福島第一原発で起きた事故について、前橋地裁は「想定外ではなく、対策を取ることができた」と東京電力と国の責任を厳しく指摘した。判決を受け、それぞれ対応を迫られることになる。東電の旧経営陣が強制起訴された刑事裁判にも影響を与えそうだ。

  • 原発避難訴訟、国に賠償命じる判決 「予見可能だった」

 17日午後3時すぎ。東京電力ホールディングスの広瀬直己社長は、東京・大手町で判決とは関係なく設定されていた記者会見に臨んでいた。そこに「東電敗訴」のニュースが飛び込んだものの、表情を変えずに「判決を精査し、しっかり対応していきたい」と淡々とコメントした。

 だが、東電社内には「厳しい判決だ」(幹部)との受け止めも広がる。判決は、津波対策の必要性を感じつつ取り組まなかった点を「経済的合理性を安全性に優先させた」と指摘。2002年から予見できたとした電源喪失時の対策は「約1年で実行可能」とし、怠慢さも認定した。

 政府内にも衝撃が走る。従来の法制で、原発事故の国の責任は「社会的」「道義的」にとどめ、東電の資金不足に無利子でお金を貸すなどの「援助」に限ってきた。菅義偉官房長官は判決後の記者会見で「対処方針を検討していくことになるだろう」と述べた。

 ただ、原発政策に携わる政府幹部は、規制権限を使わなかった責任が問われそうだと予想していた。「薬害エイズやアスベストの裁判でも、規制をしなかった国の『不作為』が認められた。国が推進してきた原子力なら、さらに重い責任が問われても仕方ない」

 経済産業省は昨年、東電の賠償費を従来想定の5・4兆円から7・9兆円に増やした。増加分には新たに電気代に上乗せする国民負担2・4兆円も含まれる。判決は、国と東電の賠償責任は同等としており、賠償と国民負担の議論に影響を及ぼす可能性もある。

 原子力規制委員会も21日夕に臨時会議を開き、今後の対応方針を協議すると決めた。旧原子力安全・保安院時代の対応や判断を改めて確認し、判決内容を精査する方針だ。(米谷陽一、大月規義)

■「国も対策命じるべきだった」

 非常用の設備を浸水させる津波が見込まれたのだから、まず対策を取るべきだった。しかも、それは難しくなかった。国も対策を命じるべきだった。今回の判決はこう指摘する。

 福島第一原発の主な施設は高さ10メートルの敷地に立つ。原子炉の冷却に必要な電気を送る配電盤や非常用発電機は地下にあった。1991年には1号機で水漏れ事故による浸水が起きており、東電は対策の重要性を認識していたはずだった。

 裁判で焦点になったのが、2002年に国の地震調査研究推進本部が公表した長期評価。防災に生かすため、その時点の知見を地震学者がまとめたものだ。三陸沖から房総半島沖のどこでも、津波を伴うマグニチュード(M)8級の地震が起こるとの見解だった。

 福島沖が震源の同様の津波は過去に知られておらず、学者の一部に地震のエネルギーがたまっていないとの見方もあったため、東電は裁判で「長期評価は具体的な根拠がない」と主張した。だが、判決は長期評価が学者の見解の「最大公約数」であることを重視。長期評価から計算すれば、数カ月後に浸水の可能性を認識できたと指摘した。

 千葉地裁での同様の訴訟でも、元原子力規制委員の島崎邦彦・東京大名誉教授(地震学)が「長期評価から計算すればすぐに分かり、有効な手立ては打てたはず」と証言していた。

 東電が長期評価をもとに津波を計算したのは6年後の08年。結果は15・7メートルだったが、仮定の震源をもとにした試算と位置づけ、対策を講じないままだった。

 判決は、設備を高い場所に移していれば事故は起きなかったと指摘。電源車の配備などの暫定的な対策は1年でできたと断じた。

 国も06年の指針改訂で津波対策を明記しながら、地震の揺れ対策のチェックを優先した。判決は、浸水の可能性があり、東電の自発的な対応が見込めないなら、口頭の指示でなく命令を出すべきだったとした。

