社説 中東海域へ自衛隊 海外派遣、なし崩しの危うさ 朝日新聞 201912月28

 派遣の必要性にも、法的根拠にも疑義がある。何より国会でまともに議論されていない。自衛隊の海外活動の歴史の中で、かくも軽々しい判断は、かつてなかったことだ。
 安倍政権がきのう、米国とイランの対立が深まる中東海域への自衛隊派遣を正式に決めた。イランとの友好関係を損なわないよう、米主導の「有志連合」には加わらず、独自派遣の体裁こそとったが、対米配慮を優先した結論ありきの検討だったことは間違いない。

■明らかな拡大解釈
 派遣の根拠は、防衛省設置法4条にある「調査・研究」だ。日本関係船舶の護衛をするわけではなく、目的はあくまでも安全確保に必要な情報収集態勢の強化だという。これなら防衛相だけの判断で実施でき、国会の承認は必要ない。
 しかし、4条は防衛省の所掌事務を列挙した規定に過ぎない。「調査・研究」は主に、平時における日本周辺での警戒監視に適用されている。
 日本をはるか離れ、しかも緊張下にある中東への、長期的な部隊派遣の根拠とするのは、明らかな拡大解釈だ。
 一方、現地で日本関係船舶を守る必要が生じた場合は、自衛隊法に基づく海上警備行動を発令して対処する方針も決められた。限定的とはいえ、武器の使用も許される。政府は今のところ、防護が必要な状況にはないというが、いったん派遣されれば、なし崩しに活動が広がる懸念が拭えない。
 連立与党の公明党は当初、「調査・研究」名目に難色を示したが、閣議決定という手続きを踏むことや、派遣期間を1年と区切り、延長の際は再度閣議決定して国会に報告することなどが盛り込まれると、あっさり追認した。しかし、これらが活動の歯止めとして有効に機能するとはとても思えない。

■国会論議を素通り
 憲法9条の下、専守防衛を原則とする戦後日本にとって、自衛隊の海外派遣は常に重い政治テーマだった。
 「私は閣議決定にサインしない」。1987年、イラン・イラク戦争でペルシャ湾に敷設された機雷除去のため、海上自衛隊の掃海艇派遣をめざした中曽根康弘首相を、後藤田正晴官房長官はそう言って翻意させた。
 しかし、91年の湾岸戦争後のペルシャ湾への掃海艇派遣を転機に、自衛隊の海外での活動が繰り返されるように。そのつど9条との整合性が問われたが、時の政権は対米関係を優先し、自衛隊の活動領域をじわじわと拡大させてきた。
 米国が同時多発テロへの報復としてアフガニスタンを攻撃するとインド洋に海自を派遣し、米艦に給油した。イラク戦争の際は「非戦闘地域」と主張して復興支援活動を行った。
 ただ、これらは根拠となる特別措置法をつくっての対応であり、強引ではあったが、国会を舞台に国民の前で激しい議論を経ていた。既存の法律を無理やり当てはめた安倍政権の今回の手法は、それ以上に乱暴と言わざるをえない。
 政府は現地で米国と緊密に情報共有を進める方針で、この時期の派遣決定も、本格化する有志連合の活動と足並みをそろえる狙いがうかがえる。いくら、日本独自の取り組みであると強調しても、米国と一体の活動と受け止められる可能性は否定できない。
 安倍首相は先週、来日したイランのロハニ大統領に対し、自衛隊派遣の方針を直接説明し、「理解」を得たとされる。
 しかし、6月にホルムズ海峡近くで日本関係船舶など2隻が被害を受けた件も、いまだに誰が攻撃したのかはっきりしていない。軍事組織の派遣が現地の人々を刺激し、無用な敵を生み出す恐れもある。イラン国内にしても、革命防衛隊には強硬派もおり、一枚岩ではないと見られている。

