「日本は負ける」それでも戦地に 戦死の元京大生の遺稿
    
             朝日新聞 2017年8月15日


左の写真は林尹夫さん

 
国のために命をなげうった人たちをどう悼むのか。明治政府の出した答えが、東京・九段の靖国神社への合祀(ごうし)だった。戦後72年のいま、自衛隊の活動範囲が広がる中で、「戦死」が現実味を帯びてきた。私たちはどう向き合うべきなのか。(編集委員・藤生明)

 《愚劣なりし日本よ 優柔不断なる日本よ 汝(なんじ)いかに愚かなりとも 我らこの国の人たる以上 その防衛に奮起せざるをえず

 オプティミズム(楽観主義)をやめよ 眼を開け 日本の人々よ 日本は必ず負ける

 そして我ら日本人は なんとしてもこの国に 新たなる生命を吹き込み 新たなる再建の道を 切りひらかなければならぬ……》

 京都大生から学徒出陣で海軍航空隊員となり、戦死した林尹夫(ただお)さん(享年23)の遺稿集「わがいのち月明(げつめい)に燃ゆ」。この一節をはじめ、最期の叫びを集めた「やすくにの遺書」という冊子が今春、靖国神社や在外公館などで配られ始めた。英訳もついている。

 「靖国神社に祀(まつ)られているのは、赤紙一枚でひどい戦争に参加させられた人がほとんど。本当の姿を読み取ってほしい」。まとめたのは言論誌「月刊日本」の南丘喜八郎さん(71)。

 南丘さんの実父は中国戦線から生還したが、夜にうなされ、恐ろしいほどのうめき声を上げて跳び起きることがあった。「苦しんでいたと思う。生き残った人はみんなそうだったんでしょう。殺す訓練なんかしてなかったわけだから。それは、今の自衛官も同じ」

 掲載する遺書を選んだ際、「天皇陛下万歳」といった職業軍人に多いタイプのものは、できるだけ外した。「国や故郷、家族、恋人、友人への思いが表れたものを選んだ」という。

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 英仏独語を操り、絶望的な戦況を理解していた林さん。「ダメな日本だと言いながら、命を賭して戦う。信じがたい境地。壮絶な葛藤だっただろう」と、資料収集や編集にかかわった伊藤武芳さん(37)は言う。

 終戦まで18日。林さんは1945年7月28日の夜間哨戒中に米空母群を発見。四国沖で交戦し、通信を絶った。「哲学、歴史書を読みあさりたい」という望みはかなわなかった。

 靖国神社で資料を展示する遊就館の「靖国の神々」というコーナーには、生前の林さんの写真が飾られている。林さんの写真は、立命館大の国際平和ミュージアムにもある。20年ほど前、日記などとともに遺族から寄贈された。学芸員だった山辺昌彦さん(71)は「反戦平和に熱心な大学ということで、寄贈いただいた」と言う。

 終戦までの日本は、天皇・国家に殉じることが最高の道徳とされ、戦死者を祀ってきた。戦後は政教分離を定めた日本国憲法ができ、自衛隊の殉職者の処遇は変わった。

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 東京・市谷の防衛省には、2003年に完成した慰霊碑地区がある。前身の警察予備隊以来、自衛隊の殉職者は1900人を超す。訓練中の事故などが主な原因だ。毎年秋、ここで首相らの参列のもと、無宗教の追悼式が催される。

 整備のきっかけは、03年に始まった自衛隊のイラク派遣だった。当時の議論に詳しい久間章生・元防衛相(76)によると、「自衛隊員も靖国に合祀してはどうか」という声もあったが、政教分離の規定から立ち消えになったという。

 「国のために命を落とした人を畏敬(いけい)の念をもって葬るのは当然だ」。久間さんは浄土真宗本願寺派の元宗会議員。他方で、靖国神社については「判断を誤った戦争指導者まで神だと言い、命令に従った兵士と一緒に祀るのでは、兵士が浮かばれない」。

 国連平和維持活動(PKO)で南スーダンに派遣された陸上自衛隊は昨年7月、日報に「戦闘」と記していた。今後、靖国への自衛官の合祀が、再び浮上することはないのだろうか。

 安倍晋三首相の靖国参拝に反対し、違憲訴訟を起こしてきた木村庸五(ようご)・弁護団長(73)も懸念する一人だ。「国家のために一命を投げ出させるという靖国を中心とする装置は非常に強固。国家主義的な勢力が簡単に手放すはずがないと思う」

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〈靖国神社〉 1869年創建の東京招魂社が起源。10年後に靖国神社に改称された。太平洋戦争などの戦死者246万余柱を祭神とし、終戦まで祭政一致体制のもと、国家神道の中心的役割を果たした。戦後は一宗教法人に。国家管理をめざす運動が1970年前後に盛り上がりを見せたが、反対が強く頓挫。また、85年に中曽根康弘首相(当時)が公式参拝に踏み切ると、A級戦犯の合祀が国外でも問題化。首相など政治家が参拝するたびに中国や韓国の反発を招いている。
                                                                        

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