論点 再エネ政策の行方      2019年8月29日 毎日新聞

 今年も暑い夏が続く。世界的に気候変動への対応が急務となる中、政府のエネルギーや環境の戦略には、石炭火力発電や原発といった環境影響が大きいエネルギーが盛り込まれている。一方、政府は、再生可能エネルギーを推進してきた固定価格買い取り制度を大幅に縮小する方針だ。転換期に立つ日本のエネルギー政策を考える。

世界の潮流に背向ける日本 末吉竹二郎・WWF(世界自然保護基金)ジャパン会長

 日本のエネルギーや気候変動に関する戦略はまるで「古証文」のようだ。政府やエネルギー問題の専門家は「エネルギーの多様性とエネルギーミックスこそ最重要」と説くが、そうした考え方自体が時代遅れだ。パリ協定の誕生でエネルギーをエネルギーだけで考える時代は終わった。温暖化問題の解決につながらないエネルギーはやめようというのが世界の流れだ。
 この流れを支えるのが、再生可能エネルギーの急拡大だ。欧州では主役に成長し、省エネも加わって脱炭素化への道筋が見えてきた。2050年までの温室効果ガスの排出削減目標を100%へ引き上げる競争が始まり、国際機関によるさまざまなリポートが、この流れを強めている。
 ところが、日本はこの激変の時代に背を向ける。今年6月、国連に提出した長期戦略でも削減目標は「50年までに80%削減」にとどまる。昨年7月に政府が策定したエネルギー基本計画が掲げた再エネの導入目標は「30年度の発電量の22〜24%」と15年に示したものから一歩も踏み出していない。この数値は欧州諸国では昨年から一昨年に達成済みのレベルであり、政府の見方は思考停止といえる。
 もし民間企業が5〜6年前の市場データをもとに戦略を立てたら倒産だろう。最新データこそが命なのだ。現状維持の戦略では21世紀の国際競争には勝てない。かつて世界一を誇った日本の太陽光パネルメーカーが敗退し、ついに日本の風力発電機メーカーの国内生産が消えた現実を見れば、日本の再エネの立ち遅れは明白だ。
 世界の先進企業では「RE100(50年までに業務に使う電気すべての再エネへの置き換えを目指す企業)」が増えるなど、気候変動リスクを考えることが当たり前になってきた。気候変動が助長する自然災害は人々の日常生活だけでなく、ビジネスの基盤も壊す。昨年の西日本豪雨でも、交通、物流、観光、農業などのビジネスが大きく阻害された。ビジネスが自らの基盤を守るために温暖化対応に真正面から取り組む時代なのだ。
 政府が温暖化への対応に本気で取り組まなければ、多くの企業も「その程度でいい」と考え、対応が遅れるだけでなく、温暖化対応に真剣に取り組む先進企業でも「やる気のない国の企業」として世界のサプライチェーンから排除されたり忌避されたりする恐れが高まる。やる気のある企業の足を引っ張るのではなく、パリ協定の実現を目指す日本企業を守り育てるのが政治の使命だろう。しかし、政府の対応や戦略からは切迫感と本気度が伝わってこない。
 世界を動かし始めたスウェーデンの少女、グレタ・トゥーンベリさんは、温暖化対策を進めない大人たちに「カテドラル・シンキング(大聖堂的思考)」を求める。欧州の大聖堂は何百年もかけて建設される。その例にならって、目先の損得や、自分の任期ではなく、子どもや将来世代のために超長期的な視野でものを考え、行動してほしいという意味だ。大変革時代に日本が生き残るためにも、政府やビジネスのリーダーたちに、グレタさんの言葉を贈りたい。【聞き手・永山悦子】

石炭・原発併用で時間稼ぎ 橘川武郎・東京理科大大学院教授

 大量の二酸化炭素(CO2)を排出する石炭火力と、危険性が高い原発は、主要国ではともに嫌われている。どちらに対しても「ゼロにせよ」との主張が聞かれる。だが、国内資源の乏しい日本で、石炭火力と原発の両方を一気にゼロにすれば、その瞬間に国民生活は成り立たなくなる。再生可能エネルギーの比率を増やしても、石炭火力と原発の分を全て再エネで賄うことは現実的ではない。
 今世界で問われているのは「石炭か原発か」の選択だ。脱原発をうたうドイツは石炭火力に頼り、フランスは石炭火力を捨てる代わりに原発を維持している。日本はどちらかを選ぶのではなく、今世紀前半までは石炭も原発も使い続けながら双方の依存度を下げ、再生可能エネルギーが主力電源化するまでの時間を稼ぐべきだ。
 政府は昨年7月に改定したエネルギー基本計画で、2030年度時点で電力供給の56%を火力発電(液化天然ガス=LNG=27%、石炭26%、石油3%)、20〜22%を原発で賄うとした。再エネについては22〜24%にとどめている。
 ところが政府は今年6月に閣議決定した地球温暖化対策長期戦略で「50年までに温室効果ガスの排出量を80%減らす」とした。この目標は火力発電を全廃しなければ達成できない。鉄鋼生産などによる一定のCO2排出は、50年時点でも避けられないためだ。
 二つの政府方針には矛盾があるが、世界の電力の約4割を石炭火力が占めており、日本も急激に「脱石炭」を進めるのは難しいという事情がある。CO2排出の少ないLNGの比率を上げ、石炭を下げる道はあるが、火力発電全体の比率を大きく変えるのは困難だ。
 一方、昨今のホルムズ海峡の危機を考慮すれば、原発はエネルギー安全保障の観点から最低限残さざるを得ない。だが、エネルギー基本計画の「20〜22%」は非現実的だ。実現には既存の原発30基の再稼働が必要だが、現在の日本では20基の再稼働も無理だろう。
 私は原発の危険性を最小化するため、国民の理解を得た上で既存の原発のうち数基を最新鋭のものに建て替え、古いものを廃炉にすべきだ、と主張している。だが、仮に建て替えが実現しても、原発で賄えるのは15%が限度。建て替えがなければ10%に満たない。
 原発比率が下がる分は、再生可能エネルギーの上積みで補うべきだ。基本計画で「再エネの主力電源化」をうたいながら、電源比率を22〜24%に抑えているのはおかしい。30年度時点で再エネの比率を30%に引き上げることは可能だろう。しかし、その程度では、再エネは原発比率を下げた分の穴埋めまではできても、30年度時点で石炭火力の分まで補うのは無理だ。
 日本が石炭火力を使い続けるなら、前述の長期戦略における「50年までに温室効果ガス排出量を80%削減」を国内で達成するのは難しい。その分、海外でのCO2削減に貢献するしかない。日本には効率よく石炭を燃やす高い技術がある。CO2を回収して地下に貯留する「CCS」という技術もある。これらを海外に移転することで地球温暖化問題に貢献すべきだ。【聞き手・尾中香尚里】