■外交努力の徹底を
 日本から遠く離れた中東海域には、国内の監視の目が届きにくいことも懸念材料だ。
 現地情勢の悪化を受け、陸上自衛隊の部隊を撤収させた南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の教訓を忘れてはいけない。派遣後に内戦状態に陥ったが、防衛省はその事実を認めようとせず、部隊の「日報」は隠蔽(いんぺい)された。これでは情勢の変化に対応できない。
 そもそも今回の緊張の発端は、トランプ米政権が昨年、イランの核開発を制限する多国間の合意から一方的に離脱したことにある。事態の打開には、米国側の歩み寄りが不可欠だ。
 日本は原油の大半を中東地域から輸入している。緊張緩和のため一定の役割を果たす必要はあるだろう。だが、それが自衛隊の派遣なのか。米国の同盟国であり、イランとも友好関係を保つ日本には、仲介者としてできることがあるはずだ。
 この問題に軍事的な解決はない。関係国とともに外交努力を徹底することこそ、日本が選ぶべき道である。

社説 海自の中東派遣 緻密な計画で万全の運用を    読売新聞 2019年12月28日

 中東の海上交通路の安全確保に自衛隊が貢献する意義は大きい。緻密(ちみつ)な計画を立て、万全の態勢で臨まねばならない。
 政府は閣議で、防衛省設置法の「調査・研究」の規定に基づき、海上自衛隊の部隊の中東への派遣を決めた。情報収集活動を強化する。
 護衛艦1隻を派遣するほか、ソマリア沖で海賊対処にあたる哨戒機2機を活用する。部隊は260人規模で、期間は1年間だ。
 中東は、米国やサウジアラビアがイランと対立し、緊張した状況が続く。年間数千隻の日本関連の船舶が周辺海域を通航している。日本が地域の安定に主体的にかかわるのは当然である。
 派遣部隊は、オマーン湾やアラビア海北部などの公海で、日本の船舶の航行状況を確認するほか、不審な船の情報収集にあたる。
 既に米国や英国、豪州などは、米主導の枠組みで艦艇などを派遣している。フランスなど欧州各国も独自の取り組みを検討中だ。
 防衛省は、情報交換のための連絡員を米軍に派遣する。関係国と緊密に連携し、危険な兆候の把握に努めなければならない。
 問題は、日本のタンカーなどが攻撃される事態だろう。政府は派遣計画に、現地で不測の事態が発生した場合、自衛隊に海上警備行動を発令する、と明記した。
 情報収集に特化した「調査・研究」では、海自は日本の船舶を護衛できず、仮に攻撃されても、武器を使って守ることができない。自衛隊員の負担は大きい。
 海上警備行動では、武器使用が認められる。政府は発令基準を事前に決めておくべきだ。民間船からの救難要請が想定されよう。
 哨戒機は1月下旬、海自艦は2月中に活動を開始する。
 自衛隊は、具体的な活動内容や、武器使用の範囲を定めた部隊行動基準をつくり、適切に任務を遂行することが求められる。
 自衛隊が襲撃された場合、装備を守る自衛隊法の武器等防護の規定に基づき、応戦することになろう。様々な状況を想定し、訓練を重ねることが大切だ。
 現地での円滑な活動のためには、護衛艦と哨戒機の補給・整備地の選定も進める必要がある。
 派遣計画には、更なる外交努力の重要性も盛り込んだ。
 日本は、長年友好関係にあるイランと、米国の橋渡し役を引き続き果たすべきである。来月には、安倍首相がサウジアラビアなどを訪問する予定だ。中東全域の緊張緩和に寄与したい。
社説 自衛隊の中東派遣決定 結論ありきに疑問が残る 毎日新聞 2019年12月28日

