残業「月最大100時間」合意 繁忙期に例外、過労死認定レベル
    
            東京新聞 2017年3月15日

 経団連の榊原定征(さだゆき)会長と連合の神津里季生(こうづりきお)会長は十三日、焦点となっていた企業の長時間労働是正に向けた残業上限規制について、繁忙期などは月最大百時間を基準に法定化することで合意した。両氏と首相官邸で会談した安倍晋三首相は、月百時間未満で最終合意するよう求めた。政府は十七日に開く働き方改革実現会議で正式に決定する見通し。 (中根政人)

 合意文書で榊原氏は月百時間「以下」、神津氏は月百時間「未満」と表記するよう主張していた。政府は労使合意を受けて今後、労働基準法を改正し、同法三六条の労使協定(サブロク協定)で可能な残業時間の基本的な上限について、現在の月四十五時間、年間三百六十時間を法定化。例外的な上限を月平均六十時間(年間七百二十時間)とする。月四十五時間超の残業は半年間まで認め、年間七百二十時間以内なら繁忙期などは月最大百時間未満とし、二〜六カ月の月平均八十時間以内も認める方針。違反した場合の罰則も設ける。

 終業から次の始業まで一定の休息時間を設ける勤務間インターバル制度は、法律に導入への努力義務を明記するにとどめる。法施行から五年後以降に制度の見直しなどを検討する。

 建設業や運輸業、企業の研究開発部門などは、残業時間の基本的な上限が適用除外となっているが、議論されなかった。政府は今後、対応方針を検討する。

◆休息時間確保 努力義務止まり

 労使が合意し、政府が法定化する残業時間の上限で、過労死を防ぐことができるのか疑問だ。労使協定を結べば、繁忙期など半年に限り特例で月最大百時間未満、二〜六カ月の月平均で八十時間以内で残業をさせることが法律で認められることになる。これらの上限時間は、厚生労働省が定める過労死の認定基準と重なる。

 連合の神津会長は「百時間未満」と主張したのに対して、経団連の榊原会長は「百時間以下」にこだわった。残業を強いられる労働者からすれば過労死ラインまで働かせられることに変わりはない。本来なら基本的な上限である月四十五時間を目指す努力が求められたはずだ。

 残業時間の上限規制と合わせ長時間労働を防ぐ効果がある「勤務間インターバル制度」は、法律に努力義務規定しか盛り込まれない見通しだ。連合は導入を求めていたが、義務化に反対する経団連に押し切られた。十分な休みも取れず、一カ月、二カ月と長時間の残業を続ければ、疲れとストレスは蓄積し、過労死のリスクは高まる。

 日本労働弁護団常任幹事の菅俊治弁護士は「合意に五年後以降に見直す規定はあるが、将来も上限が下がらない可能性がある。インターバル制度も努力義務のうえ休息時間数も書かれない。過労死を防ぎたいという政府の本気度を疑う」と指摘する。 (鈴木穣)

◆残業規制ポイント

▼残業は原則として月四十五時間、年三百六十時間を上限とする。

▼繁忙期に限り、年六カ月まで月四十五時間を超える残業を特例で認める。

▼特例の上限は単月で月百時間未満とする。二〜六カ月では平均八十時間を上限とする。

▼特例の延長分を含めても年七百二十時間以内でなければならない。

▼終業から始業までに一定の休息時間を設けるよう、法律で企業に努力義務を課す。

▼メンタルヘルス対策やパワハラ対策について政府と検討を進める。

▼導入から五年後以降に見直しを検討。


◆電通過労死・高橋さん母コメント

月100時間残業を認めることに、強く反対します

 高橋 幸美 2017年3月13日

 政府の働き方改革として、一か月100時間、2か月平均80時間残業を上限とする案が出されていますが、私は、過労死遺族の一人として強く反対します。

 このような長時間労働は健康にきわめて有害なことを、政府や厚生労働省も知っているにもかかわらず、なぜ、法律で認めようとするのでしょうか。全く納得できません。

 月100時間働けば経済成長すると思っているとしたら、大きな間違いです。人間は、コンピューターでもロボットでもマシーンでもありません。長時間働くと、疲れて能率も悪くなり、健康をそこない、ついには命まで奪われるのです。

 人間のいのちと健康にかかわるルールに、このような特例が認められていいはずがありません。

 繁忙期であれば、命を落としてもよいのでしょうか。

 命を落としたら、お金を出せばよいとでもいうのでしょうか。

 娘のように仕事が原因で亡くなった多くの人たちがいます。死んでからでは取り返しがつかないのです。

 どうか、よろしくお願いいたします。

 ※原文通り


残業の上限規制 「欧州並み」目標どこへ

 長時間労働の抑制に向けて第一歩になりそうだが、ワークライフバランスを実現するには程遠い。残業の上限規制について政労使が大筋合意した。政府目標の「欧州並み」はどうなったのか。

 事実上“青天井”になっている残業時間に、初めて法的な強制力がある歯止めがかけられることになる。安倍晋三首相は「歴史的な大改革だ」と胸をはった。

 月四十五時間を超える残業時間の特例は年六カ月までとし、年間七百二十時間の枠内で「一カ月百時間未満」「二〜六カ月平均八十時間」の上限を、罰則付きで法定化する方針だ。

 連合の要求で当初案の「一カ月最大百時間」よりは若干修正された。しかし、労災認定基準のいわゆる過労死ラインに相当する働き方を、国が容認するものであることに変わりはない。

 そもそも政府の働き方改革は、家庭生活と仕事の両立(ワークライフバランス)を容易にすることが出発点だったはずだ。労働時間についても「欧州並み」の少なさを目指すという目標を掲げていた。ならば過労死根絶は当然のことながら、さらに進んだ対策が求められよう。

 現行は残業規制の対象外となっている建設業や運輸業、企業の研究開発部門などの扱いも決まっていない。抜け穴はなくすべきだ。

 また、管理職も規制から外れているほか、働いた時間とは関係なく一定時間働いたものとみなす裁量労働制や事業場外みなし制の労働者も事実上、対象外となる。十分な権限がない「名ばかり管理職」や、無理やり裁量労働制を適用するケースが増える懸念もある。管理職の要件を明確にするとともに、行政の監督・指導を強化することは実効性を担保する上で不可欠である。

 仕事が終わり、次に働くまでに一定の休息時間を取る「インターバル制度」も企業への努力義務を課すにとどまった。この規制があれば「ほとんどの過労死は防げる」と多くの専門家は指摘する。罰則付きの義務化を検討するべきだ。

 長時間労働の抑制は、育児時間がとれないことによる少子化、介護を理由とする離職、一人で子育てを担うため非正規雇用が多くなるひとり親家庭の貧困など、あらゆる社会問題の解決にもつながる。

 見直し規定も盛り込まれたが、導入から「五年後以降」といわずより速やかに、残業の上限を下げることを検討するべきだろう。