同一労働同一賃金、法改正へ 派遣法など、首相表明
    
       朝日新聞 2016年2月24日 

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1億総活躍国民会議であいさつする安倍晋三首相(右)=23日午後6時21分、首相官邸、飯塚晋一撮影



 安倍晋三首相は23日、1億総活躍社会への政策を話し合う国民会議で、「同一労働同一賃金」の実現に向けて「わが国の雇用慣行には十分に留意しつつ、ちゅうちょなく法改正の準備を進める」と表明した。労働者派遣法を改正するほか、パートタイム労働法や労働契約法の改正も検討する。

 首相はこの日の会議で、労働法などの専門家による検討会を早期に立ち上げ、欧州の法律などを参考に法改正のあり方を協議するよう指示。同時に、非正社員と正社員の不合理な賃金格差の事例を示したガイドライン(指針)を早期に定める考えも明らかにした。

 派遣社員については、派遣先の社員との賃金や待遇の格差を防ぐ法整備が特に遅れているため、労働者派遣法を改正し、不合理な格差を防ぐ規定を設ける方向で検討する。

 一方、有期労働者については労働契約法で正社員との不合理な労働条件の違いをつけることが禁止され、正社員と職務内容などが同じパート労働者もパート労働法で差別的取り扱いが禁止されている。政府はこうした規定もより実効性を高めたり、対象となる労働者の範囲を広げたりできないか検討する。

 その上で、5月にまとめる1億総活躍社会に向けた中長期計画に法改正の方針を盛り込み、厚生労働省の労働政策審議会で具体化を進める考えだ。(池尻和生)

 ■現行法の課題、解消されるか

 「同一労働同一賃金」を定めた明文の規定は日本の法律にはない。これまでも非正社員の待遇を改善するための法改正はされてきたが、十分な効果は上がってこなかった。

 2013年4月に労働契約法20条が施行され、有期雇用で働く人の労働条件を正社員より不合理に低くすることは禁止された。

 問題は、どういった場合が「不合理」なのか、だ。

 通勤手当や食堂利用での差別は不合理だと行政通達で示されている。ただ、仕事の内容や責任の程度、配置転換の有無などを考慮することが認められているため、賃金でどの程度の差をつければ法違反になるのか、ルールは不明確なままだ。

 20条を根拠に格差是正を求める裁判も増えているが、認められた例はない。昨年5月の大津地裁彦根支部判決は、仕事が同じであっても正社員の方が責任が重いとして、非正社員の訴えを退けた。

 パートタイム労働法にも労働契約法20条と同じような条文がある。さらにパート法9条は、正社員と同視できるパート労働者について、正社員と差をつけることを禁じた「均等待遇」を定めている。

 だが、この条文が適用されるのは、職務内容が正社員と同じで、配置転換や転勤などの人事管理も同じ場合に限られる。推計では、対象者はパート全体の約3%(32万人)しかいない。

 最も権利が弱いのは、派遣社員だ。

 もともと労働者派遣法には、派遣社員と派遣先企業で働く社員の賃金バランスに配慮するよう求めた条文がある。さらに昨年の改正で、派遣先企業は、派遣会社の求めに応じて、社員の賃金について情報提供するよう配慮することになった。しかし、配慮義務にとどまり、裁判をおこすこともできない。

 この日の国民会議では、水町勇一郎・東京大学教授(労働法)が、雇用形態が違う場合でも「客観的に正当化されない限り、不利益な取り扱いを禁止」とされているEU(欧州連合)の例を説明。一方で、勤続年数やキャリアの違いによる待遇差が許されている実態も指摘した。政府は、指針作成や法改正にあたって、欧州の例を参考にする。

 ただ、経済界には「合理的な差異をきちんと提示してもらわないと、現場で様々な法廷闘争やトラブルが生じる」(三村明夫・日本商工会議所会頭)という警戒感が残る。政府も日本の雇用慣行に配慮するとしており、実効性ある結論が出るかどうかはわからない。

 (北川慧一、編集委員・沢路毅彦

 

 ■同一労働同一賃金に関係する日本の現行法は?

◇労働契約法20条

 【内容】有期雇用労働者の不合理な労働条件を禁止。業務内容や責任などを考慮

 【課題】労働条件の違いが「不合理」とされる具体的なルールが不明確

◇パートタイム労働法9条

 【内容】正社員と同視できるパートの賃金や教育訓練、福利厚生の差別的取り扱いを禁止

 【課題】正社員と同視できるパートが極めて少ない

◇労働者派遣法30条の3

 【内容】派遣社員と派遣先社員の賃金の均衡に配慮。職務内容や成果、経験などを勘案する

 【課題】配慮義務にとどまるため、実効性が乏しい