クローズアップ 核兵器禁止条約1月発効 核なき世界へ「一歩」(その1)
  実効性確保に課題

                                   2020年10月26日 毎日新聞

核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けて開かれた国連安全保障理事会の公開会合
=米ニューヨークの国連本部で2020年2月26日、隅俊之撮影

 米露などの核保有国が反対する中、史上初めて核兵器の開発や保有、使用などを全面的に禁じる核兵器禁止条約が来年1月22日に発効することになった。停滞する世界の核軍縮を前進させる影響力を本当に持つものなのか。条約を推進した非核保有国や国際NGO、核保有国、そして「核の傘」に守られる被爆国・日本の動きは。【ニューヨーク隅俊之、ワシントン鈴木一生】
 「核軍縮にとって新たなページが開かれた。何十年にもわたる活動が、多くの人々が不可能だと言ってきたことを成し遂げた。核兵器は禁止された」。2017年にノーベル平和賞を受賞し、各国に批准を働きかけてきた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長は24日、条約が発効することの意義を強調した。
 批准したのは中南米やアフリカ、南太平洋の島国などが多い。南太平洋では米英仏が300回以上の核実験を行い、「死の灰」が降った。47番目に批准したツバルの国連大使は「放射能汚染が残した重荷を今も背負っている。この歴史を繰り返したくない」と語る。
 今年は広島・長崎への原爆投下から75年の節目で「核廃絶の機運を高めるために今年中に批准したいという国が多かった」(フィン氏)。ICANは約100カ国に570以上のパートナー団体を持ち、これらの団体が各国政府や国会議員に働きかけた。条約の訳文や批准法案の確認など、きめ細かく支援したという。
 条約では、核兵器の開発や製造、保有▽核兵器の使用や威嚇▽それらの援助▽国内への配備――などを幅広く禁止する。しかし、これは大枠に過ぎない。例えば核弾頭も搭載できるミサイル実験への協力や、核爆発を伴わないコンピューター上の実験など、違反行為の具体的な範囲は締約国会議で話し合うことになる。
 核保有国が条約の枠外にいる限り、実際の核兵器の廃絶は実現しない。フィン氏は、核兵器は「国際人道法に反する」と定める国際条約ができることで、核兵器の保有は「非常にまずいこと」との認識が広まると強調。そうした国際規範の圧力にさらされることで核保有国が事実上、使用や保有ができなくなる状態になっていくと指摘する。
 例えば米国は、対人地雷禁止条約(164カ国加盟)に参加せず、国際的な非難を浴びた。トランプ政権が撤回したものの、オバマ前政権は朝鮮半島以外での対人地雷の使用や製造をやめる方針を打ち出した。ICANの川崎哲国際運営委員は「核禁条約も同じように核保有国の行動の変化が期待できる」と指摘する。
 条約に実効性を持たせるため、ICANが「最初のステップ」とするのは、日本や北大西洋条約機構(NATO)加盟国など「核の傘」の下にある国々の参加だ。こうした国々を動かすことで核保有国の牙城を崩したい考えで、働きかけを強める方針だ。フィン氏は「被爆国の日本が参加すれば、核の傘に依存する他国も次々と核兵器を拒絶する引き金になる」と話す。
 スイスは安全保障上のリスクがまだあるとして条約を批准していないが、締約国会議にオブザーバーとして参加する意向だ。また、NATO加盟国で米国の「核の傘」に頼るベルギーは今月、中道左派の新政権が「条約が多国間の核軍縮にどのような弾みをつけられるのか検討する」と肯定的な立場を示した。国民の6割が参加を求める世論が政府に変化をうながした形だ。
 発効が決まったばかりの条約の「数の力」はまだ弱い。国連加盟国193カ国のうち、署名は84カ国・地域、批准も50カ国・地域で半数に満たない。ICANやオーストリアなどの推進国は来年1月の発効までに100カ国・地域以上の署名を達成し、国際社会の多数が条約に賛同するという状態を目指す。

米露9割、軍縮険しく
 現在の核不拡散や核軍縮の基盤である核拡散防止条約(NPT)は、米露英仏中に核兵器保有を認める代わりに「核軍縮に向けた誠実な交渉義務」を課している。だが、核軍縮は遅々として進まず、非核保有国のいらだちが核禁条約の採択や発効を後押しした。
 ストックホルム国際平和研究所によると、1月時点の世界の核兵器数は推計1万3400発。米露は昨年から計510発減らしたが、依然として9割以上の1万2175発を保有する。中国は30発増やし、世界3番目になった。英国も増やしており、全体では465発が減っただけだ。発射基地から撤去された大陸間弾道ミサイル・ピースキーパーの核弾頭部分。銀色の覆いの内部に、数発の核弾頭が搭載されている=米ワイオミング州で2005年9月、共同
 米露間の中距離核戦力(INF)全廃条約は昨年8月に失効した。米露で唯一残っている軍縮枠組み、新戦略兵器削減条約(新START)の期限切れは来年2月に迫る。1年延長の可能性が出ているが、米国はロシアが多数保有する短・中距離の戦術核の制限を求め、中国も含めた軍縮の枠組み構築を訴えている。
 米露の過去の核兵器を巡る交渉は数年はかかっており、中国外交関係者も「米国が中国と同じレベルに核弾頭を減らすまで、交渉に参加しない」と断言する。1年の延長が決まっても、米露交渉がまとまらず失効すれば、中国も含めた米露中による軍拡競争につながることが懸念される。