 電力会社には、十分な証拠がなければ対策を取らない風潮があった。判決は、原発は常に安全側に立った対策を取るべきだと指摘。M9級の地震を予見できなくても、取れる対策はあったとの考え方を示した。

 佐竹健治・東京大地震研究所教授は「実際に起きた地震や津波を予見できたかといえば、そうではない。だが、何らかの対策が必要であることは予見できたということだろう」と話す。(編集委員・佐々木英輔、杉本崇)

■争点の絞り込みと被害実態の明確化

 訴訟戦略は二つあった。一つが争点の絞り込みだ。判決後の集会で、原告弁護団事務局長の関夕三郎弁護士は「絞り込まなければ判決にはたどり着けていなかったと思う」と提訴から約3年半を振り返った。

 これまでの原発訴訟は、争点が多岐にわたって証拠の数が膨らみ、長期化する傾向があった。原告弁護団は今回、被災者救済を最優先に考え、スピードを重視。争点を絞り込む戦術をとった。

 提訴時には、事故後の国の避難指示を批判する主張も盛り込んでいたが、膨大な資料の分析が必要と分かり撤回。また、原告団には原発反対の人も少なくなかったが、原発の是非など個人の考えに関わる論点は盛り込まなかった。

 訴訟上、もう一つ力点を置いたのが、事故の原因や原告が受けた被害実態を明確にすることだった。

 原告45世帯のうち40世帯の代表に法廷で証言してもらった。さらに、原告が事故直後に置かれた状況を肌で感じてもらおうと、裁判官に第一原発の周辺を見てもらうことも求めた。原道子裁判長らは昨年5月、福島県富岡町などの原告4人の自宅を見て回った。

 原裁判長の訴訟指揮も積極的だったと弁護団は評価する。14年4月の第1回口頭弁論から「大型訴訟としては異例」(弁護団)という、月1回ほどのペースで開廷。昨年6月の口頭弁論では東電や国が難色を示したが、「天変地異がない限り、結審する」と同10月の結審を宣言する場面も。

 昨年9月の口頭弁論で、国側が東電の元会長らが刑事事件で不起訴処分となった際の資料に触れ、「資料の収集が可能か検討中。審理を打ち切れば事案解明を放棄したに等しい」と訴えたが、原裁判長は「放棄とのいわれはない」と厳しい口調で退けた。(三浦淳、角詠之)

■「踏み込んだ判断、議論深まる」

 あるベテラン裁判官は「踏み込んだ判断で、電力会社と国のかなり高い安全配慮義務が前提だ。各地の原告はこれを基に主張を組み立てるだろう。各地裁がそれぞれの判断を出し、議論が深まっていくのでは」と述べた。

 別の裁判官は、勝俣恒久元会長(76)ら東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された刑事裁判の検察官役指定弁護人の主張にも影響する可能性がある、と指摘する。

 前橋地裁は東電に津波対策の義務があったと認め「経済的合理性を安全性に優先させた」とした。強制起訴を議決した検察審査会も、08年の試算などを基に高い防潮堤を設けていれば防げたと指摘。3人が「安全対策より経済合理性を優先させた」とした。刑事告訴した住民らの代理人海渡雄一弁護士は「判決は強制起訴と同じ枠組みで、予見可能性を明らかにした」と話す。

 一方、検察はこの試算では旧経営陣は津波を予測できなかったとして2度にわたり不起訴処分とした。ある検察幹部は「津波で起きた原発事故で死傷したことと、避難を強いられたことでは結果が異なり、民事と刑事の立証の仕方も違う」と突き放す。法務省幹部は前橋地裁の判決が今後も維持されるか、懐疑的だ。「裁判官は『過失』について何も知らないのでは。控訴すればしっかりした結論が出るだろう」と述べた。