特集ワイド:松田喬和のずばり聞きます 
            元衆院議長・河野洋平氏
    
            毎日新聞2016年8月25日
写真は、インタビューに答える河野洋平元衆院議長=東京都港区で
 英国の欧州連合(EU)離脱や米大統領選の混迷など、「民主主義の手本」とされてきた国で政治が揺らいでいる。日本では参院選を経て安倍政権がより地盤を強固にし「1強」体制が続く。激動の時代をリベラル派の長老、河野洋平元衆院議長はどう読み解くのか。松田喬和・毎日新聞特別顧問が迫った。【構成・横田愛、写真・内藤絵美】


議論待つ度量ない政府 首相の解散権、変革を シールズは一つの希望/二階幹事長の発言に期待

 −−米大統領選で極端な主張を繰り返すトランプ氏が共和党候補になるなど、既成政治家への不信が広がっていると感じます。

 河野氏: この10年で価値観や要求の変化が起きましたが、政治が社会をうまく作れなくなってきている。今や世界中どこを見渡しても民主主義のモデルがなく、非常に不安感が出てきたと思います。

 −−日本では学生グループ「SEALDs(シールズ)」が、野党連携のきっかけを作るなど新たな現象も出ています。

 河野氏: シールズは一つの希望のような気がします。ただ、見ていて高揚感を覚えると同時に「失敗してくれるなよ」とも思っていました。半世紀近くの自らの政治生活を振り返り、失敗を繰り返してきたという反省があるためです。

 −−河野さんはロッキード事件が発覚した1976年に「反金権政治」を掲げて自民党を離党し、新自由クラブを結成して、直後の衆院選で大勝しました。しかし勢いは長続きせず86年に解党しました。

 河野氏 シングルイシュー(単一の争点)を掲げて勝ちましたが、国会では「財政問題は」「安全保障は」「福祉政策は」と問われて言葉に詰まることもありました。「所詮、シングルイシュー・パーティーだ」という政党批判です。でも、シングルイシューを掲げて政界に穴を開けた事実は残った。一つの問題を掲げて主張することは大事。シールズのような動きは今後も出てきてほしい。

 −−自民党は多様な価値観を認める姿勢が欠けてきていると危惧しています。

 河野氏: 今は党内で論争もなければ、政府が党の議論を待つ度量も見えない。安全保障関連法も含めて、いろいろな問題で世論は分かれているのに、党内は全く割れない、実に不思議な状況です。私が言いたいのは、政権が狡猾(こうかつ)になっていること。「この問題は国会が終わるまで黙っていよう」「選挙中に言うのはやめよう」と政権が封印。野党もメディアも分かっていても本格的に争点に仕立てられず、結局、世論は分からずにだまされてしまう。

 「首相は、衆院解散の時期はうそをついていい」と平気で言われます。しかし、選挙権年齢を18歳まで引き下げて、政治教育をしなければいけないと言いながら「政治は平気でうそを言っていいらしい」となるのは、よくない。

 −−安倍政権の支持率は高いままですが、固い支持層は薄いと見ています。

 河野氏: 「代わるものがいない」というのが理由です。野党にも責任があると思いますが、野党に政府・与党の提案に代わるものを今すぐ出せと言ってもそれは難しい。例えば、政府の予算案に対して「対案を出せ」という声が出ますが、財務省が作った予算案より上等な案を誰が作れますか? 野党は政府が出したものを「良い」「悪い」と言うことも大事です。

 −−安倍晋三首相の手法に異議あり、という声が少な過ぎると思いませんか。

 河野氏: 二階俊博幹事長に期待が集まっていて、久しぶりに自民の幹事長室らしくなったと言われています。幹事長が遠慮なく普通に発言できることがいいのではないでしょうか。

 −−ずばりうかがいますが、日本政治の変革にまだ期待は持てますか。

 河野氏: うーん。変革しないとしょうがない。一つは首相が握っている憲法7条に基づく解散権について真剣に議論してほしい。首相が解散権を持ち、都合のいい時に都合のいい政策だけ発表して解散すれば勝つでしょう。もう一つは、衆院選挙制度での重複立候補制度。候補者を落とすことも有権者の権利なのに、小選挙区で落ちても比例代表で復活するのはおかしい。さらに政党交付金のあり方も問題。企業・団体献金の廃止と一体で政党交付金を設けたはず。そして5年後に企業・団体の献金の廃止を含めた見直しを行う約束でしたが、20年間もそのまま。見直すべきです。

 −−戦後71年がたちましたが、近隣諸国との関係は微妙なまま。東アジアの融和を図るために必要なことは何だと考えますか。

 河野氏: 相手に対する敬意がなければ外交は成り立ちません。挑発したり、威嚇したりするのは外交ではない。日中関係ではもう少し、中国側から見て「日本国内にも良心がある」と思えるようなことが起きないと駄目でしょうね。

 −−しかし、中国側の国情も変わり、対外的に強硬姿勢を示しています。

 河野氏: 「向こうが高圧的だから仕方ない」と言っているようでは絶対に相手側の態度は変わりません。こちらは敬意を払うことが大事ですよ。

 −−稲田朋美さんを防衛相に登用したことが、海外から注目されています。

 河野氏: 稲田さんが8月15日に靖国神社に行くと困るからジブチに派遣した、と言われていますね。本当かどうか知りません。ただ、その結果、天皇、皇后両陛下も臨席された全国戦没者追悼式を、閣僚では防衛相だけが欠席しました。重要な国際会議なら分かりますが、ジブチなら8月15日以外でも行ける。説明がつきません。

 「靖国に行きたい」と言う稲田さんを、安倍首相が「追悼式には全閣僚そろって出席しよう」と止めたという話ならば、首相への信用も少し上がると思いますが……。首相も本心では靖国神社に行きたいのだろうと、近隣諸国に腹の内を見透かされています。これでは首脳会談を何回やっても関係改善は前進しないと思います。

 −−日韓両政府は昨年末、慰安婦問題を巡って「最終的かつ不可逆的な解決」で一致し、日本政府からの資金拠出など実行段階に移りました。

 河野氏: 非常に難しい状況下で双方の外相が努力し、それを双方の首脳が追認した日韓合意は非常に良かった。両国内にはさまざまな意見はありますが、リーダーが大局観を持って決断されたのは立派でした。(在韓日本大使館前の)少女像の問題は残るかもしれませんが、韓国政府もこの問題は善処すると言っている。日本はそれを信頼し、期待するということでいいのではないでしょうか。


 ■人物略歴

こうの・ようへい

 1937年、神奈川県生まれ。早稲田大卒。67年衆院初当選、76年に自民党を離党し新自由クラブを結成。86年に自民党に復党。宮沢喜一内閣で官房長官、93年に自民党総裁に選出される。外相などを歴任し、2003〜09年に衆院議長。09年に政界を引退。