特集ワイド:「忘災」の原発列島 高浜運転差し止め仮処分「専門家に任せろ」司法がNO

          
   毎日新聞2016年3月22日
関西電力高浜原発3、4号機の運転を差し止める仮処分決定に喜ぶ弁護団や支援者ら。今後も司法判断が注目される=大津市で2016年3月9日、久保玲撮影

 
大津地裁の判断が、東日本大震災後の原発政策を揺るがそうとしている。今月9日、新規制基準で再稼働したばかりの関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを求める仮処分申し立てを認めたのだ。原発の運転を初めて停止させた司法判断の意味とは??。【江畑佳明】

「避難計画、国の義務」 各地の訴訟に影響も
 大津地裁の決定から5日後、住民側の弁護団長を務める井戸謙一弁護士に電話で話を聞いた。その口調にはいまだに興奮が残っていた。「住民の危機感を正面から受け止めた決定です」

 仮処分決定後の記者会見で「決定を出すには大きなプレッシャーがあったはずで、裁判官に深い敬意を表したい」と語っていた井戸さんは、裁判官出身。2006年3月、原発事故を危惧した16都府県の住民が、北陸電力志賀原発2号機(石川県)の運転差し止めを求めた訴訟で、金沢地裁の裁判長として運転差し止めを命じる判決を出した。「想定を超えた地震で原発事故が起こり、原告ら(住民)が被ばくする具体的可能性がある」。商業用原発の稼働にレッドカードを出した初の司法判断だった。

 この判決前に井戸さんの頭にあったのは、05年の宮城県沖の地震(M7・2)で、東北電力女川原発(宮城県)の全3基が自動停止した事案だった。敷地内で観測された揺れの強さは、耐震設計での想定を超えていた。

 その後、想定を超える巨大地震が11年3月に発生。東京電力福島第1原発事故が起きた。一方、井戸さんは震災後に弁護士に転じ、幾つもの原発関連の訴訟に携わっている。

 その井戸さんが大津地裁の決定で最も評価するのが、避難計画の策定を「国の信義則上の義務」と位置づけた部分だ。決定では申し立ての相手側は関電であるにもかかわらず、「避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれる。過酷事故(福島原発事故)を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生している」などと国の責任に言及している。

 つまり、大津地裁は、原子力規制委員会が策定した新規制基準では、避難計画の策定は安全審査の対象外になっている点を問題視したわけだ。

 井戸さんが指摘する。「避難計画の策定を『国の信義則上の義務』と言い切ったのは初めてではないでしょうか。安倍晋三政権や原発推進派の人々は『世界一厳しい新基準だ』と胸を張るが、避難計画を審査せずしてどこが厳しい基準なんだ、という市民の常識に立った決定だと思います」

 大津地裁決定の評価について、全国紙の社説は賛否が分かれた。肯定的な見出しは「許されぬ安全神話の復活」(朝日)▽「政府も重く受け止めよ」(毎日)。否定的なのは「常軌を逸した地裁判断だ」(産経)▽「判例を逸脱した不合理な決定」(読売)。

 「否定派」はどう論じたのか。産経は「高度に専門的な科学技術の集合体である原子力発電の理工学体系に対し、司法が理解しきったかのごとく判断するのは、大いに疑問である」と主張。要は「専門家でない裁判官は判断を控えるべきだ」というのだろうか。

 読売が提示した「判例」とは、1992年の四国電力伊方原発(愛媛県)訴訟の最高裁判決。この判決では、原発の安全審査は科学的、専門的な知見に基づく行政判断に委ね、裁判所はその審議の過程に不合理な点があるか否かという観点から判断すべきだ??との見解が示された。原発事故までの訴訟で住民側の訴えを退ける根拠の一つとなり、住民側が勝ったのは表の通りわずか2件だ。

 決定を否定する意見に、井戸さんはこう反論する。

 まず震災後の原発訴訟の争点について、「原発の安全神話が崩れた今、原発過酷事故のリスクは誰もが否定できなくなった。だから最も重要な争点は、専門家が作った安全規制基準や対策によってもなお残るリスクを、社会が受け入れるか否かなのです」と解説する。

