原発賠償・廃炉費の転換:3名の論点
                    毎日新聞2017年2月3

 政府は、東京電力福島第1原発事故の賠償費と大手電力会社が持つ老朽原発の早期廃炉費について、原発を持たない新電力(新規参入の発電事業者)の利用者にも負担を求める方針を決めた。賠償費が従来試算より大幅に膨らむことなどが背景にあるが、妥当な判断なのだろうか。

例外中の例外、今回が上限 松村敏弘・東京大社会科学研究所教授

 福島第1原発事故の賠償費については現在、原子力施設を持つ大手電力(原子力事業者)11社が年間計約1600億円を払う仕組みになっている。経済産業省の試算で賠償費が約2・5兆円増加し、この分も本来は原子力事業者が負担するのが筋だ。だが、大手電力の利用者の負担なども考慮すると全て上積みするのは困難だ。例外中の例外として、託送料に上乗せすることを認め、大手電力から新電力まで利用者に広く薄く負担を求めることにした。

 福島原発事故の賠償を滞らせないためのやむを得ない措置だ。想定されていなかった、極めて例外的で大規模な事故に対応して、賠償を万全なものにするため、国民にある程度の負担をお願いすることは一定の合理性がある。

 税金で負担する方法もあるが、その場合、原発依存度の高かった地域の住民も低かった地域の住民も全国一律の負担となる。一方、託送料を活用すると、原発依存度が高かった地域の利用者の負担は多く、低かった地域の負担は少なくなる。依存度が高かった地域ほど、託送料の上乗せも多くする仕組みにしたからだ。原発のない沖縄県の負担はゼロになる。

 経産省は「賠償への備えは福島事故以前から確保されておくべきだった」と指摘し、託送料に上乗せする理由について「現在は原発を持たない新電力の利用者も、以前は大手電力が原発で発電したコストの安い電気を使っていた」と説明する。過去の受益に応じた負担という意味で、託送料はより公平だとも言える。

 託送料は、税金と異なり、国会審議を経ずに上乗せできるので、可否が十分議論されないという批判もある。しかし、私が委員を務めた経産省の有識者委員会は公開の場で集中的に議論し、一定の透明性は保たれた。

 また、原子力事業者が予定より前倒しで原発の廃炉を決めた場合、廃炉費の一部も託送料に上乗せできることにした。事業者は将来の廃炉に備えた引当金を積み立てているが、前倒しで廃炉を決めると、引き当てていない分の廃炉費が一気に損失として計上され債務超過に陥る可能性が出る。原子力事業者がこれを防ごうとして、本来は廃炉にすべき原発を維持することにつながりかねなかった。

 そこで、政府は費用の分割計上を認め、原子力事業者は、政府が規制している電力小売料金に費用を転嫁して回収してきた。だが、料金規制が2020年に撤廃されるため、規制が残る託送料に上乗せできることにした。送電料である託送料を廃炉費に使うのは納得できないが、適正な廃炉を促すためにはやむを得ない。

 重要なのは、託送料への上乗せは安易な先例にしてはいけないということだ。福島原発事故の処理費をはじめさまざまな原発関連費用がさらに膨らむ可能性も指摘されているが、有識者委員会は提言に「(託送料上乗せは今回が)上限で、今後変動が生じる性格のものではない」と明記した。国民も今回の措置が例外中の例外であることを認識し、今後も関心を持ち、監視していくことが大事だ。【聞き手・宮川裕章】

事故処理費用、国会で議論を 仙谷由人・元官房長官

 東京電力福島第1原発事故の際、官房副長官として東電の賠償問題を手がけ、原子力損害賠償支援機構(現在の原子力損害賠償・廃炉等支援機構)による支援の仕組みを構築した。

 事故当時、東電の勝俣恒久会長は、賠償総額を1兆円と見積もり、それ以上の賠償金は原子力損害賠償法の規定に基づき、国が負担するよう求めてきた。私はこれを退けた。まず、賠償額のケタが一つ違う。それに、ベント(排気)の遅れなど東電の事故対応におけるさまざまな過失を考えれば、免責は筋が通らない。賠償責任は第一義的に東電にあり、そのままの体制維持は認められない、と考えた。

 一方、会社更生法の適用などで東電を法的整理するのも無理筋だと考えた。事故処理や被災者への賠償を行う責任主体がなくなれば、被災者が困るからだ。

 そこで、東電など電力各社と政府が出資して「機構」を設立し、ワンクッションを置いて国が資金を支援する仕組みを作った。弥縫(びほう)策かもしれないが、現実に困っている人にお金を回すためには妥当な措置だったと思う。東電がモラルハザードを起こさないよう、経営実態やリストラ策などを評価する「東電経営・財務調査委員会」を設置し、東電に厳しく経営合理化を求める仕組みも用意した。

 今回の方針では負担増と同時に、原子力や送配電事業の再編・統合など東電の経営改革案も示しており、事故当時に私たちが考えた路線は、基本的に引き継がれていると考える。問題は金額だ。事故処理総額が本当に21・5兆円で済むのか、誰にも分からない。政府は収益改善の前提として柏崎刈羽原発の再稼働を挙げているが、現状では困難だろう。原油価格の変動が経営に影響を与えるかもしれない。結果として、総額がさらに膨らむ可能性は十分にある。