 海上自衛隊の中東派遣が閣議決定された。米国主導の海洋安全保障イニシアチブ(有志連合)に参加すれば、イランとの友好関係が立ちゆかなくなる。そのため有志連合とは一線を画す独自派遣の形をとった。
 しかし、ホルムズ海峡付近で日本企業が運航するタンカーが攻撃されたのは6月だ。その後、情勢は落ち着いている。なぜ派遣が必要なのか。米国の顔を立てるため、結論ありきで検討が進んだ印象は拭えない。
 疑問が残るのは、防衛省設置法の「調査・研究」を派遣の根拠規定としたことだ。日本周辺の海域・空域で自衛隊が普段行う警戒監視活動などの根拠とされている。
 調査・研究名目の情報収集活動であれば、イランに軍事的圧力をかける意図はないと説明しやすい。だが、海外に軍事力を派遣する重い政治決断の法的な裏付けとしては軽すぎる。あまりにアンバランスだ。
 護衛艦の活動海域はアラビア海北部からオマーン湾までとし、ホルムズ海峡とその奥のペルシャ湾を除外したのもイランへの配慮だ。危険度の高い海域には入らず、情勢の変化を見極める思惑もあろう。
 それでも広大な海域だ。日本関連の船舶が攻撃される事態になれば海上警備行動を発令するというが、護衛艦1隻では限度がある。
 護衛艦の到着は来年2月になる見通しだ。いくら中立の体裁をとっても、実態は米国の同盟国としての活動が中心になる。収集した情報は米海軍と共有し、事実上、有志連合と連携していくとみられる。アデン湾で海賊対処に当たってきたP3C哨戒機も新たな任務を兼ねる。
 安倍政権としては米国への「お付き合い」程度にとどめたつもりでも、敵対勢力からは「米軍と一体」とみなされ、日本が紛争当事者となりかねないリスクがある。
 だからこそ、軍事力を動かすときには厳格な法治とシビリアンコントロール(文民統制)が求められる。国会でほとんど審議せずに閣議決定した政権の姿勢は問題だ。国会での継続的な検証を求めたい。
 そもそもホルムズ海峡の治安が悪化したのは、米国がイラン核合意から離脱したことに端を発している。緊張を緩和するための平和的な外交努力を継続すべきだ。

主張 海自の中東派遣 「日本の船守る」第一歩だ  産経新聞 2019年12月28日

 政府が海上自衛隊の中東派遣を閣議決定した。河野太郎防衛相は自衛隊に派遣準備を命じた。
 中東情勢の悪化を踏まえ、護衛艦と哨戒機が日本関係船舶の安全確保のための情報収集を行う。不測の事態の際は、海上警備行動を発令して日本関係船舶を保護する。
 日本は原油輸入の約9割を中東地域に依存する。派遣は、日本向けタンカーなどを日本自ら守る努力の第一歩であり、評価したい。「自国の船は自国が守る」のは当然のことだ。
 平成3年の掃海艇のペルシャ湾派遣以来、多くの自衛隊の海外派遣があった。これらは国際貢献が主な目的だった。今回の派遣は国益を守ることを第一義的な目的とする点が特徴だ。
 護衛艦は来年2月上旬に日本を出航し、哨戒機は1月下旬に現地で活動を開始する見通しだ。万全の準備を整えて臨んでほしい。
 派遣の背景として、今年6月にホルムズ海峡周辺で、日本の海運会社が運航するタンカー(パナマ船籍)が何者かに攻撃された事件がある。さらに、トランプ米大統領が、日本や中国に自国船を自ら守るよう促したことがある。
 日本は、同盟国米国が主導する「海洋安全保障イニシアチブ」(有志連合)などの枠組みには参加しない。米国と対立するイランとも友好関係にあり、双方に配慮した。そうであっても米軍との情報共有、連携は極めて重要だ。
 総合的に考えれば派遣は妥当だが課題もある。対象海域から、航行が集中するペルシャ湾とホルムズ海峡を外してしまった。領海が多く、そこで情報収集活動をすれば、航行の条件である無害通航でなくなるからだという。沿岸国から許可を得る努力をしたのか。
 また政府は、海上警備行動を発令しても、自衛隊が武器を使って守れるのは国際法上、日本籍船だけだとしている。
 日本人が乗船していたり、日本の会社が運航したり、日本向けの重要な積み荷を輸送中の外国籍船も「日本関係船舶」として保護の対象に含むが、自衛隊は武器を使用せずに守るしかないという。
 そのような国際法または法解釈は国益と人道に反し、おかしい。必ず武器使用するわけではないが、使わないと守れない場面に遭遇したら見殺しにするのか。安倍晋三首相や防衛省は現場指揮官に負担を押しつけてはならない。

 社説 自衛隊の中東派遣 国会の統制欠く危うさ   東京新聞 2019年12月28日

 政府が中東地域への自衛隊派遣を閣議決定した。調査・研究が名目だが、国会の議決を経ない運用は、文民統制の観点から危ういと言わざるを得ない。
 自衛隊の中東派遣は、日本関係船舶の航行の安全確保のため、防衛省設置法4条の「調査・研究」に基づいて実施される。
 活動領域はオマーン湾やアラビア海北部、アデン湾の3海域。海上自衛隊の護衛艦一隻を派遣し、アフリカ・ソマリア沖で海賊対処活動に当たるP3C哨戒機二機とともに、海域の状況について継続的に情報収集する。派遣期間は1年で、延長する場合は改めて閣議決定する、という。