地域分散へガイドラインを 鈴木康友・浜松市長

 2011年の東京電力福島第1原発事故でエネルギー政策の大転換が起き、発電した電気を電力会社が決まった価格で一定期間買い取る「固定価格買い取り制度(FIT)」が実施されたが、再生可能エネルギーの普及には有効な手段だった。今や太陽光発電事業は成熟しつつあり、発電施設の適地も少なくなってきている。
 そんな中、経済産業省が大規模な施設を構える事業用で、FITの廃止を検討しているのは自然な流れだろう。FITで割高な電気を電力会社が買い続ければ、そのまま利用者の負担に跳ね返る。欧州でも市場価格をにらんだ入札制度が導入されている。日本の再エネが、次の段階に踏み出そうとしている時だと感じている。
 望ましい電源構成「ベストミックス」を現実的に考えると、電気を安定して供給するには原子力をゼロにすることはできない。ただし、新たな原発の建設が許される状況ではなく、既存の原発はいずれ耐用年数が過ぎれば廃炉になるので、政策的に減らさなくても段々と減っていくとみている。
 地球温暖化対策で二酸化炭素の削減を考えると、火力に頼るわけにはいかない。一方、再エネの分野では、情報技術や太陽光で発電した電気を充電して夜間に使うための蓄電池が活用されつつあり、今後も増えていくだろう。
 再エネは地域分散型なので、自治体に求められる役割は大きくなってくる。地域の特性に応じて市町村長が再エネについて理解し、旗振り役をする必要がある。まず「ちゃんとやるぞ」という覚悟を示さないと、事業者も付いてこないのではないか。
 浜松市は13年、20年度までに市内の再エネと自家発電設備による電力の自給率を10・7%にするという目標値を示した。役所内には、技術的な相談に乗ったり地権者や地元住民との調整に入ったりする新たな担当課を作り、建設会社など地元企業が参入しやすいようにした。また、市が一部出資する「浜松新電力」を設け、市内の太陽光発電所から電気を買い取って公共施設に売電するなどしている。
 その結果、日照時間が国内一ということもあるが、太陽光の発電出力量が日本一になり、自給率の目標値も前倒しで達成した。多くの地元企業が参入できたことで「エネルギーの地産地消」だけでなく、お金も地域で回っている。
 欧州では小水力発電が見られるが、発電施設の整備費用や維持管理、水利権など考えると、日本では難しい。地熱も適地が限られる。これからは、太陽光が一巡して風力やバイオマスへ徐々に移っていくことになるだろう。そうなると、例えば洋上風力なら漁業への影響、陸上風力なら騒音問題など、太陽光以上にいろいろな制約や設置条件が増えてくる。これまで以上に自治体の調整能力が問われるのではないだろうか。
 しかし、そこが事業者や自治体任せだと再エネが進まない恐れがある。国がガイドラインでしっかりとした方向性を示してくれれば、地域の現場も汗をかいて取り組みやすくなる。【聞き手・奥山智己】

主力電源化うたうが
 現在の政府のエネルギー基本計画は、2030年度の発電全体の76〜78%を原子力と化石燃料で賄い、再生可能エネルギーは22〜24%とする。また、20年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」への貢献を目指し、政府が今年まとめた長期戦略は、再生可能エネルギーの主力電源化をうたう一方、原子力と火力の存続を前提とした。再エネの固定価格買い取り制度の見直しでは、大規模太陽光発電などが今後除外される見通しだ。

■人物略歴

  すえよし・たけじろう
 1945年生まれ。東京大経済学部卒。三菱銀行入行、日興アセットマネジメント副社長などを歴任した。2018年から現職。国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問も務める。

■人物略歴

  きっかわ・たけお
 1951年和歌山県生まれ。東京大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同大教授、一橋大大学院教授などを経て2015年4月から現職。専門はエネルギー産業論。経済学博士。

■人物略歴

  すずき・やすとも
 1957年生まれ。慶応大法学部卒。松下政経塾などを経て現職。旧民主党の衆院議員だった時、自民党などが提出して2002年に成立したエネルギー政策基本法の審議を担当。