2016参院選「原発後」を構想せよ 都留文科大教授・高橋洋さん
                           毎日新聞2016年6月8日

 原子力発電は低コストだと言われる。確かに、石炭火力や石油火力などと比べて原発は燃料費(ウラン)がかなり安い。しかし、原発には事故のリスクがある。東京電力福島第1原発の事故は、日本最大の電力会社がつぶれかねないほどの負債を生じさせた。仮に事故が40年に1回だとしても、普通の経営者ならそんなリスクは取らない。

 もう一つのリスクは高レベル放射性廃棄物(核のごみ)だ。世界のどの国も処理に成功していない。フィンランドの最終処分場が成功したかどうか分かるのは何千年、何万年先になる。これほど不確実性が高い事業はない。

 こうしたリスクを運転コストに反映させているかというと、かなり疑わしい。

 新規制基準のもとで一定期間、原発を限定的に再稼働するのはやむを得ないと私は考えている。ただ、電力自由化の時代なのだから、あくまで電力会社の責任で経営判断すべきだ。あたかも国のため、住民のために再稼働するかのような態度には違和感を覚える。

[新増設は困難]

 常識的には原発新増設は極めて困難だ。電力を自由化した国では、ほとんど新設されていない。オーストリアには完成したのに国民の反対で一回も動かせなかった原発がある。日本でも同じことが起こるかもしれない。事業としてはほとんど成り立たない。

 今のところ、政府は新増設を考えていないという建前になっている。しかし、2030年の電源構成で原発の比率を目標通り20?22%にするには、既存の原発の再稼働や運転延長だけでは難しい。廃炉の時期を迎えた原発のうち半数程度を20年延長しなければ、数字上は達成できない。したがって、いずれは新増設を提起せざるを得なくなるはずだが、安倍政権は慎重だ。選挙では票を減らしかねず、ほかに実現したい政治的課題がある中で、在任中はこの決断を先送りする可能性が高い。

 既存の原発はコストが低く、再生可能エネルギーは高いという議論になりがちだが、必ずしもそうではない。欧米や途上国で再生エネが普及し、設備は安価になってきた。懸念される出力の変動性は、送電網を広域運用し、既存の電源を出力調整することで、当面は解決できる。出力調整は日本では技術的にさまざまな議論があるが、フランスなどは普通に実施している。原発を導入しない国はあっても、再生エネを導入しない国はない。

 原発推進でも脱原発でもかまわないが、事業経営の観点では長期的には原発はなくなるだろう。既に原発が立地している地域も、今後、廃炉が進めば原発に頼れなくなる。

 政治家は衆院4年、参院6年の選挙サイクルで物事を考えているかもしれないが、立地地域の住民は次の世代まで何十年もそこで生活するのだから、住民自身が「原発後」を真剣に考える必要がある。原発の送電網を利用し、再生エネなど新たなエネルギー産業を選択肢にしてもいいのではないか。

[記者のひとこと]

 高橋氏は「コスト以外に原発を推進する理由がどこにあるのか」と指摘する。福島第1原発事故を受けて政府は原発のあり方を議論してきたが、二酸化炭素削減やエネルギー安全保障など、原発の必要性に軸足が置かれたままだ。一方、原子力規制委員会は既成の原発が新規制基準に適合しても、安全かどうかは判断しないという立場で一貫している。結局、再稼働を求める地元の声に押されるように「原発回帰」が進む。

 政府が原発を続けるべきだと考えるなら、将来像を含めてもっと明確に説明する責任がある。【聞き手・五十嵐和大】