特集ワイド:国VS沖縄県、普天間移設問題で緊迫 これでも民主国家?

       毎日新聞 2015年04月06日 東京夕刊

 
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古沖への移設問題をめぐり、国と県が互いに「法廷闘争」をも辞さない異常事態になっている。翁長(おなが)雄志(たけし)知事が移設作業中止を沖縄防衛局に指示したのに、農水省が「指示の執行停止」を決定し、作業を強行しているためだ。5日には菅義偉官房長官と翁長知事の会談が行われたものの、事態は変わらず、作業現場周辺では移設反対の住民にけが人まで出る緊迫した状況が続く。これが、先進国、民主主義の日本の姿なのか。おかしくないか。【構成・吉井理記】


◆県民分断、まるで植民地支配 鎌田慧さん(ルポライター)

 昨年の名護市長選、同市議選、知事選、衆院選で、民意はいずれも「辺野古移設反対」を示しました。これほど強い「ノー」を無視して強行するのは、沖縄への蔑視、軽視からでしょう。沖縄侵略。僕は今の安倍政権の沖縄に対する攻撃をそう表現します。

 反対派は、名護市辺野古の「キャンプ・シュワブ」前のゲートで座り込みを続けています。そのゲートを固めるガードマン、移設工事の関係者、防衛省関係の国の出先機関……地元の人たちがたくさんいます。安倍政権は工事を強行することで、県民の分断を図ろうとしているのでしょう。かつての植民地支配の手口と同じではないですか。

 5日にようやく菅官房長官が沖縄を訪れて翁長知事と会談しましたが、事態が動く様子は見られない。菅官房長官は基地反対で盛り上がる沖縄の「ガス抜き」をもくろんだだけです。安倍晋三首相が今月末に訪米しますが、その前に米国に「問題解決に努力している」と見せかけるポーズでもあるでしょう。

 でも、僕は「ガス抜き」になるなんて思いません。僕は1975年の沖縄国際海洋博覧会のころから沖縄を取材していますが、沖縄の人は本当に怒っているんです。5日の会談で「(政府の言葉は)上から目線」「普天間も含め、基地は土地を強制接収された。普天間は危険だから、危険除去のために沖縄が(辺野古で)負担しろ、と。こういう話がされること自体が政治の堕落だ」との翁長知事の激しい言葉に表れています。なぜこれほど怒っているか、戦争や基地の歴史も含め、本土側は考えるべきだ。

 戦争中は本土決戦の捨て石にされ、戦後は日本から切り離され、やっと復帰すれば今度は基地の押し付けです。県民が長年の差別構造に「ノー」を突きつけ、誇りを守ろうとしているのが今の状況。ことここに至った以上、政府がまず引く、作業を中断するしかありません。


◆地方自治の危機だと思う 嘉田由紀子さん(前滋賀県知事)

 私は翁長知事と面識はないし、辺野古に行ったこともありません。だから軽々にこの問題に発言はできません。

 それでも、です。

 翁長さんが建設作業の停止を沖縄防衛局に指示(3月23日)した時の会見をテレビで見て、思わず拍手しましたよ。国と対峙(たいじ)してモノ申すことがどれほど大変か、滋賀県知事時代の経験で骨身に染みているからです。

 2006年に知事選に立候補したのは国が進めるダム建設に強い疑問があったからです。人口減で利水用のダムはもう必要ない。水害対策なら別の手段がある。なのに、とにかくダムを造るという。おかしい。その思いからです。

 就任後、知事として計画を凍結させましたが、国はさまざまな横やりを入れてきた。例えばまさに県議会でダム計画の是非を審議している最中に、国は建設中止への反論を記者発表しました。明らかな地方自治への介入です。造ることそのものが目的化しているから、そんなことをする。

 基地問題と構図が似ていませんか。基地もダムも原発も、国は「公益」を理由に押し付けてくる。若狭湾沿岸に並ぶ原発で事故が起き、放射能汚染が広がれば琵琶湖は元には戻らない。原発に代わるものはあっても、琵琶湖の代わりはない。だからこそ徹底した議論が大事なのに、地方の声を聞こうとしない。

 翁長知事や沖縄県民も、思いは同じではないでしょうか。もう沖縄の海を壊してほしくない。基地を広げてほしくない。基地経済なしで十分やっていける。沖縄らしい誇りある豊かさを求めたい−−。滋賀県らしい豊かさを追求したいという私たちの願いと、似たものを感じます。私が翁長さんであれば、同じ停止指示の決断をしたと思う。

 それに横やりを入れてきたのが国です。これは地方自治の危機だと思う。全国の知事はどう考えているのでしょうか。あまり聞こえてこないのが気になります。


◆独裁とどこが違うのか 目取真俊さん(作家)

 一言申し上げたい。日本政府や本土のみなさん、あまりに虫が良すぎませんか。

 日米安保条約では米軍が日本を守る代わりに、基地を提供する義務があります。でも義務はほとんど沖縄が負っている。安保の恩恵には浴したいが義務は負いたくない、ということですか。この事実を直視したくないから、本土の人もメディアも問題を見ないようにしている。

 みなさんが見たくないものに戦争の歴史がある。4月1日は米軍が沖縄本島に上陸し、沖縄戦が始まった日です。地上戦を経験した沖縄人は、軍隊が民衆を守るものではないことを肌感覚で知っている。銃殺、食料強奪、暴行……米軍より日本軍のほうが怖かった、という話もある。私も身近に聞いて育ちました。

 本土では基地問題は安全保障や政治の問題でしょうが、沖縄では日々米軍車両やヘリを目にする生活の問題です。さらに戦争体験や沖縄人としての誇りも絡み合い、基地問題という言葉が持つ重みが違う。この認識がないと沖縄と本土の断絶は埋まりません。

 かつて沖縄が本土復帰を願ったのは日本国憲法の下で暮らしたかったからです。人権が保障され、9条がある。なのに今や集団的自衛権行使が容認され、9条も危うい。このまま日本にいて沖縄人は幸福になれるか、というのが我々の率直な思いです。菅官房長官は「粛々と」と繰り返します。つまり聞く耳は持たないということ。独裁国家とどう違うのでしょう。

 「日本は民主主義だ。だから沖縄も国全体や多数の国民のことを考えろ」と言う人がいます。民主主義は公正、公平を前提に、等しく義務を負い等しく権利を享受する制度。義務を少数に押し付けるのは暴力です。民主主義を口にする人は、公正、公平を前提にしているのか? 沖縄人は、そこを問うているのです。安倍政権の下、民主主義の前提がここまで崩れていることを自覚すべきではないですか。

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 ■人物略歴
 ◇かまた・さとし
 1938年青森県生まれ。91年「六ケ所村の記録」で毎日出版文化賞。著書「沖縄 抵抗と希望の島」など多数。

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 ■人物略歴
 ◇かだ・ゆきこ
 1950年埼玉県本庄市生まれ。京都精華大教授などを経て2006〜14年滋賀県知事。現在はびわこ成蹊スポーツ大学長。

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 ■人物略歴
 ◇めどるま・しゅん
 1960年沖縄県今帰仁村生まれ。97年「水滴」で芥川賞。小説のほか「沖縄『戦後』ゼロ年」など評論・エッセー多数。