記者の目 

沖縄県知事選と日本の安保政策
 国民が基地考える契機に=上野央絵(オピニオングループ)

                       毎日新聞20181025

辺野古の埋め立て工事は進んでいるが、未着手のキャンプ・シュワブ沿岸部東側には工事の障害となる軟弱地盤があるとされ、沖縄県側が知事権限を行使して埋め立てを阻止する可能性がある。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、防衛省が埋め立て工事再開に向け、沖縄県による埋め立て承認撤回への対抗措置に踏み切った。しかし、玉城デニー知事を誕生させた先月の知事選の結果は、国の沖縄政策のあり方に対する異議申し立てだ。県民に歓迎されない基地の新設は、沖縄の負担軽減にならないばかりか、日米同盟の抑止力を損ねる。安倍晋三政権は沖縄県との対話を続けて一致できる打開策を見いだし、本土も含めた日本全体における真の同盟強化につなげるべきだ。

「アメとムチ」は時代錯誤の手法

「異議申し立て」とは何か。玉城氏は1972年の本土復帰以来最多の約39万票を獲得し、安倍政権が全面支援した佐喜真淳前宜野湾市長を約8万票の大差で破った。両陣営に聞くと、主な要因として浮かんできたのは、佐喜真氏陣営が辺野古移設の是非に触れない一方で、国との協調による経済振興を強調した戦術だ。この結果、振興策と引き換えに基地を受け入れさせる政権の「アメとムチ」の手法への拒否感が高まった。玉城氏陣営関係者は「辺野古推進は間違いないのに、一言も言わないという態度があまりに見え透いていた」と指摘。佐喜真氏陣営関係者も「いっそのこと『辺野古推進だが政府に条件を付ける』とでも言えばよかった」と反省した。 「本土との格差是正」が目的だった国の沖縄振興策が、民主党政権を境に「自立経済の構築」へと変わりつつある実情も背景にある。72年から10年計画で4回にわたり国が振興策をつくってきたが、2012年からの計画は初めて県が策定した。一方で国は県の要望を取り入れ、沖縄振興が「日本再生の原動力にもなり得る」とする基本方針を決定。沖縄独自の一括交付金の創設も盛り込んだ。 「辺野古」を語らなかった佐喜真氏への不信感は、「普天間の危険性を除去する唯一の選択肢」という紋切り型の説明を繰り返す安倍政権の姿勢に対する不信感の反映でもある。国が進める辺野古移設計画は「普天間代替施設」と言いながら、大型船が接岸できる護岸、航空機に弾薬を積む作業場など、現在の普天間飛行場にはない機能が幾つも加わっている。新基地建設にほかならないではないか、との疑問に対し、国は正面から答えていない。 そもそも「日米安保体制を認める」と明言する玉城氏を支持した県民の大勢は、「辺野古反対」を足がかりに在沖米軍基地の全面撤去につなげようなどとは考えていない。求めているのは、国の納得のいく説明と、日米安保のあり方に対する全国的な議論だ。玉城氏が米海兵隊訓練の海外移転を求める考えを打ち出した背景には、「(施設面積が広く人数の多い)海兵隊だけでも出ていってくれれば負担感は相当軽減される」という県内世論がある。玉城氏を支持する労組幹部は「極東の要である空軍の嘉手納基地は米軍が絶対離さないだろう。ならば、せめて海兵隊はどいてくれということだ」と語る。

政府は在日米軍存在意義説明を

 日米安保のあり方を巡っては、本土側でも沖縄県同様に「ひとごとではない」と切実な関心を持つ人は徐々に増えていると思う。例えば、陸上自衛隊オスプレイの配備計画を受け入れた佐賀県だ。沖縄県・尖閣諸島など離島防衛専門の「水陸機動団」(長崎県佐世保市)の移動手段として、佐賀空港(佐賀市)に陸自オスプレイ17機を配備する計画である。安倍政権は14年の前回沖縄県知事選前に、辺野古埋め立てを承認した仲井真弘多知事(当時)を支援すべく、「沖縄の負担軽減策」として佐賀県に対し、陸自オスプレイと共に普天間所属の米海兵隊オスプレイの暫定的受け入れもあわせて要請した。しかし、米側が難色を示すと訓練移転にトーンダウンした。知事選で辺野古反対の翁長雄志前知事が当選し、国と県の対立が決定的となると、普天間オスプレイについては要請自体をいったん取り下げた。 当の佐賀県内では、16年末の名護市沖オスプレイ不時着・大破を機に、配備予定地の周辺住民を中心に懸念が高まった。今年2月の陸自ヘリが民家に墜落する事故も影響し、佐賀県は8月に受け入れを正式表明したが、地権者との交渉は進んでいない。既に計画は当初予定より大幅に遅れている。県は、沖縄の負担軽減のための協力要請が今後あれば全く別の話として対応するとの見解だが、米軍の空港利用を巡っては地元の反発がより強く、かえってハードルが高くなったのが実情だ。国が日米安保への理解を求めるのなら、本土側での基地負担受け入れの具体化に向け、説明を尽くす必要がある。
沖縄の民意をないがしろにすることは、沖縄の現状をわがことと捉える国民の不信感を招くことにもつながる。安倍政権は玉城氏からの問題提起をきっかけに、将来の安全保障環境まで見通し、辺野古を含めて自衛隊と在日米軍をあわせた日本全国の基地の意義、役割について説明してはどうだろうか。国民が広く基地負担を自覚することで、国の安全保障を自らの問題として担う覚悟を持ってもらうよい契機ともなろう。