もはや日本政府が「被爆国として、核兵器廃絶に向けて世界をリードする」と言っても説得力はなくなった。広島、長崎の被爆者はもちろん、多くの国民の思いを裏切る行為だ。
核兵器禁止条約の制定に向け、国連本部で開幕した最初の交渉会議で、日本の政府代表は不参加を表明した。
100以上の非核保有国が参加する一方、米国、ロシア、中国などの核保有国や北朝鮮はボイコットした。
核兵器を「非人道的」とし、使用や保有を法的に禁じるのが交渉の目的だ。岸田文雄外相は不参加の理由について「核保有国と非核保有国の対立を深め、逆効果になりかねない」と述べたが、理解に苦しむ。
被爆国であり、米国の核の傘の下にある日本は、非核保有国と核保有国の「橋渡し役」を自任してきた。対立が深まっている今こそ溝を埋める役割は重要だ。核保有国と足並みをそろえる形で不参加を表明するとは、責任放棄もはなはだしい。
核保有国は、核の抑止力に頼る安全保障政策が脅かされるとして、禁止条約に強く反対してきた。米国の大使は、会議場のすぐ外で約20カ国の代表とともに抗議会見を開いた。この反発ぶりは、禁止条約の必要性を逆に示したようにも思える。
核兵器の非人道性を、核保有国の指導者はまず理解すべきだ。どの核保有国も状況次第で核を使う可能性を否定していない。条約ができれば、核の使用は国際犯罪になる。
トランプ米大統領は「他国が核を持つなら、我々はトップになる」と発言し、核戦力の増強に意欲的だ。北朝鮮は核・ミサイル開発で挑発を繰り返す。「核を使ってはならない」と条約で明示すれば、こうした動きへの強い歯止めにもなろう。
岸田外相は、日本周辺の安全保障環境の厳しさも不参加の理由に挙げた。北朝鮮の脅威に加え、中国も軍拡路線をひた走るなか、禁止条約は米国の核の傘を損ね、望ましくないとの考えは、政府内に強い。
確かに核軍縮は、地域の安定を崩さないよう注意深く進める必要がある。だからこそ日本は交渉に加わり、核の傘からの脱却は後回しにすることを認めるなど、より多くの国が賛同できる条約をめざして意見を述べるべきではなかったか。
オーストリアやメキシコなどの非核保有国は、7月までに、条約案をまとめる意向だ。
今ならまだ間に合う。日本政府は交渉の場にただちに参加すべきだ。
核禁止条約交渉に不参加 被爆国が発信しないのか
国連本部で始まった核兵器禁止条約の制定交渉に、日本政府が不参加を表明した。唯一の戦争被爆国として、核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を自任してきた日本だが、その機会を自ら放棄したに等しい。
岸田文雄外相は、不参加の理由について、米露英仏中の5核保有国が参加していないことを指摘し「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で逆効果にもなりかねない」と説明した。
日本政府は昨年10月、禁止条約の制定交渉開始を求める国連決議に反対投票をした。ただこの時、岸田氏は3月から始まる交渉には積極的に参加する考えを示していた。
核保有国と非核保有国をめぐる対立状況は変わっていない。それなのに、日本が参加して橋渡しをすると言っていたのが、今回、両者の対立を深めるという理由で不参加を決めたのは筋が通らない。
外相が参加の意向を明言しながら、それを翻した判断は、日本外交への信頼を損なうものだ。
日本の不参加決定には、昨秋以降の国際情勢の変化が影響している。
米国では昨年11月の大統領選でトランプ氏が勝利した。トランプ政権は核戦力の増強に積極姿勢を示している。北朝鮮の核・ミサイル開発が差し迫った課題となっているとき、核兵器禁止条約を制定するのは、安全保障上、現実的ではないというのが、米国など核保有国の論理だ。
米国は、日本が交渉に参加しないよう働きかけたと言われる。
日本政府内には「交渉に参加しても日本は反対論を主張するしかなく、消極姿勢を印象づけるだけで、意味がない」といった議論もある。あまりに受け身の発想だ。
橋渡し役として交渉に参加するには、志を同じくする国々の輪を広げるなど環境整備が必要だった。日本政府は、そのための努力をした形跡がない。
交渉会議は6〜7月にもう一度、開かれる予定で、そこで条約案がまとまる可能性がある。
核保有国が参加しないため条約は実効性が乏しいと言われるが、長期的には核兵器禁止の国際世論形成に大きな役割を果たす可能性がある。そのプロセスに日本が関わらず、被爆国として発信しないのは残念だ。
安保法施行1年 同盟基盤に危機対処力高めよ
読売新聞 2017年03月29日
日本の安全保障環境は厳しさを増している。日米同盟と国際連携を強化し、様々な危機に迅速かつ効果的に対処する能力を高めねばならない。
安全保障関連法の施行から1年を迎えた。
平時から存立危機・武力攻撃事態まで、危機の進展に応じて、機動的な自衛隊の部隊運用を可能にする包括的な法制である。国際平和協力活動も拡充された。日本と世界の平和を確保するうえで、大きな意義を有している。
象徴的なのは、米艦防護だ。
目の前で米軍艦船が攻撃されても、自衛隊は反撃できない。そんな日米同盟の長年の矛盾を解消したことは、日本が、米国にとって「守るに値する国」であり続けるための重要な一歩となろう。
昨年12月には、米艦防護の運用指針を決定した。今月上旬には東シナ海で海上自衛隊の護衛艦2隻が米空母「カール・ビンソン」などと共同訓練を行った。
こうした訓練を日常的に重ねることが、日米の信頼関係を強固にし、ミサイル防衛などに関する協力を円滑化する。核・ミサイル開発に突き進む北朝鮮の暴発や、海洋進出を強める中国の挑発行動への抑止効果も持つはずだ。
安保関連法に基づく訓練は昨年9月以降、在外邦人の保護・輸送や、捜索・救難活動などが実施されている。自衛隊単独の実動・机上訓練や、タイ、ネパールでの多国間の共同演習が含まれる。
訓練を通じて、部隊運用の問題点を点検する。必要に応じて実施計画や手順などを見直す。このサイクルを地道に繰り返し、本番に備えることが大切である。
南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に従事する陸上自衛隊には昨年11月、「駆けつけ警護」任務が初めて付与された。
疑問なのは、野党が国会などで、危険極まりない任務に自衛隊が踏み出すかのような無責任な議論を声高に展開したことである。
駆けつけ警護は、暴徒に囲まれた民間人を助ける、といった人道的な活動を主に想定している。あくまで応急的な国際標準の任務であり、軍事衝突の現場に常時出動するわけではない。
無論、リスクは伴う。それをいかに最小化するかを冷静に論じることこそが政治の責任である。
陸自は5月末、南スーダンでの活動を完了し、撤収する予定だ。今後、別のPKOに参加する際にも同様の任務を担えるように、装備や訓練などの準備を総合的に進めておくことが求められる。