検証 迷走 陸上イージス                     毎日新聞 2019年12月27日 東京朝刊

 政府が秋田、山口両県で進めている陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画が迷走している。防衛省の資料の誤りや説明ミスが相次いで発覚し、秋田では地元住民が強く反発。政権内には候補地とした陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)の見直し論も浮上している。影響は山口にも波及し、12月から始まった地元向けの説明で県や地元自治体は慎重姿勢を示した。政府が当初目指していた2023年度の配備はずれ込む見通しだ。

 秋田・新屋 見直し論も
 「新屋についてもしっかりと再調査した上でゼロベースで評価する方針に変わりはない」。河野太郎防衛相は13日の記者会見で、秋田での候補地である陸自新屋演習場の見直し論を打ち消すように従来通りの姿勢を強調した。
 防衛省は秋田、山口両県で陸自演習場を配備先として「適地」とする考えを地元に説明したところ、6月に資料の誤りが相次いで発覚した。秋田では地元住民に対する説明の際、同席していた東北防衛局の職員が居眠りをし、住民の反発をさらに強める結果となった。岩屋毅防衛相(当時)が両県を訪問して謝罪し、再調査を開始。調査内容について検討する有識者会議も新たに設置し、専門家からの了承を得た上で地元の説得に当たる手順をとった。
 東日本での配備先は、新屋のほか、青森や山形の国有地など19カ所も加え、民間業者に委託するなどして再調査を進めている。ただ、新屋は日本海に面しており、レーダーなど施設の配備に必要な広さが確保できる。また、既に陸上自衛隊が使用しているため、別の土地に新たに自衛隊施設を整備する手続きや時間を省くことができることから「適地」になった背景がある。
 しかし、7月の参院選秋田選挙区では自民候補が、新屋への配備反対を訴える野党候補に敗北。防衛相経験者からも「理解を得られていない状況で、配備を押し切るのは不健全だ」との声も上がるようになった。
 そうした実情を踏まえ、政府関係者からは「地元の了解がないと難しい。防衛省のずさんさがあらわになって、ひっくり返すのは至難の業だ」と新屋の見直し論も浮上している。防衛省幹部も「今は再調査をしている段階だが、地元の反応を見たら新屋が難しいのはその通りだ」と認める。
 菅義偉官房長官が11月、首相官邸で秋田県の佐竹敬久知事と面会した際に、「住宅地との距離は重要な考慮要素だ」と防衛省への指示内容を明らかにしたことも、市街地に近い新屋での配備見直しを後押しする材料になっている。
 北朝鮮が弾道ミサイル発射を再開する中、政府はミサイル防衛を重要施策と位置づけている。来年度予算案では、アショアの発射台の取得費115億円を計上したが、敷地の造成費など配備地を前提とした費用は見送った。
 秋田での配備について防衛省は来年3月ごろに再調査結果をまとめ、候補地を絞る予定だが、新屋で確定させることが難しい一方、新屋を外して他の候補地を選べば、山口での配備先を刺激し、反発の連鎖を招く懸念がある。【田辺佑介】
 

 「配備反対」全県に
 新屋演習場への配備計画で秋田県などが問題視しているのが、隣接する住宅地との距離だ。防衛省が配備候補地とした青森、秋田、山形の3県20カ所のうち同演習場は周辺に住宅街が広がり、県庁には約3キロ、レーダー設備と高校との距離は700メートルと近い。
 しかし、当初は演習場と生活域との近さが問題視されていたわけではなかった。政府が同演習場への配備を念頭に陸上イージス導入を閣議決定した2017年12月以降、地元には「受け入れやむなし」の声もあった。一部住民らが「住宅地に近く危険」などと撤回を求めたが、県と秋田市は判断を見送っていた。
 新屋演習場を「唯一の適地」とした防衛省の調査報告書に誤りが見つかったのは、県と市が受け入れ可否の検討に入った直後の6月上旬だった。佐竹敬久県知事らが不信感を募らせる中、東北防衛局職員の居眠りや、別のずさんなデータの発覚で「新屋ありきだったのでは」との疑念が噴出。同演習場配備に反対する機運が県内全域に広がった。
 6月下旬に初めて、能代市議会が計画撤回を求める請願を採択すると、同様の陳情が県内の残り全市町村議会に出されるなどし、請願・陳情を採択した議会は20日までに過半数の17に上った。市民団体の署名運動も5400筆を超えた。
 政府は「ゼロベースで検討する」とした後の候補地の再選定でも、新屋への配備を視野に入れている。だが、佐竹知事は「(新屋は)無理だと確信を持っている」と語り、23日の定例会見でも「(配備の)状況をなくすように頑張る必要がある。政治生命がかかる」と覚悟を示した。秋田市の穂積志市長も「私たちはこの2年間、非常に混迷をしてきた。市民も賛否で二分された」と不満をあらわにした。
 秋田県には他に候補地が4市9カ所あるが、新屋以外でも反対運動の活発化が避けられない見通しだ。一方、青森県や山形県には、政府から新たな候補地選定の連絡はないという。これら10カ所の両県7市町村や地方議会も「新屋の行方」を見守っている状況で、配備への賛否も表明していない。【川口峻、中村聡也、井川加菜美、長南里香】

 山口、広がる警戒感
 秋田県の状況を受け、もう一つの配備候補地である陸上自衛隊むつみ演習場(山口県萩市、阿武(あぶ)町)の地元では戸惑いや反発の声が上がっている。
 「秋田と山口のセットで国を守るということだった。新屋に配備しないなら、山口の意義を確認する必要がある」。17日、県庁で山本朋広副防衛相との面談を終えた山口県の村岡嗣政(つぐまさ)知事は、秋田での動きを見守る考えを示した。
 防衛省は、同演習場を「適地」とした調査報告書で、高台の標高が国土地理院のデータなどと異なっていたことから、再調査を実施。山本副防衛相は「安全に配備、運用できる」と結果を報告した。
 しかし、賛否を保留する萩市の藤道健二市長は「新屋の配備が決まらないうちは態度を表明しない」と強調。配備に反対する阿武町の花田憲彦町長は、秋田での見直しで菅義偉官房長官や河野太郎防衛相が住宅地との距離を考慮する考えを示していることに触れ「全くその通りだ。むつみ演習場でも事の本質は変わらない」と候補地からの除外を求めた。
 「なぜ山口では他の候補地を探さないのか」。19~22日に両市町で開かれた住民説明会でも批判の声が相次いだ。防衛省側は「県内で条件を満たすのはむつみだけだった」と従来の説明を繰り返すだけで、藤道市長は「(秋田の)新屋演習場以外が配備候補地になれば(山口の)住民への説明は必要だ」と注文を付けた。【遠藤雅彦】