 核保有国は核禁条約が自国の核政策に影響することを懸念し、発効を阻止するための圧力も強めてきた。

 フランシスコ・ローマ教皇は2019年11月に広島と長崎を訪問。核保有を非難し、核禁条約にも言及した。条約交渉関係者によると、フランス政府関係者が教皇の日本訪問に先立ち、バチカンの関係者と面会し、核廃絶への強いメッセージを打ち出さないよう働きかけていたという。米国が条約をすでに批准した複数の国に対し、撤回を要求する書簡を送っていたことも判明。この条約交渉関係者は「旧植民地の国や貿易交渉で優位な立場にある国に対し、米英仏を中心にさまざまな圧力を加えている」と話しており、今後も参加国・地域が増えないよう圧力を加えるとみられる。
 NPTで核保有を認められている核保有5大国は「核禁条約は段階的な核軍縮を定めたNPT体制を脅かす」と主張している。全米科学者連盟の核問題専門家、ハンス・クリステンセン氏は、核保有国や「核の傘」に依存する国が核禁条約に参加するのは「現在の安全保障環境では期待できない」としつつ、「(偽善だと思われないように)核保有国は核軍縮のスピードを以前より速めなければならなくなった」と指摘する。
 オーストリアなど核禁条約の推進国は「核禁条約は核軍縮義務を定めたNPTを補完するもので、矛盾しない」と核保有国の批判に反論している。来年に延期された5年に1度のNPT再検討会議では核保有国が核禁条約を批判するとみられるが、逆にどこまで具体的な核軍縮に向けた道筋を示せるかが焦点になる。

 核兵器禁止条約1月発効 日本、オブザーバー参加検討を
  国連事務次長(軍縮担当上級代表)中満泉氏

インタビューに応じる中満泉・国連事務次長
=米ニューヨークの国連本部で2020年2月17日、隅俊之撮影
 
 国連創設75周年の日に批准が50カ国・地域に達したことは非常に記念すべきことで歓迎する。新型コロナウイルスの感染拡大にもかかわらず、他の軍縮条約と比べても遜色ないスピードで発効が決まったことは、核廃絶を求める各国の決意の強さを示している。核保有国は思いを受け止め、核拡散防止条約(NPT)が定める核軍縮の交渉義務という責任を果たしてほしい。日本が締約国会議に「オブザーバー参加」するかは日本政府が決めることだが、核兵器禁止条約はNPTに矛盾するのではなく補完するものだ。核禁条約に背を向けずに参加を検討し、核廃絶のため、どのような役割を果たせるのか各国と議論を深めてほしい。

核兵器禁止条約1月発効 核なき世界へ「一歩」(その2)
 米依存、日本板挟み 姿勢「あいまい」批判


 唯一の戦争被爆国である日本は中国や北朝鮮などの核の脅威を抱え、米国の「核の傘」に依存せざるを得ず、核禁条約に署名・批准せず距離を置く。だが、被爆者団体からの批判は強く、与党・公明党からも発効後に関与を強めるよう要望が出された。政府の「板挟み」状況は一層強まっている。
 岸信夫防衛相は25日、「核保有国が乗ることができないような条約になっており、有効性に疑問を感じざるを得ない」と山口市で記者団に述べ、その効果に疑問を示した。外務省幹部は条約について「核廃絶の目的は共有するが、安全保障環境が切実な国が条約に参加しない点は重視しなければいけない」と強調する。日本周辺では多数の核を保有する中露に加え、北朝鮮が急速に核ミサイル開発を進めている。条約に慎重なのは、米国の核で周囲の核の脅威に対抗する「核抑止」を重視しており、周辺各国も参加しなければ実効性がない、との理由からだ。
 日本は一方、唯一の被爆国として核の非人道性と核廃絶を掲げ、「核軍縮は段階的に進めるべきだ」と主張。15日には27年連続となる核廃絶を目指す決議案を国連総会第1委員会(軍縮)に提出した。だが、条約発効が現実となり、国内外から日本の姿勢は「あいまい」との批判を浴びている。
 こうした状況に危機感を抱いた公明党の山口那津男代表は21日、茂木敏充外相と会談し「この条約は広島、長崎の被爆者の思いが形になったものだ。何らかの貢献を検討してほしい」と述べ、条約発効後1年以内に開かれる「締約国会議」に日本がオブザーバー参加するよう要望した。議論に参加することで、核保有国と非保有国の「橋渡し役」を担うよう求めたもので、政府は対応を迫られる。【田所柳子、降旗英峰】

核兵器禁止条約を批准した国・地域
<アフリカ>南アフリカ、ナミビア、ナイジェリア、レソト、ガンビア、ボツワナ
<アジア>マレーシア、ベトナム、タイ、バングラデシュ、カザフスタン、ラオス、モルディブ
<欧州>オーストリア、サンマリノ、バチカン、アイルランド、マルタ
<中南米>ウルグアイ、ベネズエラ、メキシコ、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、セントクリストファー・ネビス、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、トリニダード・トバゴ、キューバ、エクアドル、ドミニカ、ボリビア、コスタリカ、ガイアナ、エルサルバドル、ベリーズ、アンティグア・バーブーダ、ジャマイカ、ホンジュラス
<中東>パレスチナ
<南太平洋>ニュージーランド、キリバス、フィジー、バヌアツ、クック諸島、パラオ、ニウエ、サモア、ツバル、ナウル