「共謀罪」の趣旨を盛りこんだ組織的犯罪処罰法改正案が国会で議論されている。政府は「テロ対策に必要」との立場だが、捜査当局による乱用や「表現の自由」などの侵害を危惧する声もある。

 歴史学者の加藤陽子さん(56)は、法案を巡る政府の強硬姿勢に驚き、歴史上のある重大事件を思い出したと話す。

《政府の怒りの裏にあるものを歴史は教えてくれる。》

 国連特別報告者のカナタチ氏が日本に示した「共謀罪」を巡る文書は、プライバシー監視について国際人権法と整合しているか教えてほしいというものです。これに対する日本政府の見解は、文面から怒りの湯気が立つようでした。

 「『共謀罪』は国際組織犯罪防止条約を結ぶため必要だ」と前提を述べ、「なぜ187の締結国にも懸念を表明しないのか」とカナタチ氏をなじったのです。

 国連の委嘱を受けた人物の要求に対しての開き直りの抗議。既視感がある。1931年の満州事変後、リットン卿が国際連盟の委嘱で報告書を発表した「リットン調査団」。その時の抗議と似ています。

 日本は「事変の発端となった鉄道爆破は中国の仕業」という虚偽を前提にしていた。そして「満州国」建設の裏に日本軍がいたと非難されると「他の列強もやったこと」と開き直る。

 「共謀罪」も、実は条約に加わるために不可欠ではないとガイドラインからは読み取れる。前提に虚偽があるから、外からの干渉にあれだけ神経質になる。

 歴史は単純には繰り返さないし、安易な過去との比較は慎重であるべきですが、やはり類似点を見いだせる。一連の応酬は「共謀罪」の本質をあぶり出すように見えます。共通するのは「偽りの夢」と、国民の「人気」です。

 満州事変当時は世界不況。日本の農村も苦しんでいたが、政党内閣には、人口の4割を占める農民を救えなかった。ビジョンを掲げたのが軍部でした。「満州が手に入れば好景気になる」とあおり、国民人気を獲得します。いざ戦争になれば、搾取され徴兵され痛めつけられるのは農民でしたが。

 「見果てぬ夢」を掲げて人気を得て後戻りできなくなったところで、国際連盟の指摘に過剰反応。今と似ていませんか。「五輪で景気が良くなる」と「見果てぬ夢」で国民を期待させ「『共謀罪』でテロを防がなければ開催できない」とあおる。法案成立直前までこぎ着けたのに、国連特別報告者からの「待った」に怒り狂ってしまった。

 「戦前より民主政治は成熟している。心配は杞憂(きゆう)だ」と言われるけど、思い出してください。1925年に治安維持法を成立させたのは、リベラルな政党内閣である加藤高明内閣でした。

 法制局が当初出した案は、条文で「罰金以上の刑で罰せられる行為」「憲法上の統治組織、納税義務、兵役義務、私有財産制を変革する行為」と、犯罪になる行為を限定していた。しかし護憲内閣は「弾圧など絶対しない」と自信があり、結局「国体(天皇を中心とした国のあり方)の変革」というあいまいな処罰対象で成立させてしまう。ツケは10〜15年後、戦時下に回ってきます。法律のプロの方が正しかった。

 極めて脆弱(ぜいじゃく)な法律を、安定した力を持つ政党内閣が自信満々に作ってしまったという怖さ。このおごりを忘れてはいけません。(聞き手・後藤遼太)