抑止依存ありきの立場に固執している。核廃絶を掲げてはいるが、「核の傘」をめぐる現状追認に閉じこもったままだ。
 核保有国と非核国の橋渡し役というなら、まずは保有国に働きかけ、核禁条約を敵視せず、対話せよと説得すべきだろう。
 条約発効から1年以内に締約国の会議が開かれる。核廃棄の検証や核実験の被害者支援といった、具体的な枠組みづくりの協議がこれから始まる。
 日本には、被爆をめぐる医療や援護などで蓄積がある。関連の国際会議を広島・長崎に誘致し、核廃絶をめざす日本の決意を改めて示してはどうか。
 そのためには日本政府が条約への態度を改め、締約国会議にオブザーバー参加したうえ、早期に本格的な加盟を果たすべきだ。被爆者と国際世論の失望をこれ以上深めてはならない。

  核禁条約発効へ/廃絶へ歴史的な一歩だ
                                            2020年10月26日 北海道新聞
 「核なき世界」の実現に向けた歴史的な一歩だ。

 核兵器の開発から実験、保有、使用まで全面的に禁じる核兵器禁止条約の批准数が、条約発効の要件である50カ国・地域に達した。90日後の来年1月22日に発効する。
 史上初めて核兵器を非人道的で違法とみなす国際条約である。広島、長崎への原爆投下から75年の節目に、あの惨劇を二度と繰り返してはならないという被爆者の訴えが条約として結実した。
 核兵器廃絶を求める強い決意が国際社会の法規範になることは、核使用への歯止めと軍縮の圧力となり、大きな意味がある。
 問題は米ロなどの核兵器保有国や、唯一の戦争被爆国である日本が不参加なことだ。
 これを機に、核保有国は核廃絶に踏み出さなければならない。日本はそれを後押しするために、条約を批准して核廃絶への意思を明確に示す責務がある。
 条約は2017年、国連加盟の3分の2近い122カ国の賛成で採択され、その年のノーベル平和賞は条約を推進した非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が受賞した。
 発効決定は被爆者を中心とした市民が原動力となり、国際社会を動かした結果と言える。国連のグテレス事務総長は声明で「世界的運動の到達点だ」と評価した。

 だが、核廃絶への道は険しい。

 1970年に核拡散防止条約(NPT)が発効し、核保有国を米ロ英仏中の5カ国に限定した上で核軍縮を義務づけたが、現実はむしろ逆行する動きが目立つ。
 核保有により敵の攻撃を未然に防ぐとする核抑止論が背景にあり、軍拡競争に陥っているためだ。条約は核抑止に頼る安全保障政策の転換を迫っている。
 米国は条約批准国に批准取り下げを求める書簡を送ったとの報道もあるが、事実なら言語道断だ。
 世界にはなお約1万3千発の核兵器がある。9割は米ロが持つが、中距離核戦力(INF)全廃条約は失効し、来年2月が期限の新戦略兵器削減条約(新START)は延長されるか予断を許さない。
 イスラエルやインド、パキスタンは核を持ち、北朝鮮やイランの核開発も懸念される。核の脅威はかつてなく高まっており、国際社会の協調した対応が欠かせない。
 日本は保有国と非保有国の「橋渡し役」になると言い続けているが、一体何をしたというのか。米国の「核の傘」に依存するばかりでは各国の失望を招くだけだ。

  核兵器禁止条約発効へ/被爆地の訴え結実した

                                     2020年10月26日 中國新聞

 人類は核兵器とは共存できない—。そんな被爆地広島・長崎の訴えがようやく重い扉をこじ開けた。核兵器禁止条約の批准数がきのう、50カ国・地域に達し、来年1月22日に発効する。
 開発から使用まで核兵器を全面禁止する初めての国際規範である。保有国の抵抗や、被爆国日本の不参加など、課題は山積みだ。それでも、核兵器の時代に終止符を打つ歴史的な一歩となるのは間違いあるまい。
 発効が決まったのを機に、日本政府は、これまでの後ろ向きな姿勢を転換すべきだ。条約に参加して、米国をはじめ保有国に廃絶への具体的な道筋を示すよう迫らなければならない。
 禁止条約は、被爆地の長年の訴えを形にしたと言えよう。国際司法裁判所(ICJ)が1996年に出した勧告的意見より踏み込んでいる。ICJは核兵器の使用は国際法違反かどうかを審理し、「使用と威嚇は一般的に国際法違反」と判断した。ただ、国家存亡に関わる自衛は「違法か合法か結論を出せない」と曖昧さも残した。
 この点、禁止条約は、国家存亡の機にあっても核兵器の使用は許されない、とした。さらに保有まで禁じたのは、核抑止論の全面否定でもある。
 ICJの審理で、当時の平岡敬広島市長や伊藤一長・長崎市長は、日本政府による「圧力」にも負けず、無差別で残虐な被害をもたらす核兵器は国際法違反だと明言。廃絶を求める国際的なうねりの原動力となった。今回の禁止条約で、被爆地が75年間求めてきた核兵器の非合法化がようやく結実する。
 今後、保有国がどんな言い訳をしようとも、条約発効後に核兵器を持っていれば、国際法違反となる。批准を撤回するよう複数の国に米国が圧力をかけたことが報じられた。発効すれば、廃絶を求める国際的な圧力が一層高まることを警戒したのだろう。追い詰められている焦りもあるのではないか。
 とはいえ、核なき世界までの道は平たんではない。米国やロシア、中国といった保有国が立ちふさがっている。核拡散防止条約(NPT)の第6条に定められた「核軍縮に向けて誠実に交渉する義務」に後ろ向きであるどころか、近年は小型核をはじめ「使える核」の開発に乗り出す国まである。看過できない。
 国防を建前に、軍備増強を図って相手国より優位な立場に立とうとしているだけだろう。核軍拡競争は人類全体を危険にさらすことを、米中ロの指導者は自覚する必要がある。
 被爆国の役割も改めて問われよう。保有国との「橋渡し役」を果たすと言うが、米国に忖度(そんたく)しているとしか見えない。国連総会に毎年出している核兵器廃絶決議案の内容が、トランプ政権発足の2017年から後退していることが、その証拠だ。
 政権与党の公明党が、発効後に開かれる条約締約国会議へのオブザーバー参加の検討を政府に要望した。被爆国の役割を果たすには、禁止条約に真剣に向き合わなければならない。
 条約では、核兵器の使用や実験の被害者への医療・心理、社会的、経済的支援や、核実験などで汚染された地域の環境改善も義務付けている。広島・長崎が蓄積してきた科学的な知見やノウハウを生かせそうだ。何ができるか考えていきたい。