 その上で、原発は極めて専門性が高い施設だから「伊方判決」を踏襲すべきだ、などという主張には、こう論陣を張る。「専門家の役割は、住民や社会に『これだけ安全対策をしたのでリスクを許容してください』と説明することであり、リスクを受け入れるべきか否かを決めるのは専門家ではありません。それは、原発の必要性、過酷事故が起こるリスクの程度や被害の深刻さなどを考慮し、社会が決めることなのです」。裁判という場においては「素人」である裁判官が、社会や市民に代わってその判断をするのは当然というのである。

 思い出してほしい。「専門家の意見は正しい」という思考が安全神話につながり、福島原発事故の一因となったことを。私たちは歴史から学ばなければならない。

 もちろん、当事者である関電は強く反発している。14日には仮処分決定を不服として、取り消しを求める保全異議と運転差し止めの執行停止を申し立てた。併せて5月から予定していた電気料金の値下げを見送る方針も示した。経済界などからは「経済活動に影響する」という懸念が出始めている。

 このような見方に対し、「原発を動かさなければ電気代の値下げは困難になるという主張は、消費者にとってはもう『脅し』にはなりません」と語るのは、エネルギー政策に詳しい立命館大の大島堅一教授。その理由として、来月からスタートする電力小売り全面自由化を挙げる。自由化によって大手電力会社と消費者の力関係が変化するからだ。「自由化後、企業や家庭は高い料金体系の電力会社から、安い料金体系の会社へ簡単に移行できます。もし関電が高い料金を設定するならば、消費者は別の安い会社を選べばいいだけですから」

 安全対策に多額の費用を投じたとしても司法が再稼働を認めない。原発の維持コストを電気料金に転嫁しようとすれば消費者から受け入れられない。このような原発は、大島さんの目には「リスクの高い事業」にしか映らない。

 安倍首相は10日の記者会見で「世界で最も厳しいレベルの新規制基準に適合すると判断した原発のみ再稼働を進める」「エネルギー供給の安定性確保には原子力は欠かすことができない」と述べた。政権の姿勢はかたくなだ。

 原子力資料情報室共同代表の西尾漠さんは、だからこそ司法の判断に希望を見いだしている。「各地で運転差し止めの住民訴訟が起こされており、今後も大津地裁と同様の司法判断が続く可能性があります。そうすれば、政府側も原発推進方針を再考せざるをえなくなるのでは」

 安倍政権がすべきことはまず、司法の決定に真摯(しんし)に向き合うことではないか。


仮処分決定の骨子◇

・発電の効率性は甚大な災禍と引き換えにすべき事情でない

・高浜3、4号機については過酷事故対策について危惧すべき点があり、津波対策や避難計画にも疑問が残るなど、住民の人格権が侵害される恐れが高い

・原発の安全性は資料を多く持つ電力会社側が主張すべきだが、関電は安全性が確保されていることについて説明を尽くしていない


 ■原発をめぐる司法判断■

1992年10月 四国電力伊方原発訴訟で最高裁が司法判断のあり方を提示

2003年 1月 高速増殖原型炉「もんじゅ」をめぐり、名古屋高裁金沢支部が設置許可無効の判決。原発訴訟で初めて国側が敗訴。のちに最高裁で住民側が逆転敗訴

2006年 3月 北陸電力志賀原発をめぐり、金沢地裁が運転差し止めの判決。のちに名古屋高裁金沢支部、最高裁で住民側が敗訴

2011年 3月 東京電力福島第1原発事故発生

2014年 5月 関西電力大飯原発3、4号機について、福井地裁が運転差し止めの判決。控訴審中

2015年 4月 関電高浜原発3、4号機について、福井地裁が運転差し止めの仮処分決定

       同 九州電力川内原発1、2号機をめぐり、鹿児島地裁が運転差し止めの仮処分申し立てを却下。抗告審中

     12月 関電高浜原発3、4号機の運転差し止め仮処分について、福井地裁が仮処分決定を取り消し。一転して運転を容認

2016年 3月 関電高浜原発3、4号機をめぐり、大津地裁が運転差し止めの仮処分決定