◆米追随、イランにも配慮
 自衛隊派遣のきっかけは、トランプ米大統領が、ペルシャ湾やホルムズ海峡などを監視する有志連合の結成を提唱し、各国に参加を求めたことだ。米軍の負担軽減とともに、核問題で対立するイランの孤立化を図る狙いだった。
 しかし、イランと友好関係を築く日本にとって、米国主導の有志連合への参加は、イランとの関係を損ないかねない。
 そこでひねり出したのが、有志連合への参加は見送るものの、日本が独自で自衛隊を派遣し、米軍などと連携して情報共有を図るという今回の派遣方法だった。
 急きょ来日したイランのロウハニ大統領に派遣方針を説明し、閣議決定日も当初の予定から遅らせる念の入れようだ。自衛隊の活動範囲からイラン沖のホルムズ海峡を外すこともイランへの刺激を避ける意図なのだろう。
 米国とイランのはざまでひねり出した苦肉の策ではあるが、トランプ米政権に追随し、派遣ありきの決定であることは否めない。
 そもそも、必要性や法的根拠が乏しい自衛隊の中東派遣である。

◆船舶防護の必要性なく
 中東地域で緊張が高まっていることは事実だ。日本はこの地域に原油輸入量の九割近くを依存しており、船舶航行の安全確保が欠かせないことも理解する。
 とはいえ、日本関係船舶の防護が直ちに必要な切迫した状況でないことは政府自身も認めている。
 そうした中、たとえ情報収集目的だとしても、実力組織である自衛隊を海外に派遣する差し迫った必要性があるのだろうか。
 戦争や武力の行使はもちろん、武力による威嚇も認めていない憲法9条の下では、自衛隊の海外派遣には慎重の上にも慎重を期すべきではないのか。
 調査・研究に基づく派遣は拡大解釈できる危うさを秘める。米中枢同時テロが発生した2001年当時の小泉純一郎内閣は、法律に定めのない米空母の護衛を、この規定を根拠に行った。
 今回の中東派遣でも、現地の情勢変化に応じて活動が拡大することがないと断言できるのか。
 日本人の人命や財産に関わる関係船舶が攻撃されるなど不測の事態が発生し、自衛隊による措置が必要な場合には、海上警備行動を新たに発令して対応するという。
 この場合、自衛隊は武器を使用することができるが、本格的な戦闘状態に発展することが絶対にないと言い切れるのだろうか。
 最大の問題は、国権の最高機関であり、国民の代表で構成される国会の審議を経ていないことだ。国会による文民統制(シビリアンコントロール)の欠如である。
 自衛隊の海外派遣は国家として極めて重い決断であり、そのたびに国会で審議や議決を経てきた。
 国連平和維持活動(PKO)協力法や、インド洋で米軍などに給油活動するテロ対策特別措置法、イラクでの人道支援や多国籍軍支援を行うイラク復興支援特措法、アデン湾で外国籍を含む船舶を警護する海賊対処法である。
 自衛隊の活動を国会による文民統制下に置くのは、軍部の独走を許し、泥沼の戦争に突入したかつての苦い経験に基づく。
 日本への武力攻撃に反撃する防衛出動も原則、事前の国会承認が必要だ。自衛隊を国会の統制下に置く意味はそれだけ重い。
 今回の中東派遣では、閣議決定時と活動の延長、終了時に国会に報告するとしているが、承認を必要としているわけではない。

◆緊張緩和に外交資産を
 国会の関与を必要としない調査・研究での派遣には、国会での説明や審議、議決を避け、政府の判断だけで自衛隊を海外に派遣する狙いがあるのだろうが、国会で説明や審議を尽くした上で可否を判断すべきではなかったか。
 閣議決定にはさらなる外交努力を行うことも明記した。米イラン両国との良好な関係は日本の外交資産だ。軍事に頼ることなく緊張を緩和し、秩序が維持できる環境づくりにこそ、外交資産を投入すべきだ。それが平和国家、日本の果たすべき役割でもある。