 そうでなくとも、総額20兆円を超す事故処理費用の負担は、東電だけで担える限界を超えている。東電に負担を求めれば、東電は収益増に向け電気料金を値上げせざるを得ない。託送料への上乗せで新電力に賠償費用を負担させることに批判があるが、発送電の分離ができていない今、送電網も東電の一角であり、経営政策としての託送料引き上げを否定できない。

 東電を法的整理して資産を売却しても、かつての金融機関破綻処理や日本航空(JAL)再生と同様、多額の公的資金投入は避けられない。結局、どういう形であれ、国民も事故処理費用を負担せざるを得ないと考える。

 むしろこれから問われるのは、私たちは事故処理のために、どこまでお金を使い続けるのか、という問題だ。原発事故で生活や仕事を失った被災者への賠償には国民の理解も得られるだろうが、例えば廃炉作業にロボットを導入する費用などは、競合企業がない場合は業者の言い値となり、誰もチェックできない、といったことが多発する可能性がある。

 事故処理は大切だが、そのためのお金の使い道には、私たちはもっと目を光らせる必要がある。政治家も官僚任せにせず、国会でこうした問題に積極的に取り組むべきだ。【聞き手・尾中香尚里】

政府、東電が責任引き受けよ 佐藤弥右衛門・会津電力社長

 原発事故の処理費用を、電気料金に乗せて国民から取る方針には納得がいかない。政府も東京電力も、事故を起こしたことへの反省がなさすぎる。

 原発事故によって、福島の人々は住み慣れた土地が使えなくなり、生活も経済も全て奪われた。地域社会は分断され、しかも差別を生んだ。日本の歴史に例のない圧倒的に巨大な事故であり、とんでもない公害だ。福島県民にあれだけひどいことをした政府と東電が、その責任に全面的に向き合うことなく、なぜ安直に「お金が足りなくなったので国民も負担せよ」などと言えるのか。

 事故処理費用は21・5兆円というが、原発に近づくのも難しい現況を考えれば廃炉費用などはさらに増える可能性が高い。

 いずれ負担は国民全体で引き受けざるを得ないのかもしれない。原発推進政策を止められなかった点で、私たちにも事故の責任はあると考えるからだ。

 だがその前に、原発を推進した政府と東電が、全面的に責任を取るべきだ。事故を心から謝罪し、限界までコストダウンを行い、資産を売却した上で「もう限界です。国民の皆さん助けてください」と頭を下げるのが筋だ。誠心誠意の謝罪があって初めて、国民も「私たちにも責任はある。負担を引き受けよう」となるのではないか。

 ところが、政府は託送料に上乗せする形で、新電力にも負担を求めた。事故を反省して原発をやめ、再生可能エネルギーを推進すべき時に、その担い手となるべき新電力の事業者に、逆に負担を求めるとはどういうことか。「原発から再生可能エネルギーへ」という流れに足かせをはめる行為であり、言語道断だ。

 原発事故に対する私たちの責任の取り方は、事故処理の費用を負担することではない。原発を止めることで責任を果たしたい。

 会津電力を設立したのは、再生可能エネルギーの普及に向けて、単なる運動にとどまらず、実業として発電を手がけたかったからだ。昨年末までに会津地域の中学校の屋上など50カ所に、小規模分散型の太陽光発電所を設置し、会津地域の約1400世帯の電力を賄える発電量を供給している。今年も新たに30カ所を設置し、将来は小水力や木質バイオマス発電などにも取り組む考えだ。

 目指すのはエネルギーの「地産地消」による地域の自立だ。会津には猪苗代湖を水源とする水力発電所など、福島全県を賄えるほどの発電力があるが、その電気はほとんど東電などの手で首都圏に送られている。今は無理でも、いつの日かこれを取り戻したい。

 政府が東電を破綻処理させて資産を売却するというなら、これらの水力発電所を会津電力で買い取りたい。会津のエネルギー需要を十分に賄い、まだ余るはずだ。これを域外に売り、収入を得れば、各自治体の税収も上がる。安い電気を提供して企業を誘致できれば、地域に雇用も生まれる。地方が収奪される中央集権の構造が変わり、真の地方自治が確立できるのだ。社会とはそうやって変えていくものではないだろうか。【聞き手・尾中香尚里】


新電力託送料に上乗せ

 経済産業省は昨年末、有識者委員会を通じて、福島原発事故の賠償・廃炉費などが計21.5兆円と従来から倍増すると試算。賠償費増加分(約2.5兆円)は、新電力が大手電力に払う送電線利用料(託送料)にも2020年度から40年間上乗せし、新電力利用者に負担を転嫁する方針を決めた。福島原発の廃炉費は東電が確保する。また、大手電力が老朽原発を計画より前倒しで廃炉にする場合の費用の一部も新電力の託送料に上乗せする。


 ■人物略歴

まつむら・としひろ

 1965年生まれ。東京大大学院博士課程修了。専攻は公共経済学。福島原発の賠償・廃炉費問題を協議した経産省の有識者委員会「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」委員。


 ■人物略歴

せんごく・よしと

 1946年徳島県生まれ。東京大在学中に司法試験合格。弁護士を経て90年に衆院議員に初当選、96年創設の旧民主党に加わる。民主党政権では官房長官、国家戦略相などを歴任した。


 ■人物略歴

さとう・やうえもん

 1951年福島県喜多方市生まれ。東京農業大短期醸造科卒。地元の造り酒屋「大和川酒造店」会長。2013年に会津地域で太陽光発電を行う「会津電力」を設立、社長に就任した。